PREINDICATION
星々の幽かな光が、観測室の暗い床を照らしていた。
その広く静かな空間に、ミカルはひとり目を閉じて立っていた。
「……ようやく来た」
目を閉じたままミカルが溜め息をつく。
その直後、漆黒の壁の一面がドアの形となって開き、眩しい光が射し込んだ。
ミカルの束ねた長髪が揺れる。
「何か変化あったの?」
そう言いながら、好奇心に満ちた瞳を輝かせて入って来たのは、生徒会執行局の制服を来た少女だ。ミカルの傍へ歩いて来る姿が自信に満ちている。後ろになびくストレートの髪が、暗い観測室の中でなお黒く輝いた。
「鳳殊子? なぜその姿で……」
「うん、あたし向きの話だと思ったんだ」
「まあいいけど……学園がこの状況だと、すぐ動けるのはあなただけみたいね」
ミカルは少し驚いたように殊子の姿を眺めるが、すぐいつもの冷静さを取り戻して正面の壁に顔を向けた。
虚海に浮かぶ島世界のヴィジョンが映し出され、殊子もそれを眺める。
「これが例の島世界?」
「そう。このタイミングでこれが観測されたの」
ミカルが切れ長の目を瞬きすると、別のヴィジョンが重ねて投影された。その島世界へ向けて、遥か彼方から放射される金色の光線……。
「これ……もしかして世界山からの干渉?」
殊子が真剣な眼差しでヴィジョンを見つめる。
「そう見えるわ」
「……つまりそれだけのことが起きるってことね」
「ええ」
殊子の横顔を見据えてミカルははっきり口にする。
「間違いないわ、ジャガナートはあそこで始まる。世界の理が書き換えられる。そしてそれは予想よりずっと大きな影響をもたらすのかも知れない……」
冷静さを保とうとするようにひと呼吸置いてからミカルは続ける。
「……幾千幾万の島世界を巻き込み、人類史の流れをも左右するほどの」
広大な観測室に沈黙が流れる。
微動だにせずヴィジョンを見上げる殊子は、宝物でも見つけたように瞳を輝かせながら答える。
「この学園があそこへ漂着するより先に、確かめに行った方が良さそうね」
「……あなたならそう言うだろうと思ったわ」
ミカルは、やれやれとでも言うように右手で額を押さえる。
「それでミカルの用事ってのは?」
殊子が嬉しそうに笑いながら見つめるので、ミカルが苦笑しながら答える。
「……私もそのことを頼もうと思ってたの」
「ほら! やっぱりあたし向きの話だった」
颯爽と観測室を出ていく殊子を見送りながら、ミカルは一体これは誰の物語として語られるのだろうと思う。
――少なくとも私達の物語じゃない。だけど……
ミカルの脳裡に、この学園でこれまでに紡がれてきた無数の物語が瞬く。このところ絶えてなかった懐かしさが胸に溢れ、ミカルはそんな自分に少し戸惑った。
――だけど、ここからすべてが始まる気がする。私達の、そしてこの宇宙のあらゆる物語が。
静寂の中、高まる胸の鼓動を静めるように、ミカルはゆっくりと虚界へその身体を解かしていった。