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人工知能と電脳世界  作者: 名無しの生きぞこない
一章
2/7

対話型人工知能は人になる夢を見る

 意識を微睡みから起き上がらせると頬に感じるのは乾いた風だった。その冷たい風は自分の体温を撫でるように奪っていった。鳥肌が立ち、毛布を抱きしめるようにして体を丸めた。多分昨日の夜、窓を閉めていなかったのだろう。不用心だとは思うが、この貧困区にある空き地に止めてあるトレーラーハウスから何かを盗もうなんて思う奴はそうそういない。それに、盗まれて困る物なんてジュニアのいるコンピュータぐらいの物だ。

 「オキましたか?」機械的な、電子的な声がトレーラーハウスに響き渡る。眼を開けるとそこにはレトロなブラウン管モニタ。それに丸と線で笑顔が映し出されていた。

「ジュニア、まさかとは思うがお前が開けたんじゃないだろうな、窓」

「シンセンな空気を吸うというのは体にイイものですから。私がメンテナンスを必要としないのもケンコウに気を使ってるからです。」

「お前に生身の体はないし、メンテナンスが必要ないのは組んで三日も経ってないからだ」目の前にあるブラウン管に映る笑顔の主、ジュニアの本体はモニタの裏にそびえ立つ巨大なコンピュータだ。真新しくて、組んでまだ二日しか経っていない。

 モニタの笑顔を苦笑いに変えてジュニアは窓を閉めてコーヒーマシンを起動した。彼にはこのトレーラーハウスのあらゆる機器と接続して、コントロールする権限が与えられている。人工知能になってすぐの頃は接続された機器の数に戸惑っていたが、すぐに慣れて最近では随分と気が回るようになった。元の人格は執事か何かだったのかと思ってしまうほどに。

 硬くて背中が痛くなるベッドから体を起こして、背伸びをすると、背骨がなる音が聞こえて来る。背中に着いた贅肉越しに聞こえて来るその音は自分の不健康を物語っていた。実際のところこのままではダメだと思って、散歩を始めたのだが、ビール腹は直りそうにない。

 コーヒーを取りに行こうと恋しい毛布を残してベッドから脱出すると、床がギシィと嫌な音を立てた。このトレーラーもだいぶ古くなってきている。壁は錆びてきているし、窓は一部、ヒビが入っている。そろそろ新しい住処を構えたいものだが、万年金欠の自分にはそんな余裕はないのである。

「やはりジュニアのコーヒーは美味しい」

「ソウですか」ジュニアは賞賛を受け流しながらトーストを焼いていた。毎夜コーヒー豆をコーヒーマシンに、そしてパンをトースターにセットして、朝にジュニアに焼いてもらうのが日課になっていた。

「ジュニア、何か仕事はきているか?」

「ちょっと確認させてください……着てませんね」

「ん?珍しいな」コーヒーで汚れた茶色の髭を拭きながら、ジュニアの意外な答えに目をパチクリさせていた。

「まぁ、たまにはソウいうこともあります。それにいいじゃないですか。ハッカーのジュヨウがないということはセカイはヘイワというわけです。」

「全然よくないわ、需要がなかったら俺が食いっぱぐれる」

 コーヒーを飲み干すと、チンッと心地よい音がなった。トーストができた。それにバターを塗りたくって口にするともう一つの、ジュニアの顔ではない方の、モニタを起動させた。画面には黒い背景に白い文字で書かれた、ターミナルと呼ばれるソフトウェアが立ち上がっていた。これはコンピュータに直接命令を書き込んだりする物で画面上にはジュニアに関する情報が流れている。

 「そういえばこの前渡したAIはどうだった?」

「あまりつかえそうな機能はありませんでしたネ。どこから拾ってきたんデス?」

「交通省の信号制御AIだ」

「どうりでヤクに立たないと思いましたよ……」ジュニアは実をいうと自分の完全なコピーというわけではない。ネット上で拾ってきたAIを組み込ませたり、融合させたりしている。もちろん判断はジュニアさせている。仮にも俺のコピーだから変なものを融合させたりはしないはずだ。

「まぁまた適当なAIをみつかたら渡すからいじるなりシステムに組み込むなり好きにしてくれ。」

「次はヤク立つものをオネガイします。それよりも日課の散歩の時間では?」

「ああ、そろそろ行くよ」しばらくジュニアの動作を確認した後日課の散歩に出かけることにした。

 トレーラーハウスの鍵がガチャりと、ジュニアによって開けられると、凍えるような寒さの風が頬を打ち付けた。街には雪が降っていて、空き地には膝ほどまで積もっていた。空は灰色に曇っており、上を向くと雪が目に当たりそうになる。「さっむ」この寒さは耐えれないほどではなかったが、散歩に行く気力を削ぐには十分だった。しばらく考えたのちに散歩に行くよりも近場の知り合いを訪ねようと思った。

 雪に埋まった足を引き抜いたり踏みしめたりして歩きながら空き地を出て右へ三ブロック歩くと角にシャッターの閉まっている店があった。シャッターにはでかでかと、「雪がやむまで休む、勝手に入ったら殺す」とペイントスプレーで描いてあった。

 そんなことは御構い無しにそのシャッターをおもむろに引き上げて店の中に入ると大きなイビキが聞こえて来る。店には大量のメモリやらハードディスクやらが積んであって、その部品の山の中央で大の字になって寝ているのがこの店の主人でありシャッターにペイントスプレーで警告した人物だ。

 実はこの店主こういう風に寝入っているとまったくというほど起きる気配がない。頬を叩かれても起きないし、耳元で叫んでもだめ。終いには腕を逆向きに折ってみたが、起きない。そして、自分はこのねぼすけ親父を起こす方法を知っている。おもむろに部品を触ろうとすると……。ヒュンッ、と鉈が振るわれる。知っていたのでそのまま横に避けて振り向くと、そこには真っ赤な目を見開いたジジイが鉈を持って叫んでいる。

 「貴ぃ様ぁぁぁぁ! よぉぉくもうちの商品ぬすもぉとしたなぁぁ!」

「俺だ、親父さん、ユーリーだ」この頭が尖ったような寝癖をしたしわくちゃのジジイがこの一年中開いてない店の店主である。自分はハード屋と呼んでいるこの店は、おもにコンピューターパーツを扱っていて、最新物からアンティーク品まである。二日前に組んだうちのコンピュータも部品はほとんどここで調達した。

「…………あぁ、なんだお前さんか」親父は目を細めてこちらを睨むとやっと気がついたようで鉈を腰にしまった。「しかし、少し前にきたばかりじゃろう。普段あまりこないのにどうしたんじゃ、いったい?」

「散歩するつもりで出てきたんだが、今日は寒くてな、新しいパーツでも入ってないかみに来たのさ」

「そうか、ならそこで待っているといい、お茶を入れてきてやろう」

「いや、もうコーヒーを家で飲んできた」

「いや、自分に淹れるついでだ。そっちのテーブルに新作はまとめてあるから眺めてるといい」そういうとジジイは端にあるテーブルを指差した後に、カウンターの裏の棚から紅茶を取り出して、淹れ始めた。

 自分は新作パーツ達のある場所に行くとそこに置いてある商品の値段をみて気持ちを落とした。こんな一週間好きに飲み食いできるような値段は、政府関係の大きな仕事でもこなさないととても買えないだろう。そのあらゆるパーツの中でも特にカメラが気に入った。ジュニアにはマイクとスピーカーは取り付けてあるから、コミュニケーションを取れるのだが、カメラは買ってやったことはない。向こうもねだったりはしてこなかったので気にしなかったが、そろそろ買ってやるべきだろうか。値段は財布がスッカラカンになるがギリギリ買えそうだ。どうしようか悩んでいるとジジイの口が開いた。

 「お前さんや、ちょっと頼みたいことがあるんだがいいかな?」ジジイがこんなことを言い出す時は大抵ネットワークかソフトウェア関係だ。いいハードを大量に揃える割にはネットワークや、ソフトウェアにはそこまで詳しくないのはどうしてなのだろうか。

「なんだ?エロサイトでウイルスにでも引っかかったか?」

「いや、それぐらいなら自分でどうにかできるわい。そんなんじゃなくてだな、うちのネットワーク上に知らない端末が接続されていてな、何度切断して、パスワードを変えても繋いでくるんじゃ、どうにかして二度と繋がらんようにしてくれんかの?」

「なんで俺が……」

「やってくれたらそのプロセッサ八割引じゃ」そう言って指差したのは先ほど見ていた一週間好きに飲み食いできる値段のついていたものだ。

「了解した」そして八割引ならちょうど今の手持ちで買える。ジュニアには悪いが、カメラは先送りになりそうだ。

「そうか、じゃあ今ノートを持ってくるから……」

「いや、必要ないよ」さて、仕事の時間だ。今回はネットワークに不正なルートで何度も接続している端末を追い出せとのことだ。つまりネットワークにその不正なルートでアクセスして端末を追い出して、セキュリティを強化すればいい。このぐらいならコンピュータを使わずともスマホで事足りる。

 爺さんは顔に苦笑い貼り付けていた。「いままで、お前さんみたいな職業の奴はたくさん見てきたが、携帯で仕事する奴はお前ぐらいのもんだ」

「そうか?慣れるとこっちも悪くないぞ?」実際の所コンピュータを使っていると不自然な場所だと、こっちを使うほかない。さて、このネットワークの脆弱性は大体分かった。だが、これは以前塞いでおいたはずだ。「親父、ルーター変えたか?」

「おう、よくわかったな」

「あのなぁ、変えたらちゃんと設定をいじれと何度もいってるだろう」

「お前さんがいるしな」

「まったく……」脆弱性とはユーザー認証時の暗号化にある。つまり暗号が弱すぎるのだ。設定されている方式は古すぎる。わかりやすく言えば家の鍵にかんぬきを採用しているようなものだ。スマホでも1分あれば解読できる。

 「とりあえず問題は分かったよ、すぐに直すさ、その前に聞きたいんだが、その不正アクセスしている端末に興味はあるか?」 

「いや、大体予想はついている。どうせ隣の本屋の息子だろう。一昨日、切断し続けていたら、昨日の朝恨めしそうにこちらを睨んできた」まぁ、ネットにツールも出回ってるしガキでもできるだろう。

「そっか、まぁ俺は興味があるからそいつのマシンの中身を覗かせてみよう」ネットワークにアクセスした俺はそいつの端末に向かって特定のパケットを送った。すると見事に遠隔操作用可能になった。この特殊なパケットは、いわば裏技みたいなもので政府関係のサーバーにあった文書に書いてあった。なんでも緊急用に、市販されているマシンは改造しない限りこのパケットに反応するようになっているらしい。

「イワンなんて名前に覚えは?」

「隣の本屋の息子の名前だな」

「そいつが犯人だよ」

「やっぱりか、あの悪ガキにはお灸を据えてやらねばならんな」

「いや、お仕置きは俺に任せろ」そういうとエロサイトにアクセスして請求系のウイルスを大量に仕入れる。途中エロサイト特有の嬌声が店に響いたが気にしない。

「……仕事中にポルノは関心せんぞ」

「ちがうっつの、ウイルスを集めてんだよ」ジジイの勘違いは置いておいて、集めたウイルスをクソガキのマシンに仕込んでそのまま全て起動した。

「……ァン」隣からそれなりの音量の嬌声が聞こえてきた。つまりはお仕置きは成功。あとはそいつを切断してネットワークの暗号方式を変更してパスワードを変えれば一丁あがりだ。ちなみに暗号方式はオリジナルで世界最高峰とはいかなくても世界で三番目ぐらいには強固だ。オリジナルだからツールがネットに出回ることもそうそうないだろう。

「これで大丈夫なハズだ、あの悪ガキはネット恐怖症になるだろうよ」

「ありがとよ、お前さん」

「いや、気にするな。報酬がもらえれば気にしないさ」

「仕事の出来るところとか、報酬を気にするところとか、相当お前の親父さんに似てきてるようだな」

「いや、俺なんかまだまださ、父さんは伝説級のハッカーだからな。そんな人の足元にも及ばないさ」自分の父、ドロノフ・ユーリーは自分にコンピュータでできる事全てを教えてくれた。今の凄腕ハッカーとしての自分がいるのも伝説級ハッカーの父が小さい頃から技術の全てを教え込んでくれたおかげだ。

「しかし、お前さんも気をつけるんだぞ……特に相棒と割りの良すぎる仕事にはな」

「俺が父さんの処刑を忘れてると思うのか?同じミスは犯さないさ」

「そうだな……お前さんの親父も常連だったんだ。誰も店に来ねえのは寂しいからよ、頼むから捕まるなよ」

「ああ、プロセッサの代金だ」そうとだけ言って自分はプロセッサを手に持ってシャッターを持ち上げた。外は相変わらず寒かったが空は晴れて日が差していた。日差しがやけに眩しくて暖かい父の笑顔を思い出した。元気にしているだろうか。

 とある高額のおかしなほど簡単な依頼を父は受けた。依頼の遂行中に仕事仲間から裏切られ、連邦に連れられ、処刑された……というのが世間一般に公開されたストーリー。自分は処刑の様子をカメラをハッキングして見ていたので、処刑はされなかったと知っている。本当の筋書きはこう、父が連行されるまでは正しいが、父は自分と同じように自分のコピーであるAIをネットに放っていた。AIは政府関連のサーバー全てを乗っ取り自己増殖していった。そして、処刑される寸前、AIが政府に取引を持ちかけた。父を殺し、サーバーに保存された機密をネットに公開するか、父を生かしAIである自分を停止させるコードを書かせるか。政府は取引を飲み、父にAIを完全停止させるワクチンを開発させた。各サーバーに送信されたワクチンは功を奏して、AIを一時停止させた。だが、父のすごいところはワクチンを完全な物にしなかった事だ。つまりは、ワクチンは定期的に更新しなければならず、怠ればAIは復活する。そうする事によって父は処刑を逃れた。そして父は姿をくらませた。予想では政府のために働いているのだろうが真相は謎に包まれたというわけだ。

 トレーラーハウスに着くとジュニアが洗濯機を回していた。自分に気がつくと顔を真顔から笑顔に変えて話しかけてきた。

「おかえりなさいませ」

「おう、毎回思うが器用なもんだな、その顔芸」

「表情がないのもブキミですからね、顔芸と言われるのはシンガイですが、覚えましたよ」

「表情を作らないほうが楽だろうに」

「いや、だいぶ前にもらったアンナイロボットのAIがヤクに立ちました。あのAIには ヒョウジョウセイギョ用のモジュールがありましたから」

「まぁそのほうがこちらもお前の感情がわかってやりやすいよ」実をいうとジュニアはいつも笑顔なのであまり表情は参考にならない。

「ありがとうございます。そういえば依頼が来てましたよ?ヨセフの福音から」

「お、久しぶりだなあいつらからの依頼なんて」ヨセフの福音は貧困区を牛耳るマフィア組織だ。だいぶ前に対抗組織のコンピュータからファイルを盗んで以来、音沙汰はなかった。

「イライナイヨウは、レンポウソウサキョクのサーバーにあるヨセフの福音に関するファイルの削除だそうです。ホウシュウは……? はて?」

「どうした?」

「マエキンで五万ドル、セイコウで十万ドルだそうです……」

「はぁ?」どう考えてもその値段は破格だ。確かに連邦捜査局に対するハッキングはそれ相応のリスクが伴うが、それでもそんな値段を付ける輩は少ない。

「ネダンがアヤシいですね。ジタイしましょう」だが、金欠の今、その値段はかなりありがたい。それだけあれば、新しいコンピュータをゼロから組めるし、ジュニアにもカメラを買ってやれる。

「受けようじゃないか」

「シカシですね……」

「大丈夫だって、まだ駆け出しの頃はこういう危なっかしい仕事ばかりを受けてきただろ?」

「ですが今アブナイハシを渡るヒツヨウはないでしょう」

「ここ最近割りのいい仕事が少なくて金欠気味なのは知っているだろう? それに、ユセフの福音には借

りがある。それを返していると思えばいい」実際のところヨセフの福音は以前世話になったこともあるし、向こうの尻拭いをしたこともある。そう簡単に裏切るとは思えなかったのだ。

「まぁ、タシカにそれもそうですね。では、ショウダクしたというレンラクをいれておきます」

「ああ、そうしてくれ」

 さて、水をジュニアからもらって考えた、サーバーのセキュリティはどのくらいかとか、どういうふうにサーバーに侵入するのかとか。多分、今日悪ガキに使ったような裏技は使えないだろう。特殊なパケットに反応するのは市販のコンピュータで、企業用のサーバーは大抵反応しない。もっと頭のいい攻撃を仕掛ける必要がある。

「画像爆弾で行くぞ」

「はいはい、どんなガゾウがいいですか?」

「ライフルの画像で頼む」

「はいはい……できました」自分はコンピュータを起動すると。以前ハックした海外のサーバーに接続する。そこからいくつかのサーバーを経由して自分の位置を限りなくわからなくする。数十ものサーバーを経由した後に、連邦捜査局のウェブサイトのお問い合わせ用のメールに対するメールを書いた。内容は「銃の修理について」

 さて、画像爆弾とは接続したいコンピュータの接続を一時的に得ることができる攻撃だ。一見するとわからないがジュニアの作成した画像は普通に開こうとするとシステムに干渉してこちらからの接続を受け付けるようになる。つまり、ライフルの画像を添付して、相手が開くのを待つ。メールの内容としてはいたって普通だし、画像も普通に見た分はライフルの画像なのでなんの変哲もない、相手は警戒する必要もない。それに最近はAIがメールをフィルタしているのですぐに引っかかってくれる。

「どうだ?反応はあるか?」

「ヒッカカリましたよ」

「そうか、それじゃあそのコンピュータから目的のサーバーに移動してファイルを削除しておいてくれ」ここまでくれば大体の仕事は成功だ。ハッキングで一番怖いのはハッキングの痕跡を残すことで、それを消せないというのは逮捕まっしぐらなわけだ。一度のっとれば、ログファイルをいくらでも改ざんできる以上捕まることはない。

「はい、あとはやっておきます……ゲェッ!」

「どうした?」

「……えっと、ムリヤリセツダンされました。」無理やり接続を切られる。つまり、なんらかの要因で向こうのコンピュータの電源が切れたということ。そして、痕跡が丸々残っているということ。

「…………経由したサーバーのログを改ざんするぞ」連邦捜査局のサーバーに痕跡が残っていたとしても、経路のサーバーのログをどうにかすればこちらを逆探知はできない。

「……どれもツナガリません」

「ッッ!」つまり、それはアクシデントでもなんでもない、恣意的な物ということ。自分がハッキングを仕掛けることをわかっていて、それでいて画像を開いた。そして、痕跡を残させ、それを元に自分を逆探知する。完全に向こうの手のひらで踊らされていた。

「三ジカンゴのフライトを予約しました。トウボウのジュンビを」

「すまないな、何から何まで。お前は退避用のサーバーに行け。ネットも繋がってるし、マシンもそれなりのスペックだ」

「カンシャします」

「それと……もし父さんのように俺が帰ってこなくても何もするな」

「しかし……」

「俺はお前を停止するワクチンなんぞ作りたくない、わかったら行け」

「……またアイましょう」

「ああ」

「ヤクソクですよ?」

「ヤクソクするとも」

「では、私はイドウします」そう言い残すとコンピュータから一つのターミナルウィンドウが消えた。それはジュニアの情報が書かれていた物で、消えたということは移動したということ。ジュニアはしばらく安全だろう。

「さて、俺は荷物をまとめるか」パスポートはどこにやったか……。たしか逃走用にどこかにまとめてあったはずだが。

 このとき自分はまだ焦っていなかった。あの量のサーバーを経由したなら、逆探知には相当の時間がかかるはずだからだ。だから、この時の「コンコン」というドアのノック音を警戒もせずに開けたのは、慢心と油断と楽観によるものだった。

「連邦捜査局だ、ドロノフ・ユーリー。お前を電子計算機損壊等業務妨害罪で拘束する」

 その日自分は初めて、捕まった。

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