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――23―― 癒やしの炎に包まれ

 癒やしの炎に包まれダミアンは和らいでいく痛みに体を起こせるまでになっていた。

 たかが一匹のドラゴンに苦戦しているようではリュカを守れないのではと、過ぎる不安を振り払うように頭を振る。

 危機は今までだって何度もあった。どんな危機であろうと自分はリュカを守るのだと、決意を胸に刻む。何度この決意を胸に刻んだだろうかと失笑してしまう。突然笑い出すダミアンに訝しむマリユスは放って置いた。

 馬がなくてはリュカを探し出すにも時間が掛かるし、リュカを見つけ出したとしても徒歩で街まで戻るにはリュカの体が心配だ。

 逃げた馬を探しにジルとオーロルをやったが、見つけられるだろうか。

 馬は元来臆病だ。ドラゴンと真正面から対峙した馬はその殆どが役に立たなくなってしまう。

 見つけたとしても使い物にならなければ意味がない。

 どうしても最悪を考えてしまう。今までリュカが生きてこれたのはただの運だったのではないかと、たまたまだったのではないかと。


「無事だと信じましょう」


 マリユスはダミアンが弱気になればそれを支え、また逆にダミアンがマリユスを支えることもある。リュカを守るにはいつだって人手が足りない。

 今のようにジルがいて、オーロルがいる。リュカの他にオーロルも守らなければいけないと、負担は増えたが、心強さは違った。

 彼女がリュカの支えとなっているのだ。リュカがそれを口にしたことはないが、あの態度だ。今までにないあの様子を見れば一目瞭然。そうでなければ噂が立つことだってなかったはずだ。

 無茶が増えようと、リュカにとってはいいことだろう。

 ただ生きるだけではなく、リュカには幸せになって欲しい。疎まれるだけの人生じゃないと感じて欲しい。リュカを想う人がいると知って欲しいと思い、それがどんな想いなのか、オーロルを通して知って貰えるはずだ。

 友人のように遠慮のないジルに、想いを寄せるオーロル。

 カレンデュラの街はカロリーヌから逃れる為の場所以上のものとなっていた。


 馬を連れて二人が戻ってきたのはダミアンから痛みが抜けきった頃だ。馬は幾分か興奮してはいるようだったが、恐怖に怯えている様子もなく使えそうだ。

 馬の手綱を引くオーロルは馬を落ち着かせるように、声をかけ優しく撫で続けていた。その甲斐もあったのだろう。馬は落ち着きを取り戻しつつあった。


 リュカが気になって仕方がないが、少し馬を休めてから先へ進もうと話が上がる。今すぐにでも走り出したい衝動を抑え、オーロルは指示に従う。それでもリュカが心配だ。気ばかりが焦るが仕方がない。


 少しでも早くリュカを見つけたいと、ダミアン達から離れすぎないようにと思いながら歩き出す。後ろから掛けられる声を聞こえないふりをして、周囲に気を配りながら……


 木の陰に倒れているリュカを発見した。


 ――生きていた。


 それだけで皆が安堵する。辛うじて身についていた護符が砕け、リュカがその音に目を開けた。

 涙を流し、リュカの手を握るオーロルの微笑みに心が締め付けられる。


 オーロルには笑顔でいて欲しいとそれだけを願っていたはずだ。

 それなのに、自分は何をしているのだろうと自問せずにはいられない。

 リュカを責めるでもなく、微笑みかけてくれるオーロルの優しさはリュカの心を温める。

 体に刻まれた傷と、疲れに体は重く指を動かすことだってままならない。それでもリュカはオーロルに手を伸ばす。

 抱きしめオーロルを直接感じる。


 離れることのないようにとキツく抱く。


 彼女の感触を知るように抱く。


 自身に刻み込むように抱く。


 縋り付き甘えるように抱く。


 リュカの生立ちを知ってもオーロルは変わらなかった。王子だからと、不幸を可哀想だからと、なにも変わらない彼女はリュカの心に染み込むようにその存在が大きくなっていく。

 側に居て欲しいと願うには我儘だと自制してしまう。

 ただの人であれば、その地位の通り自分がただの王子であればなんの憂いもなくオーロルに側に居て欲しいと願えるのにと、魔法使いであることが恨めしい。カロリーヌ王妃が居なければ彼女を欲しいと声に出せるのにと、怨んでしまう。

 カロリーヌへの憎しみなど、もう消えたと思っていた感情が蘇る。

 憎しみに黒く染まる感情を抱えてオーロルに触れられないと、離れようとするリュカをオーロルは離さなかった。


 オーロルの優しい香りが鼻先を擽る。

 赤く長い髪がオーロルの表情を隠す。


 なにかが割れる乾いた音が耳に響く。護符が砕ける音とは違うとハッキリとわかるが、それ以外に浮かぶ物はない。

 リュカはオーロルから視線を上げるが誰も音を気にしていない様子に、護符が割れたのだろうとそれを意識の外に追いやる。


 腕の中で震えるオーロルをこのまま抱いていてもいいのだろうかと、迷いがしょうじる。声を押し殺して泣く姿に心が痛い。

 あんなにもオーロルは「一人で行かせられない」と言っていたにも関わらず、リュカはそれを聞かなかったのだ。

 彼女の涙にどれだけの心配をかけたのだろうか。

 謝るにも言葉が見つからない。彼女の姿に自責の念に打ちひしがれ、どうすべきかと悩む。

 ごめんなさいもありがとうも言葉にしたくらいでは、彼女には伝わらないだろうと思ってしまう。

 自分の勝手な想いを彼女に押しつけてしまっていると、リュカには思うのだ。それこそ彼女へ自分勝手に押しつけていることだと思わないのだろう。


「無事で、よかった……」


 顔を上げたオーロルはリュカを咎めるでもなく無事を喜んでいた。涙に濡れる顔をクシャクシャにして笑顔を作る健気さにリュカは自然と言葉を口にする。


「……ごめん。それから……」


 暗転するように意識を失ったリュカにマリユスは慌てて癒やしの炎を燃やした。

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