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所謂(いわゆる)一つの妖怪です。  作者: みゅう
2.遊園地?
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合い鍵

 それから一週間が経ち、座敷(ざしき)が来てから二度目の月曜日を俺は迎えた。

 その間も俺には、少なからず幸運と思わしきものが度々訪れ、座敷(いわ)く〝幸福力(こうふくりょく)〟は順調に彼女の中に溜まり続けているらしい。

 まぁ、当然ながら、その辺の事は俺にはよく分からないので、座敷の言葉をそのまま鵜呑(うの)みにするわけではないが、ある程度は信用する他ない。というか、彼女が嘘を吐く利点はおそらくないだろうから、そもそも疑う必要がないといった方が正解か。

「五割といったところでしょうか」

 アパートの敷地から出て少しした所で、座敷が何の脈絡なくそんな事を言い出した。

「……急に何の話だ?」

 あまりの脈絡のなさに、思わず反応が(わず)かに遅れる。

「いえ、遼一(りょういち)さんが、〝幸福力〟についてお考えのようだったので」

 お前はエスパーか。

「エスパー? 何を言ってるんですか? 前にも言いましたけど、私は妖怪です、よ」

 知っている。というか、さらっと心を読むな。いや、本当に読んでいるのか、それとも雰囲気で言っているのかは、正直判断し(がた)い所ではあるのだが。

「遼一さんは、考えてる事が顔に出やすい体質みたいなので、気を付けた方がいいですよ。特に日高(ひだか)さんといる時なんかは」

「余計なお世話だ」

 ほっとけ。大体、自覚して何とか出来るなら、とっくに何とかしとるわ。

「この調子なら、思ったより早く溜まりそうです」

左様(さよう)か」

 その方が俺も、この非日常から早く解放されて清々するってもんだ。……清々するのかな?

「どうしました?」

「いや、今日から五日間も学校に行かないといけないと思うと、気が重いなって」

 自分の中の疑問を振り払うように、俺は全然関係ない話題を座敷に振る。そうでもしないと、思考が妙な方向に行きそうだったのだ。

「何も言いますか。今日から五日間、何もせずとも女の子達と顔を合わせる事が出来る。これ以上の幸運がありますか」

「なんだその、ポジティブ過ぎる考えは」

 そこまで行くと、ポジティブを通り越して最早(もはや)病気だ。

 というか、薄々思っていた事だが、座敷の思考は時々どうもオヤジくさくなる事がある。

 それが長く生きている妖怪という存在の特徴なのか、あるいは座敷個人の性格に寄るものなのかは今の俺には判断出来ないが、こいつの容姿で言われるとやはり違和感は覚える。

 いつものように登校途中に日高と合流し、一緒に学校へと向かう。

 そしてこれもいつもの事だが、そのタイミングで座敷の姿は消え、俺にも見えなくなった。

「これ、ありがとね」

 そう言って日高が、(かばん)から一冊の本を取り出す。

 それは俺が先週貸した漫画本だった。

 この前の日曜日に漫画について話した事がきっかけになり、俺はあれから、日高に漫画を貸すようになった。初め、彼女の方からその申し出をされた時は少し驚いたが、別に断る理由もなかったので、俺は心よく漫画を貸す事にした。

 とはいえ、その漫画選びが意外と難しく……。

 日高に貸す物となると、あまり色々な意味で過激な物は避けた方が良さそうだし、それでいて面白くない物は当然貸せないわけで……。

 結局悩んだ末に、あまりハード過ぎない少年漫画の延長線上のような漫画を、日高には貸す事にした。無難な選択と言われればそれまでなのだが、やはり彼女相手に冒険は出来なかった。というか、したくなかった。

「どうだった?」

 漫画を受け取りながら、日高に感想を尋ねる。

「うん。面白かった。良かったら、続きも貸してもらっていい?」

「あ、だったら――」

 今度ウチに取りにきたら、という言葉を(すん)での所で飲み込み、

「……明日持ってくるよ」

 俺は別の言葉を続けた。

「いくじなし」

 どこからか、そんな座敷の声が聞こえた気がした。……多分、気のせい。木々の葉ずれの音か何かだろう。

「なんかごめんね」

「いいよ。俺も仲間が出来て(うれ)しいというか」

 日高と趣味が共有出来て嬉しいというか……。

美穂(みほ)は読んでないの?」

但馬(たじま)とはそもそもそういう話はしない……ってか、なんでそこで但馬?」

「え? だって、美穂と阿坂(あさか)君って、何だかんだ言って、趣味や趣向(しゅこう)が合ってる気がするし」

「うーん、どうだろう?」

 但馬とは確かに、テレビ番組や食べ物の趣味趣向は合う気があるが、その他はそうでもない気がする。噂話とか俺はあまり好きじゃないし。後、部活が同じなので、その辺の話はよくするが……。

「そういう意味じゃ、日高とも合うのかもしれないな。趣味趣向」

「へ?」

 何気なく発した俺の一言に、日高が固まる。

 しまった。また勝手に思った事が口を突いて出てしまった。思考が顔にだけでなく、口から外にまで出るなんて、ホントどうしようもないな、俺。

「いや、その、俺達、意見がぶつかる事ってないし、少し違った意見でも日高のならすんなり受け入れられるというか……。まぁ、その辺は、日高がさり気なく、気ぃ(つか)ってくれてるのかもしれないけど」

「ううん。そんな事ないよ。そうだね。きっと私達、合うんだよ。趣味趣向が」

 俺のフォローにもなってない言い訳じみた言葉に、そう言って微笑(ほほえ)んでくれる日高。

 その顔が少し(ほころ)んだものに見えるのは、俺の気のせい、もしくは願望に寄る錯覚のせい、なのだろうか。



「やっほー」

 週の初めを何とかこなして帰宅した俺を出迎えたのは、聞き慣れた女性の呑気(のんき)な声だった。

 その呑気さは思わず、一旦、扉を閉めて外に出ようとすら思った程だ。

「……」

 特に何かリアクションを返すでもなく俺は、無言のまま、(くつ)を脱ぎ、居間に進む。

 居間には横座りで座る、女性の姿があった。言うまでもなく、ユイ(ねぇ)だ。

 今日の彼女の服装は、チェック柄のシャツにジーパンと、かなりラフな出で立ちとなっており、表情と相俟(あいま)って、気を抜いているのが丸分かりだった。

「何よ。折角、綺麗(きれい)なお姉さんが様子を見に来てあげたっていうのに、無反応」

「勝手にあがるなよ」

「だって、鍵持ってるし」

 確かに一人暮らしをするにあたって、母親がユイ姉に合い鍵を渡したのは、こうして俺の様子を見に来てもらうためだろうが、しかし、前(もっ)て連絡の一つくらい寄越(よこ)すのが礼儀であり、常識ある大人の行動というものだろう。

 制服を脱ぎ、私服に着替える。

 向こうを向いていてくれと言って向いてくれるような相手でない事は百も承知だし、俺とユイ姉は、今更そんな事を気にする間柄でもなかった。

「アンタ、あの子と付き合ってんの?」

「は?」

 何の脈絡もなく放たれた突然過ぎる質問に、思わず、着替え途中な事も忘れて振り返る。

「ほら、お店に連れてきた女の子」

「友達連れてくって言ったろ」

 少しぶっきらぼうにそう答えると、俺は再びユイ姉に背を向け、着替えを再開する。

「そんなの普通、方便でしょ。あの後は? 当然、あのまま真っ直ぐ家には帰ってないわよね」

「そりゃー、適当にその辺ぶらついたりはしたけど……」

「はー」

 盛大に溜息(ためいき)を吐かれてしまった。

「し、仕方ないだろ。そういうの、慣れてないんだから」

 自覚があるだけに、動揺が思わず口を突いて出る。

「一体、何のために私が、アンタの事を休みの日に連れ回したと思ってるのよ」

「いや、荷物持ちのためだろ」

 即答。むしろ、それ以外の理由は思い浮かばなかった。

「……いいのかな。そんな態度を私に取って」

「は? なんだよ、それ」

 ようやく着替えを終えた俺は、振り返り、ユイ姉の正面に胡坐(あぐら)をかいて座る。

「折角、アンタにいい物、持ってきてあげたんだけどなー」

「いい物?」

 眉を(ひそ)める俺を尻目に、ユイ姉が自身の鞄から白い一通の封筒を取り出す。所謂、映画やコンサートのチケットがよく入っているアレだ。

「それは?」

「なんだと思う?」

 そう言ってユイ姉が、俺の目の前で封筒をちらちらと振る。その顔はひどく楽しげで、どこか悪戯(いたずら)っ子を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 昔から悪戯が好き――というより、俺をからかうのが好きなのだ、この人は。

「チケット……映画?」

 この場所でわざわざ見せるという事は、ユイ姉はその封筒の中にある何かを俺にくれる気でいるという事だろう。そして、今までの会話の流れを考えると……。

「外れ」

「いてっ」

 頭を叩かれたそれを、反射的に手に取る。

 所詮は紙なので本当は然程(さほど)痛くはなかったが、そちらも条件反射的に言葉が出た形だ。

「開けてみたら?」

 言われるまま、封筒を開封し、中を確かめる。

 封筒に入っていたのは、やはりチケットだった。ただし、俺の想像していた物のどちらとも違う――

「遊園地?」

 のチケットだった。もしかしたら、こういう形では初めて目にしたかもしれない。

「そう。それ使って、この前の子をデートに誘いなさい」

 それは提案ではなく命令。それこそ、四の五の言わずにやりなさいといった感じだった。

「いや、けど……」

「どうせ(もら)い物だから。それとも何? 私と行きたい?」

「……」

 とはいえ、遊園地はさすがにハードルが高過ぎるだろ。誘った時点で、どう考えても俺の下心が日高に丸分かりじゃないか。いや、実際に俺に下心があるかどうかは別として……。

「あ、安心して。チケット四枚あるから」

「は?」

 四枚? なんで?

「はー。(さっ)しが悪いわねー」

 溜息。そして、ユイ姉が全身で呆れを表す。

「一対一だと誘いづらいだろうと思って、気を遣ってあげたんじゃない」

 気を遣ったって、これはそもそも貰い物という話だったはず……。まぁ、その辺りは別にいいいか。それよりも問題は、なぜチケットが四枚あるのかという……。

「あー。そういう……」

「ようやく分かったか、バカモノ」

「……」

 何か言い返そうかとも思ったが、今回はチケットの件もあるので口を(つぐ)む。

 大体、よくよく考えれば、ユイ姉には昔から色々とよくしてもらっており、そんな人に激しく言葉を返すなんてもっての(ほか)であり、そんな事をしているようでは恩知らずの(そし)りは(まぬが)れないだろう。

「ところで遼一、今日の晩ご飯はなぁに?」

()ってく気かよ!」

 前言撤回。こんなふざけた人間を調子に乗せたら、世間様に顔向け出来ない。どんどんツッコミを入れていこう。うん。きっとそれが、正しい選択というやつだ。多分。

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