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所謂(いわゆる)一つの妖怪です。  作者: みゅう
4.妖怪です
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妖怪です

 いつものようにアパートの外階段を下る。

 昨日は夕方に昼寝ならぬ夕寝をしてしまったため、寝付くまでにやたら時間が掛かってしまい、今日は何だか少し寝不足気味だ。

「ふわぁー」

「あ、阿坂(あさか)さん、おはようございます」

「!」

 ちょうど欠伸(あくび)をしたタイミングで、階段の下にいた大家さんに声を掛けられ、一気に欠伸と共に眠気が引っ込む。

「お、おはようございます、大家さん」

 若干の照れと動揺を何とか飲み込み、俺は大家さんに(少し引きつった)笑顔で挨拶(あいさつ)を返す。

「お疲れですか?」

「いえ、まぁ、何というか、少し夜更かしをしてしまって……」

「まぁ。ダメですよ、夜更かしは。阿坂さんはまだまだ成長期なんですから、夜はしっかり寝て朝は元気に起きないと」

「はい。そうですね。出来る限り、気を付けます」

「はい。そうしてください」

 俺の返事に満足したのか、大家さんが満面の笑みをその顔に浮かべる。

 いや、ホント、一周り以上年の離れた女性を捕まえて、こういう表情は失礼であると重々承知しているのだが、()えて言わせてもらおう。可愛いと。

「じゃあ、俺は学校があるのでこれで」

 大家さんとの会話は楽しくて、もう少しこうしていたいのは山々なのだが、あまりここで会話を長引かせてしまうと、これから合流予定の桜子(さくらこ)を待ち合わせ場所で必要以上に待たせてしまう事になるので、この辺で会話を切り上げる事にする。

「あ、そうでした。それでは、今日も一日頑張(がんば)ってきてくださいね」

「はい。頑張ります」

 今日も今日とて笑顔の大家さんに見送られ、俺はアパートの敷地を後にする。

 道路に出て、数メートル行ったところで俺は、ようやくそいつに先程から(ひそ)かに気になっていた疑問をぶつける。

「というか、なんでまだ付いてきてるんだ? お前は」

「え? いけませんでした、もしかして」

「別に、いけなくはないけど……」

 モモ曰く、座敷わらし本来の力を完全に取り戻した現在の座敷は、〝幸福力(こうふくりょく)〟が十全に(たくわ)えられている状態で、今までのように俺の側にいなくてもいいはずというか、むしろ座敷わらしが外をうろついている方が不自然というか……。

「うーん。自分でもよく分からないのですが、阿坂さんの隣にいる方が何だか落ち着くので、私としては当分このまま、取り()かせて(いただ)こうかと思うのですが……」

 そんな台詞(せりふ)を吐かれた上に、探るような上目(づか)いをされては、さすがに俺もそれ以上の追及は出来ず、

「ま、少し前の状態に戻っただけだし、お前の好きにすればいいよ」

 そういう他なかった。

「ありがとうございます、遼一(りょういち)さん」

 そう言って、座敷はにこりと微笑(ほほえ)んだ。

 昨日の夕方の一件以来、座敷の調子は良く、俺と会う以前の記憶もすっかり元に戻ったようだ。ただ――

「それに、こうしていると、何か思い出せそうな気がするのです」

「そうか……」

 その代償、というわけではないだろうが、俺と出会ってからの記憶が今の座敷には全くない。

 モモは、大量の記憶が一気に戻った影響で、記憶が一時的にパニックを起こし、思い出せなくなっているのではないかと言っていたが、本当のところは彼女にも分からないらしい。

「すみません」

「ん? 何が?」

「いえ、遼一さんが私と話す時に度々寂しそうな顔をするのは、私に記憶がないせいですよね」

「気にすんな」

 暗くなりかけた空気を打開するために、座敷の頭を少し強い力で()で回す。

「痛い、痛いですよ、遼一さん」

 そう言いながらも座敷は、決して抵抗はせず、俺が手を離すまでずっと、頭を撫で回され続けていた。

「お前はお前だろ? 記憶があろうがなかろうが」

 座敷の頭から手を離し、俺はそう彼女に告げる。

「遼一さん……」

 それに、正直(うれ)しかったのだ。俺との記憶をなくし、更に問題が解決した今、座敷が俺の側にいる必要は最早(もはや)ないはずなのに、それでも俺の側にいたいと言ってくれた事が何よりも。

「遼一さん、今変な事考えましたね」

「え?」

「昨日も言った通り、私は私の意思で遼一さんの元に残ると決めたのです。そりゃ、遼一さんが出ていけと言えば、今すぐにでも出て行きますけど」

「そんな事! ……言うわけないだろ」

 思わず大声を出してしまい、途中で慌てて小声に戻す。

「じゃあ、私は遼一さんの元にいます。自分の意思で」

「……」

 何だか座敷に諭されたようで、納得がいかない。

 おかしいな。さっきまで俺が座敷を(さと)していたはずなのに……。

「遼一さんは、思っている事が顔に出やすいので気を付けてくださいと、前にも言ったはずですよ」

 確かに、以前もそんなような事を言われた記憶が……。

「ん? 今、お前なんて」

「ほら、早く行きますよ」

 違和感を覚えて立ち止まった俺を、数十センチ先に浮かぶ座敷が振り返り、呼ぶ。

 仕方ない。疑問は後回しにして、今は先に来て、俺の事を待っていてくれているだろう桜子の元に、(わず)かでも早く向かえるように足を前に動かすとしよう。

 再び歩き始めた俺の隣に、座敷が並ぶ。

 ふと空を見上げる。

 空は澄み渡り、太陽は(まぶ)しくて、雲は適度に大地に日陰を作る。

 うん。今日もいい一日になりそうだ。

「今、遼一さんが考えている事、当ててあげましょうか?」

 言いながら座敷が、悪戯(いたずら)っぽい表情をその顔に浮かべる。

「いいぜ。やってみろよ」

 出来るものならな。

「空は澄み渡り、太陽は眩しくて、雲は適度に大地に日陰を作る。うん。今日もいい一日になりそうだ」

「エスパーかよ!?」

 俺の表情から思考を読んだにしては、あまりにも的確過ぎる座敷の答えに、俺は再び、自分が住宅街にいる事を忘れ、大声でツッコミを入れてしまう。

 そんな俺の様子を見て、座敷はにやりと笑い、

「いいえ。妖怪です」

 いつかどこかで聞いた台詞を満面の笑みで言うのだった。

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