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所謂(いわゆる)一つの妖怪です。  作者: みゅう
3.猫は魚を食べますよ?
12/21

タイヤ

 昼休み。教室で日高(ひだか)と一緒に昼食を取り終えた後、俺はトイレと(しょう)し、教室を一人で抜け出した。そしてそのまま、人気のない場所に移動する。

 場所はあまり使われない方の階段。学食や昇降口との位置関係が絶妙に悪く、こちら側の階段を使う物好きはほとんどいなかった。

 実際、今も付近に俺以外の人間の気配は一切なく、辺りはシーンと静まり返っていた。

座敷(ざしき)、いるか?」

 小声で、虚空(こくう)に呼び掛ける。

 程なくして、座敷が俺の前に姿を現す。顔色はやはり、あまり良くないように思えた。

「なんでしょう?」

「調子はどうだ?」

「良くはないですね。とはいえ、(すご)く悪いというわけでもありません」

「そうか」

 座敷の言葉と雰囲気から察するに、今のところ、とりあえずは安心しても良さそうだ。

「それより私は、遼一(りょういち)さんと日高さんのイチャつく様子を見て、テンションが上がりっぱなしで困っています」

「うるさいよ」

 両の拳を体の前で握り、途端に鼻息を荒くする座敷を、そう短く切り捨てる。

 まぁ、そんなジョークが言える内は、まだまだ大丈夫だろう。

「あっちの方はどうなんだ?」

「そっちも現状維持、朝から良くも悪くもなってないといったところですね」

 あっちそっちとは、もちろん〝幸福力(こうふくりょく)〟の話である。

 もしかしたら座敷は、現在、穴の空いたタイヤのような状態なのかもしれない。

 タイヤに穴が空いていれば、そこから空気が漏れるので(いく)ら空気を入れても満タンにはならず、とはいえ穴がそれほど大きくなければ、大事に至らない。無理をすれば、そのまま使用し続ける事も可能だろう。しかし、そんなタイヤを使用し続ければ、いつかはガタが来るし、タイヤ自身の寿命も想定されたものよりも早くなくなるはずだ。だとしたら、そんなタイヤはすぐにでも修理に出すべきだろう。

「そういえば、妖怪には医者、みたいなのはいないのか?」

 ふいに浮かんだ疑問を、早速、座敷にぶつけてみる。

「さぁー。もしかしたら、この世界のどこかにはいるのかもしれませんが、少なくとも私は、会った事も聞いた事もありません」

「そっか……」

 もし医者のような存在が妖怪にもいるのなら、そいつに座敷を()てもらえば、少しは問題解決の助けになると思ったのだが、そう上手くはいかないか。

「遼一さんが私の事を心配して下さるのはとても嬉しいですが、それより今は、日高さんの方に気を割いてあげて下さいね。釣った魚に餌をやらない殿方は、女性の敵、ですから」

 女性の敵……。そこまでなのか。

「まぁ俺も、お前の意見には(おおむ)ね賛成だが、拾った猫に(えさ)をやらない飼い主も、俺は同じくらい最低だと思うんだ」

 正確には、その猫は俺が自ら拾ってきたのではなく、勝手に人ン()の押し入れに潜り込んでいただけなのだが。

「私は猫ですか? 猫は魚を食べますよ?」

「ウチの猫は、行儀がいいんだ」

「それは(あん)に、行儀良くしておけというお達しのようなものですか?」

「いや、事実を口にしただけだよ」

 まるで、馬鹿(ばか)し合いだな。それに付き合う俺も大概(だいがい)だが。

「はぁー。分かりました。精々(せいぜい)、首輪を付けられないよう、気を付けます」

 座敷は溜息(ためいき)混じりにそう言うと、俺の目の前から姿を消した。

 体調が悪いからだろうか、座敷は大分ナイーブになっているようだ。彼女の扱いには、これからよりいっそうの注意が必要だな。

「行くか」

 一人(つぶや)き、教室へ向かう。

 教室に戻ると、日高が自分の席で女子数人に囲まれ、質問責めにあっていた。その内容は、おそらく俺との事だろう。

 一瞬の躊躇(ちゅうちょ)の後、俺はゆっくりとそこに近付いていく。

「あっ、阿坂(あさか)君」

 近くにやってきた俺を見て日高が、安堵の表情をその顔に浮かべる。

 まぁ、そりゃ、一人で複数人から集中砲火を受けたら、誰でも困るし戸惑うだろう。

「どうしたの?」

 聞くまでもなく現在の状況は把握済みだったが、周りへの牽制(けんせい)の意味も込めて、()えてそう尋ねる。

「もう、阿坂君でいいや」

 そんな俺の思惑とは裏腹に、女子達の追及は止む様子がなかった。

「ねぇ、桜子(さくらこ)とはどういう経緯で付き合うようになったの? 桜子は(けむ)に巻くばっかで、全然答えてくれようとしなくてさ」

「で、俺?」

「そう。彼女がダメなら、彼氏にってね」

 日高に視線を向ける。無言の(うなず)きが返ってきた。俺に任せるという事だろう。

「うわぁ。今、アイコンタクトしたよ」

「凄い。恋人っぽい」

「そこ、騒がないの。話してくれる事も、話してくれなくなっちゃうでしょ」

 興奮する二人を、中央に立つ飯田(いいだ)さんが落ち着いて制する。

 どうやら彼女が、この三人の中では、まとめ役のポジションを(にな)っているらしい。

「俺から告白して、日高にオッケーもらった感じかな」

 本当は、もっと色々な()り取りがあったのだが、この場でそこまで詳しく説明する必要はないだろう。

「え? なんて? なんて?」

「普通に、好きです、付き合って下さいって」

「「「きゃー」」」

 もう、何が(なん)だか……。

「場所は? 場所はどこ? どこで告白したの?」

「遊園地。遊園地の観覧車の中」

「え? でも、付き合ってないのに遊園地って、誘いにくくない?」

「それは――」

「はいはい」

 女子達の質問に答えようとした俺の言葉を、手を叩きながらやってきた但馬(たじま)(さえぎ)る。

「何よ、美穂(みほ)。ここからがいいとこなのに」

「もう、ある程度聞きたい事は聞いたでしょ。後は、そっとしておいてあげなさい」

「うーん……。じゃあ、今日はこの辺で撤収するか」

「二人共、邪魔(じゃま)してごめんね」

「お幸せにー」

 三者三様の言葉を残し、女子三人組が俺達の元を離れていく。

「美穂、ありがとう」

「助かったよ」

「どういたしまして」

 俺達が礼の言葉を次々と告げる中、それをクールに受け止め、去って行く但馬。

 その姿は、こう言っては(なん)だか、凄い男前だった。

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