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――0006―― 憎しみの感情

 涙があふれ出すとは、これかと。リュカは目の前ある絵に心を抉られる。カレンデュラの街であった事を描いていることは一目瞭然だ。

 暗い背景の中に金色はよく目立つ。

 瓦礫のなかで、『古代竜』が倒れ、『金色の竜』が踏みつける。周囲にはドラゴンの被害が広がる。

 リュカが目を離せないのは赤い髪の娘だ。『古代竜』が彼女の足を掴み、『金色の竜』が彼女を咥える。娘の表情は苦悶に満ちていた。

 どう考えたって、この赤い髪の娘はオーロルだ。

 彼女はそこまでドラゴンに近づいてはいないはずと、霞がかる記憶の糸を辿る。

 リュカはこの絵を見て、自分が『金色の竜』になったことを微かに思い出す。薄れていた記憶の中にオーロルの笑顔が浮かび、血溜まりの中に沈むように倒れていった彼女の姿が鮮明に蘇る。


 絵を見たくないと、リュカの想いに応えるように黒い焔が絵の中心から広がる。見たことのない黒い焔に心を落ち着けるように眺めるが、気持ちが晴れることはない。


 怨嗟、忌諱、憤り、遺恨、敵意、倦厭、殺意、嫉妬、反発、不信、情念、猜疑、嫌気、憤怒、嫌悪、辛辣、憎悪、恨み、嫌忌、妄執、強い憎しみの感情ばかりが表層に上がってくる。


 今すぐにでもオーロルに会いたいと願う。彼女を想うだけで、憎しみの感情が落ち着いていくのだ。

 マリユスが側に居たから無事だと信じられるのだが、記憶があやふやなため不安で仕方がない。

 ずっと眠っていたせいか上手く立ち上がる事もこともままならない。体が思うように動かせないのだ。

 気を抜けば今にでも汚泥のような感情が全て吐き出されてしまいそうだ。負の感情に吞まれてなるものかと、彼が思い浮かべるのはオーロルだ。目の前の絵とは違って笑顔の彼女だ。

 オーロルの笑顔を覆うように、目の前で彼女が真っ赤な血を吐き出し倒れていく。

 あれは事実じゃないと、頭の奥にしまい込もうにも、何度も何度も繰り返される記憶に、彼女が矢を受けてしまったのは自分のせいだと、うるさく響く鼓動から耳を塞ぐ。


 彼女を支えることも出来ず、取りこぼしてしまった彼女の体は華奢だっだ。彼女から溢れた真っ赤な血が彼女の赤い髪を赤く汚していた。

 苦しそうに吐血を繰り返していたオーロルになにも出来なかったと、後悔が押し寄せる。

 リュカはまだ自分の気持ちをなにもオーロルに話していないと、震える体を抱きしめた。


 溢す嗚咽に乗る言葉は後悔だ。


 彼女がリュカに近づく前に離れればよかった。

 彼女の言葉を少しでも聞き止めておけばよかった。

 彼女を欲しいと望まなければよかった。

 

 オーロルに想いを伝えたかった。


 見慣れないと思っていたベッドから転がり落ちるように出れば、嫌な思いでの染みつく王城、それも自分の部屋だ。リュカは自分がなぜここにいるのか、わからない。

 カレンデュラの街がどうなってしまったのか、考えることは放棄した。自分が『金色の竜』となってしまった。その記憶に悲観的な想いが重なる。

 近くにマリユスがいない。呼んでもダミアンが来ない。たったこれだけのことでリュカの心は不安に刈られる。自分の魔法が二人に害を、死なせてしまったのではないかと。

 そして場所が場所だけにその不安は大きくなる。近くに置かれた大きな護符石に、点滅を繰り返している足下の魔法陣。身に付けられている見慣れない護符の数々だ。竜に身を変えた以上に大事な人を死なせてしまったかもしれないと、体の芯が恐怖に震えていた。


 壁に寄りかかりなんとか立ち上がる。ここが王城ならばと、憎しみの中で進む先はカロリーヌだ。

 あの人がいなければと、嫌な気持ちに支配されていく。人を憎むことは疲れるのだと、王城を出て気が付いたはずだった。憎んだって苦しいことは変わらないと。楽になりたければ忘れることだと。許さなくてもいいから忘れることだと。思っていたはずだった。

 カロリーヌに会ったところでどうにもならない。それでも、リュカに『今』を説明出来るのは彼女しかいないと思わせる。国王であるはずの父フランシスではなく、リュカに憎しみを向けてくる継母を頼らざるを得ない。

 カロリーヌの蔑むようなあの目は思い出すだけでも嫌なものだ。リュカだけに向けられる悪意の籠もった目に怯んでしまう。彼女を前に、言いたい事の半分でも言えたことがあっただろうか。


 もつれる足に転びそうになりながらも、歩を進め、扉を開く。突然開いた扉に近くにいた者たちが目を見開く。

 ずっと眠っていた王子が目覚め、動いているのだ。誰かが手を、声を掛けるべきはずだというのに、誰もしようとしない。

 それは魔法使いであるリュカが怖いのだ。


 長年疎まれてきたリュカだ。自分の立場はよく理解している。彼らに悪意はないと、知っている。怖いだけ、恐怖に怯えているだけだ。

 それでも、ここがカレンデュラだったらと思ってしまう。あの街で、あの騎兵団では、ここまでリュカに怯える者はいなかった。怯えられることに、疎まれることに慣れているはずなのに、悲しいと感じてしまう。

 自分が彼らになにをしたんだと、苛立ちが湧く。


 壁に体を預けなくては立つこともままならない今の自分ではなにも出来ないのにと、悔しさに顔を歪める。手を貸して欲しいと、喉元にまで上って来た言葉を飲み込んだところに、差し出された手に顔を上げる。

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