二度目の再会
「スーライ、力とはなんだ」ガンダはそう問う。
「わかりません」もちろんそんな哲学的な問いに対する答えなど用意していない。
「いいか、力とは何かを守るために必要なものだ。力とはもちろん筋力のことでもないし魔法がどれだけ使えるかでもない。ひょろひょろだって、魔法が使えなくたって、誰かを守ることができるならそれは力を持っているということだ。いや、もちろん筋肉があるに越したことはないんだがな」そういうガンダは腕に力をいれてコブをつくった。それと同時に身体にも力をいれ、血管を隆起させる。今上半身裸のガンダははたから見るととても暑苦しいことになっている。
ガンダはもちろん十二歳でこんな筋肉モリモリ体型をしているわけじゃない。ガンダは十八歳で、体格が前にも増して大きくなった。つまり、自分の一歳の誕生日からもうすでに六年経過していた。自分ももう七歳で、立派に歩けるし、話せる。最近では父、サイエルの研究を手伝うようにもなった。
ちなみにあれからジュニアからのコンタクトはまったくない。そろそろ、こちらからコンタクトを取らないとダメなんじゃないかと焦り始めている。
「それじゃあまずは剣を振るに当たっての注意点だ」そんな自分は今、ガンダから庭で剣の指導を受けている。早朝から起こされて半ば無理やり「お前にも剣を教える」と言われて連れ出された。
「心得その一、剣は覚悟を持って振るえ」
「覚悟とはなんですか?兄さん」
「そんなものは決まっている。傷つける覚悟だ。剣をふるということは、これからお前を傷つけるという意思表明だからな」
「つまりはそんな覚悟も無しに剣をふるなということですね」
「そうだ、もし剣を相手に向けるなら相手を傷つける覚悟をするんだ。脅しだけで向けて、実際に剣をふることになって怖気ずいたんじゃ相手に斬り殺されるだけだ」
「わかりました。では心得その二は?」
「それはまだ決めてない、ちなみにその一もたった今思いついた」
「そんなところだろうと思ってました」この兄、ガンダはこんな言葉を使いたくはないが、脳筋だ。実際に脳みそまで筋肉で出来ているんじゃないのかと思ってしまう。
「まぁ、そのうち他の心得も決めて行くとしよう」そう言ったガンダは地面に置いてあった二つの棒をとって真新しい方を自分に投げた。受け取った自分はそれが手のサイズにぴったりな太さであったことに驚いた。それだけじゃない、怪我をしないようにヤスリのようなもので磨いてあった。
「よくできているだろう、この棒は俺が丹精込めてつくったんだ。大切にしろよ」
「ありがとうございます。大変だったでしょう、これを作るのは」
「いや、一度自分用に作ったことがあるからな、コツはすでに掴んでいる」そういうガンダの棒は所々へこんでいて、真ん中は布で補強してある。彼もこの棒で修行したのだろう。
「それじゃあ、振ってみろ」
「あの、握り方などは?」
「体で覚えるものだ」
やはり理論より実践派な兄はコツも何も教えてくれなかった。試しに振ってみると、棒は軽いようで風をきる音がした。
「悪くないぞ、だが体が強張っている。もう少し前のめりに振れ」そういうガンダはお手本として自分の棒を振った。風をきる音は聞こえなかったが、振られた棒は自分の目には捉えられないような速さで動いた。
「すごいですね、見えませんでしたよ」
「そうか?幾らか力を抑えたんだが、まぁまだ始めたばかりだし見えないのもしかたないかもしれないな」
「あれで抑えていたんですか……」
「それに母さんだったら力を抑えて振ったとしても風を叩く音が聞こえるだろう」
「風を叩く音ですか?」
「うむ、鞭を叩いたような音といったほうがわかりやすいか」つまり、マッハを超えていると言うことか。音速以上の速度で剣を振れた母はそれだけすごい剣士だったのだろう。
「母上はすごいお方だったのですね」自慢げにしていたガンダだったが少し考え込むようにして自分を見る。
「なぁ、前から思っていたんだが、敬語はやめないか」
「しかし兄さんは年上ですから……この前も同じようなこと言ってませんでした?」
「兄に敬語を使う弟なんて聞いたことないぞ……生れた時から思っていたが少し大人び過ぎていないか?」妙に鋭いガンダの考察は当たっていた。だが、見た目からして自分がサイエルよりも年上だとは思わないだろう。
「兄さんには世話になってますから。それよりも僕は素振りをしていればいいですか?」
「ああ、そうしててくれ、自分は朝食の準備をしてくる」
そういうガンダは背伸びをして棒を地面に置いた。普段から早起きするガンダは、朝日を眺めて青春ドラマの一シーンを演出していた。汗っぽくて実に暑苦しい。
そんなガンダを尻目に、素振りを再開すると懐かしい動物の鳴き声が聞こえてきた。
「ミャーオ」そう音がする方向、つまりは庭の柵の方向をみるとそれはいた。土に縦に刺さる木、その上に優雅に立つのはロシアンブルーの品種を思わせる、灰色の毛をした可愛らしい子猫だった。その子が背中を伸ばして地面に降りると、雑草を掻き分けてこちらまで歩いてきた。気がつかなかったが、目は緑色で、宝石を思わせる。さて、その猫は体を自分の足元に寄せると座り込んでしまった。素振り中に踏んづけてしまっては悪い。場所を変えるように移動しようとすると、それに合わせて付いてくる。そしてまた足元に座るのだった。どうしたものか、そう思っていると、「かわいい!!」と、ガンダが大きな声で叫んだ。不意打ちで放たれた声は自分の体を一瞬硬直させるには十分大きかった。猫もびっくりしているようで目を見開いてガンダの方を見ていた。
「いやぁ、かわいいなぁこの子猫。触っても大丈夫だろうか」
「野生ですから警戒心が強いかもしれません」
「そ、そうか」
「ミャーオ」そう鳴いた猫は、自分お足に顔をこすりつけてきた。
「随分とお前に懐いているな」
「初めて会ったと思いますけど……」
「そうなのか?」
「ええ、なんでこんなに懐いているんでしょうか」
「うーん、匂いだろうか」
「匂いですか」
「かもしれんな」そういうとガンダは手を猫の頭に近づけた。猫は顔を少ししかめたが、唸るようなこともなくガンダの手を受け入れた。ちなみにガンダは少し汗臭い。
「おとなしい猫だな。うむ、実にかわいい」
「兄さんが動物好きとは知りませんでした」
「いや、動物は苦手なんだ」ほう、この子は可愛がっているのに動物が苦手とは。「昔に、犬を撫でようとしたんだがな、手を近づけると唸るに唸ってな。それでも触ろうとしたんだが、手を盛大に噛まれてしまった」
まぁ、犬としても巨体の男は怖いのだろう、自分だってゴリアテが近ずいてきて頭を撫でようと手を近づけてきたら逃げる。
「うちで飼えませんかね?」
「どうだろうな、父もあまり動物が好きというわけではないらしいしな」
「聞くだけ聞いてみましょうか」
「そうするか」そういうとガンダは猫を持ち上げようとすると爪を立ててガンダから離れようとする。
「……お前が持ち上げてくれ」
「……すみません」撫でることを許されても、ガンダは猫に好かれているわけではないようだ。
とりあえず猫は自分の部屋に置いておいた。そう、自分の部屋をもらった。元は母の部屋らしいが、部屋の装飾はどちらかというと男性を思わせる。無骨な人だったのだろう母の部屋には剣が飾られていた。その刃がむき出しになって飾られている剣は、猫が怪我をしてもいやなので鞘にしまっておいた。
「ここでおとなしくしているんだ」
「ミャーオ」そういうと猫は自分のベッドの上で丸まって眠りだした。随分とお利口な猫だ。
「俺の言っていることがわかるか?」
「ミャーオ」そういう猫は肯定的に鳴いた。
「まさかね」猫が言葉を理解するはずもない。いや、もしかしたらこの世界のの動物はこっちの言うことがわかるのかもしれないが。まぁ、理解したとしてもそれを確かめる術はないんだろうが。
「すぐに戻ってくる」そういった自分は猫の頭を撫でて朝食を食べるべく、食卓へと向かうのだった。
食卓には野菜スープをベースにして、それにほんのすこしの牛の肉を混ぜたものが並んでいた。四人掛けのテーブルの一角にサイエルが分厚い本に何かを書き込んでいる。その隣ではガンダが興味深そうに本を盗み見している。父の教育の賜物で文字が読めるガンダだが、時折意味を知らない単語があるようで、サイエルに聞いている。
「お父さん、これはどういう意味だ」そう本の一点をガンダは指差した。
「ん? ああ、これは魅了だ、相手を魅了する、というとつまりは相手を自分の虜にする、という意味になる」
「ほぉ、魅了の魔法……」ガンダは唸るようにどんな魔法なのか想像を走らせた。
「魅了の魔法は、その名の通り相手に魔法をかけて自分のことを魅力的に見せる魔法だな。ただ、欠点があって、相手は魔法にかかったことに気がつくことぐらいかな」
「相手に魅了されていると分かってしまう魔法に意味があるんですか?」二人の会話に混ざるように問いかける。
「ああ、スーライか。この魅了は凄まじくてな、自分では分かっていても、抗うことが難しいんだ」
「受けたことがあるんですか?」
「ああ、母さんと出会う前だがな、娼館でな。まぁお前にはまだ早い話か。しかしまさかあんなおばさんと……」話からして、娼館に行ったらおばさんから魅了の魔法をかけられたというところだろう。実に怖い話だ、なんせ本人は行為中は魅力的に思ってるんだから。あとで後悔しても遅いというわけだ。 「ともかく抗えないから気をつけないとダメだぞ、二人とも。特にガンダ」
「気をつけます」
「なぜ俺だけ名指しなんだ、お父さん」
「スーライは妙に精神的に大人だが、お前はまだどことなく、子供っぽいからな。まぁそういうところに行かないのが一番なんだが、二人とも男だしな」
「スーライには早いぞ、お父さん」
「それもそうだな。さぁこんな下品な話をしていないでたべよう」早いも何も、言ってることも全て分かってるし、前の世界で行ったこともあるのだが、言わないほうがいいだろう。子供は無垢な姿でいるべきだ、心も体も。
さて、今日の食事も中々に美味しい。ガンダも六年料理をして、少しずつ上達しているようだ。黙々と皆食べて、味に納得している。
「しかし、腕を上げたなガンダ」そういうサイエルは食べ終えたようで、スプーンをを置くと、背もたれに体の重みを預けた。「母さんの飯にまた近ずいたな」
「練習してるからあたりまえだ」誉められたガンダは自慢げだ
「その筋肉からは想像もできないよ」
「同意です」本当に想像もできない
「あー……まぁ俺の飯がうまくなった記念という訳じゃないんだが、お願いがあるんだお父さん」
「珍しいな、いったいなんだい?」
「猫を飼いたいのですが、ダメでしょうか?」また、会話に混ざるようように父に問いかける。
「猫か……捕まえるのは大変だが……」
「いえ、もう僕の寝室にいるんです」
「ガンダが捕まえてきたのか?」
「いや、スーライに妙に懐いてるんだが、向こうから近づいてきたんだ」
「そうか……うーん」
「ダメでしょうか」
「世話が大変だしね。それに僕自身動物はそこまで好きじゃないし」
「世話は俺がするから大丈夫だ。それに、動物嫌いでも大丈夫だと思うぞ、すごい可愛いんだ」
「ガンダがそういうとは珍しいね。あの犬に噛まれて動物は苦手になったと思っていたけど」
「実際見せたほうが早い。スーライ、連れてきてくれ」
「はいはい」そう言って寝室に行こうと席を立つと「ミャーオ」と鳴き声がテーブル下から聞こえてくる。おそるおそるしゃがむと、そこには寝室にいたはずの猫が寝ころがっていた。腹を見せて背筋を伸ばしている。気がついたが腹の毛は背中の毛よりも灰色が薄いようだ。どちらかというと白に近い色になっている。
「おお、いるじゃないか、全く気がつかなかったぞ。いやぁ、やはり可愛いなぁ」そういうガンダは手を腹に伸ばす、猫は気にしたようでもなく……いや、顔をしかめただけだった。汗の臭いは苦手なのかもしれない。
この子を持ち上げてテーブルに置くと、父は目を見開いて驚いたようにこの子を見つめた。
「これはすごいな、毛並みもいいし、何よりすごい可愛いじゃないか」
「だろう?お父さんも触ってみるか?」
「どれどれ」そういって猫の頭をワシャワシャと撫でると、猫はそれが気に入ったようで、頭をサイエルのてにこすりつけた。
「人に慣れてますね」
「ああ、これなら世話もかからなさそうだ」
「どうだ?お父さん、うちで飼わないか?」
「うん、これなら僕も納得だ、うちで飼おうじゃないか」サイエルはすっかりこの猫が気に入ったようで頭を撫でている。しかし、この猫の顔が悪い顔をしていたと感じたのは気のせいだろうか。
さて、我が家に新しい家族が来たが、猫の世話の仕方は知らない。実際前の世界では動物を飼ったこともなかったし、飼おうと思ったこともない。
「さて、どうやって世話すればいいんでしょうか」
「うーんそうだよね、動物の世話なんてしたことないよ」
「いや、そんなことより名前をつけよう、それが先だ」
「確かにそうだ、どうしようか」
「ここはスーライに決めてもらおうじゃないか」
「僕がですか?」
「スーライに懐いてるみたいだしいいんじゃないかな」
「そうですか……うーんどうしようかな」名前……ネーミングセンスはそんなに良くないのだが。少し考えてみるか。
「まぁ、すぐに決まらなかったら明日までに決めるといいさ」
「俺もそれでいいぞ」
「そうですか、助かります」
「さて、まぁ世話も放し飼いにすればいいだろう。スーライ、剣をまた教えるから庭までついてこい」
「食べたばかりですよ」
「食べたものを筋肉にするならすぐがいい」脳筋め。
その声をきっかけにサイエルは食器を片付け始めて、ガンダは上半身をもう一度露出させた、家の中では服を着ているんだから、庭に出る時も着たままでいてほしい。脱ぎ散らかされた服を畳んでテーブルの上に置いて自分も庭に急ぐと、そのあとを追うように子猫もついてきた。
その後、素振りを何百回もさせられた自分はクタクタで、気がついた時にはもう既に日が落ちていた。ガンダは飯を作りにいったのだが、それでも自分は素振りを続けた。前の世界では体を鍛えてなかったので、若い今のうちに運動に精をだすことにしたのだ。
飯を食べるために一旦中断したときには身体中が重たくて食卓では一言も喋れなかった。そんな様子をサイエルは気にしていたが、ガンダのせいだとわかるとまぁ大丈夫だろうと猫の話を始めた。いつもより早く食事を終えた自分は自室のベッドに倒れるように寝そべった。
すると、その横で例の子猫も心配するようにこちらを見ている。
「うーん、そこまで可愛いかな? いや、別に可愛いとは思うけど、兄さんがあそこまで変わるほどかな?」自分ながら、失礼なことをいったと思う。確かにこの子猫は毛並みも整っていて、野良としては随分と小綺麗だとおもうが、それだけだ。結局のところこの子猫はただの猫と変わらなくて、兄を変えるほどには思えなかった。
この子の目はサファイア、その中央にある猫目は夜の暗さのせいか、いくらか開いている。猫ひげは全て均等な長さで、ピンと張っている。そんな様子の猫は少し笑ってように思えた。その両端のつり上がった口が開かれると、話した。
「マスターのお兄様、彼は魅了されていたのですよ、魔法によってね」体に寒気が走る。鳥肌が手から腕、腕から肩、肩から背中と、伝播していく。そう、猫が喋った。人の
言葉を話した。いや、それだけじゃない、それは自分の故郷、前の世界での母国語で話していた。「そんなに驚くことはないでしょう、マスター。私です。ジュニアです」そういう猫の声質は執事を思わせるもので、妙に歳を食った声だと思った。だが、話し方は確かにジュニアで、自分のことをマスターと呼んでいるあたり、本人なのだろう。
「あ、ああ……ジュニア……なんだよな」母国語で返す
「そうだと言ってます」
「そうなのか……いや、まさか猫の姿だとは思ってなくてな……てっきり人の姿でくるものだと」
「怪しい男が訪ねてきて御宅の息子と話がしたいなんて不自然すぎますよ。まぁ、魅了の魔法があるので家族はどうにでもなりますが、近所で噂になりますからね。サイエルさんは、男色の気があるなんて噂されますよ」魅力の魔法……なるほど、どうりでガンダもサイエルも可愛い可愛いと言っていた。
「サイエルが、男色か…………受けだろうか」
「やめてください」ジュニアが、いやそうに顔をしかめた。その様子は普通の猫にしか見えない。
「でも、魅了の魔法は相手に気がつかれるんじゃなかったか?」
「まぁ、正確には魅了の魔法というよりかは手動で感情を弄っていると言ったほうがいいですかね。その方法なら感情を強める程度あれば違和感を抱かせないことも可能です」
「直接感情をいじる?」
「人々のAIを管理しているのは私ですから。感情をいじることもできますよ」そうだった、たしかこいつはサーバーの管理者だった。管理者の権限を堂々と乱用するのはモラル的にどうかと思うが、誰に咎められるというわけじゃないし、いいだろう。いや、セントラルサーバーに咎められるのか。
「なるほどな、うまいことうちのかぞくに取り入ったわけだ。でも、なんで見つけるのに七年もかかったんだ? ずっと待ってたんだぞ」
「体を猫型にしたり……あとはマスターを探してましたね」
「俺を探してたのか」
「ええ、転生させてもどう産まれてくるかはわかりませんからね。出会う人々の記憶を読みとって探してました。で、七年目にして、やっと見つけました」
「なんとまぁ、大変だっただろう、この世界で一人を見つけ出すなんて」
「記憶の長さを読み取ればいいんですよ」
「四十数年分の記憶をもった子どもを探せばいいわけか」
「ええ、ですから姿を見ればすぐわかります」
「なるほどなぁ、それで世界を旅してきたわけか」
「いや、行商人の荷物に紛れて人々を観察していただけなので、そこまで旅という感覚ではなかったですね」
「面倒くさがりめ」
「お互い様でしょう」
「ははは、それもそうだな、まぁお前が来てくれてよかったよ。この家でゆっくりするといい」
「……もしかして、この世界での目的を忘れてませんか?」
「目的…………アッ!」
「忘れてましたね」
「いや、なんというかな……ここの生活が快適でどうもな」
「はぁ……てっきり旅の準備を終わらせているものかと思ってましたよ」
「いやはや、それで目的ってなんだっけ」猫は顔をあんぐりとさせてあきれ返っている。
「……セントラルサーバーからのメッセージが来ています。「はよしろ、のろま」だそうです」それを聞くと自分の額に青筋が浮かんでくるのがわかる。そう、思い出した。セントラルサーバーの管理AIをデアクティベート
する、つまりはこの世界にいるそいつを殺すことが目的だった
「思い出した。つまりはそいつを殺せばいいんだな」
「その通りです、まぁ不死身のようなものなので死なないんですけどね」
「そうか、そうだった。たしかに俺はハッカーだった」
「そうですよ、凄腕ハッカーでしたよ」
「うん、イケメンでモテモテの凄腕ハッカー」
「もててませんでしたが凄腕でしたよ」
「そこは肯定してくれ」お互い苦笑いしあうと、寝室のドアがキィと立て付けの悪い音を出して開いた。
「スーライ、さっきから何をブツブツ言っているんだい?」サイエルがろうそくランプをもって心配そうな顔でこちらを見てくる。たしかにちょっと大きな声で話しすぎたか。
「いや、なんでもないですよ。お父さん」
「そうか、てっきりガンダの訓練で頭がバカになったのかと……まぁともかく体を悪くするほど訓練しちゃダメだよ。張り切っちゃうのはわかるけどね」
「ええ、分かってますよ。そういえば、猫の名前ですが決まりました」
「ほう、どんな名前だい?」
「ジュニアと名付けたいです」ジュニアはこちらを見て納得したような顔をしている。
「ジュニアか……うん、いいんじゃないかな? じゃぁジュニアの世話はちゃんとするんだよ」
「ええ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」そう言うとまたもキィと音を立てて、ドアは閉められた。
「随分と印象が違いますね、敬語で話すマスターは」そう小声で言うジュニア。
「そりゃ、敬語の子どもとタメ口の子どもじゃ印象は変わるさ」自分もそう小声で返す。
「それにしても、マスターが敬語とは。世の中何が起こるかわからないものですね」
「まるで俺が敬語を使えないみたいな言い方だな」
「実際に使ってませんでしたよね」
「親には敬語だったんだぞ? お前も俺のコピーなんだから知ってるだろう」
「ええ、それはもちろん。ですが、実際に聞くと、おかしく感じるものです」
「そうだろうか」
「そうです」
「……」
「……」一瞬の沈黙が自分と猫の間で流れる。その様子ははたから見れば、まるでお互いがお互いが喋り出すのを待っているようにも思えたし。お互い、喋ったら負けだと思っているようにも見える。
「……まぁこれからもよろしくな」
「ええ、よろしくお願いします、マスター」これが、ジュニアとの二度目の再会だった。