表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
所謂(いわゆる)一つの妖怪です。  作者: みゅう
4.妖怪です
17/21

餅は餅屋

 目が覚める。

 夢から現実へと意識が移行する。

 その最中、お腹の上の重みに気付き、同時に安堵(あんど)した。

 掛け布団をめくり、その存在を実際に見て確認する。

 視界いっぱいに黒髪が広がっていた。

「……」

 相変わらず、一歩間違えばホラーだな、この光景。

「おい、座敷(ざしき)

 肩を揺すり、座敷の目を覚ます。

「うっ、うーん……」

 (かす)かな(うめ)き声の後、座敷の(まぶた)がゆっくりと上がる。

「……あ。おはようございます、遼一さん」

 まだ夢うつつと言った表情で笑い、俺に挨拶(あいさつ)をする座敷。

 その様子は、昨日と同じ夢を見たはずなのに、ひどく安定したものだった。

「大丈夫か?」

「はい。夢の内容は悲しいものでしたが、私にとってそれは、もう得体のしれないものではなくなりましたから」

「そうか……」

 同じ内容の夢を見ても、気の持ち様でこうも反応は変わるものなのか。

 まぁ、慣れてきたというのも、その一因にはあるのだろうが……。

「それに、夢を見ている間も、どこか感じるのです。遼一(りょういち)さんの気配というか、雰囲気を」

「そうか……」

 モモ曰く、俺と座敷の意識は夢を見ている間、繋がっているらしいから、座敷がそう感じるのもその影響のせいなのかもしれない。

 とはいえ、座敷の台詞(せりふ)は、俺にとって何となく気恥ずかしいもので、反応に困るというのが今の俺の正直な感想だった。

「ん!」

 どこからか(せき)払いが聞こえ、二人で揃ってそちらの方に視線を向ける。

「朝からイチャイチャするのは一向に構わないのだけど、二人共、私の事忘れてない?」

「そんな事は……」

「ないですよ」

 視線を盛大に泳がしながら、俺と座敷が二人掛かりで、謂れのない言い掛かりをはっきりと否定する。

「……まぁ、いいわ。その様子だと、今日も見たのよね? 例の夢」

 このままでは話が進まないと判断したのだろう。モモが嘆息(たんそく)の後、話題を俺達の事から夢の話へとシフトさせる。

「はい。同じ、夢でした。ただ……」

「ただ?」

「最後に、声が聞こえた気がしました。男性、でしょうか? どちらかと言うと、あまり心地のいい声ではなかったように感じました」

「そう……。声、ね」

 座敷の発言に何か思うところがあったのか、モモが右手を口元に当て、何やら考える素振りを見せる。

 その間に、座敷は俺の上から退()き、俺も()き布団の上に体を起こした。

「ところで、りょーいち。最近、何か変わった事はなかったかしら?」

「変わった事? 例えば?」

 大体、こうして妖怪と普通に会話している状況がすでに、一般人からしてみれば十分に変わった事であり、その状況でそんな事を尋ねられても、何をどう答えていいものやら……。

「そうね。どちらかと言うと、いい事というより悪い事の方かしら? 何かない? 最近起きた悪い事」

「悪い事……」

 そう言われて真っ先に思い浮かぶのは――

桜子(さくらこ)が階段から足踏み外して落ちた事、かな」

 最近起きた出来事の中では、あれが間違いなく一番の事件だろう。

「桜子っていうのは、アンタの彼女?」

「そう。そして、同じ学校に通ってるクラスメイトでもある」

 状況判断に必要な情報だろうと一応、俺は桜子についての補足説明を後から付け加える。

「ふーん。他には? 何かないの?」

「後は、壁に立て掛けてあった(ほうき)が倒れてきたり、缶が足元に転がってきたり……。思い付くのはそれくらいかな?」

 出来事の規模の大小の違いこそあれ、どれも日常生活を送る上で普通に起こり得る事で、そこに超常的な何かが関わっているかどうかは、残念ながら判断のしようがない。

「その時、アンタの隣にその桜子って子は?」

「いたよ。三回共」

「そう……」

 どうやらモモは、俺の周りに起きた悪い事と、桜子との関連性を疑っているようだ。

 でも、どうして?

「桜子に、何かが取り()いてるとかそういう話か?」

「……分からないわ。とりあえず、調べてはみるけど」

「そうか。頼む」

「大丈夫。私の予想が正しければ、多分、無駄足になるはずだから」

「?」

 よく分からないが、(もち)は餅屋ではないけれど、妖怪の事は妖怪に任せるに限る――という事で、その辺りの事はモモに任せるとして、俺は精々、桜子と一緒にいる時くらいは周囲に気を配るとしよう。



「――で、何か分かったのか?」

 アパートの敷地を出た所で、隣に浮かぶモモに、視線は前方に固定したまま、声を掛ける。

「何の話?」

(とぼ)けるなよ。何か思い付いた事があるんだろ? じゃなきゃ、あんな言い回ししないはずだ」

「まだ予想の域すら出ていない、ただの妄想の(たぐい)よ」

「それでもいい。聞かせてくれ」

 俺のしつこさに根負けしたのか、モモが嘆息を一つ吐き、口を開く。

「おそらく、アンタの彼女に妖怪は取り憑いていない」

「つまり、桜子に妙な事が起こり続けてるのは、それ以外の別の要因のせいと、お前はそう言いたいわけだな」

「えぇ。私は何かに取り憑かれているのはあなたの彼女ではなく、むしろユキの方だと思っているの」

「座敷が? ってか、妖怪が妖怪に取り憑く事なんて有り得るのか?」

「有り得るか有り得ないかで言ったら、有り得るわ。特に神やそれに準ずる位階の妖怪なら、他の妖怪に取り憑いたり操ったりする事なんてお茶の子さいさいよ」

「……そうか」

 お茶の子さいさいって……。現実世界で初めて聞いたぞ、そんな言葉。

 と、そんな事より――

「座敷に妖怪が取り憑いてるとして、その取り憑いてる妖怪は一体何者なんだ?」

「あくまでも可能性の話だけど、私はユキに取り憑いている妖怪は、疫病神(やくびょうがみ)だと(にら)んでいるわ」

「疫病神……」

 まぁ、この流れだとそうなるわな。

「それって、かなり不味(まず)いんじゃ……」

「今のところ、状況による、としか言いようがないわね。とりあえず、すでに一つ、手は打ってあるけど」

「手って、どんな?」

「まぁ、一言で言えば、夢を使った裏ワザのようなもの、かしら」

「裏ワザね……」

 どことなく胡散(うさん)臭い感じがしないでもないけど、妖怪の事は妖怪に任すと決めた以上、余計な口出しは控えた方が賢明だろう。

 そうこうしている内に、誰かを待つように立つ女生徒の姿が、俺の視界に飛び込む。

「あれがアンタの彼女?」

「あぁ」

「ふーん。普通に可愛(かわい)い子じゃない。なんであんな子が、アンタの彼女なんかに……」

「うっさい」

 そんなの、俺が聞きたいくらいだ。

「まぁ、いいわ。とりあえず、私は姿を消すから、後は二人で仲良くやりなさい」

 言うが早いか、モモが俺の前から姿を消す。

 それを見届け俺は、少し歩く速度を速めた。

「おはよう、桜子」

 ある程度距離が縮まった所で俺は、桜子にそう声を掛ける。

「あ、おはよう、遼一君」

 それまでぼんやりと虚空(こくう)を眺めていた桜子が、俺の存在に気付き、笑顔をその顔に浮かべる。

「行こうか」

「うん」

 軽く言葉を交わすと、俺達は肩を並べて、学校に向けて歩き出した。

「朝から少しお疲れ?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど……」

 少し迷った末に俺は、今朝した会話の内容を、桜子に()(つま)んで話した。

「そっか。じゃあ、昨日までの事は、ただの偶然じゃなかったんだ……」

「まぁ、けど、モモに何か考えがあるみたいだし、油断は禁物だけど、そこまで深刻になる必要も別にないかなって……」

 思いのほか重苦しい感じになってしまった空気を払拭しようと、()えて俺は軽い口調でそう桜子に声を掛ける。

「彼女から妖怪の気配は特にしないわ。つまり、少なくともここ数日の間に起きた不運は、彼女に取り憑いた妖怪によるものではないという事よ」

 ふいに何もない空間から、聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。

 桜子が無反応なところを見るに、どうやらこの声は、俺にしか聞こえていないらしい。

「ん? どうかした?」

「いや、何でもない」

 言いながら、桜子の腕を取り、自分の方に軽く引き寄せる。

 自然、二人の足が同時に止まる。

「え? 何?」

 目をしばたたかせ、俺の顔をまじまじと見る桜子。その(ほお)は恥ずかしさからか、(わず)かに赤らんで見えた。

「足元」

「へ?」

 俺の指摘に、桜子が自身の足元に目をやる。

 そこにはまるで、彼女が踏むのを待ち構えていたかのように空き缶が一つ転がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=427181489&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ