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portrait children   作者: 佐伯寿和
子どもたちの章
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モンスターチャイルド

中学に進学する頃、私はちょっとした有名人になっていた。地元を紹介する番組や、芸術番組、バラエティ等々に出演してしまった私は『神童』のレッテルを貼られた。

町を歩けば私を取り上げた雑誌の拡大コピーが貼られてあったり、商店街ではやたら無料タダで物をくれたり。

「お早う絢ちゃん。」

「お、絢子ちゃん、元気かい。」

「小川さん、お早うございます。」

私は知らないのに、向こうが知っているというだけの一方的な挨拶も気持ち悪かった。


プライベートのほとんどを自室で過ごしている私は、友だちが少ない。仲が良いと限定するなら二人しかいない。

その内の戸田美紀という女の子は、私好みの距離感で接してくれるので、悩み事があれば帰り道に話し相手になってもらう。

「変装しちゃう?サングラスにマスク着けて。」

「それ、わざと言ってる?」

冗談はあまり言わない子だけど、話しやすいように場をなごませてくれる。

「そうなったら、徹底的に外に出なきゃいいんじゃない?芸能人だって、テレビで見なくなったら名前忘れるでしょ?そんな感じ。」

「取材は?」

「全部断らなきゃ。」

ハッキリとものを言う子は嫌いじゃない。

「小川さんも言いたいことは言わないと、将来ダメ男に捕まって苦労するよ。」

それに妙に年上、というより苦労人の空気を漂わせるところも悪くない。

そして、彼女の助言はなるべく受け入れることにしていた。

そして早速実行してみる。


初めはしつこかった。断ればそれは引き下がるけれど、「あれがダメならこれはどう?」といった感じで次から次へと私を表に引きずり出す何かを持ってくる。

それでもすぐに成果は現れた。

どうやら、母や私のことで相談していた友だちに忠告されたらしかった。

「絵の対象が父親から離れるまではしばらく様子を見た方がいいんじゃないか?」と。それは世間で私が『ファザコン』と揶揄やゆされているというのと、モチーフが中年の男一本というのは世間受けしないという理由があってのことだと思う。


別に『ファザコン』と言われて他人の目を気にするような性分ではなかったし、それでいじめられることにもすぐ慣れた。父親以外の絵を描くのに抵抗があった訳でもない。

ただ――私にも、もう何故だかは分からないけれど――、父の絵を描いている時だけが特別幸せな気分になれるから描いているだけなのだ。

「それは私が答えちゃいけないことだと思うよ。」

それは私の人生を左右する大きな壁の一つだと言う。

「多分だけれどね。」

戸田美紀は本当に同い年の子なのだろうかとたまに可笑しくなる。


戸田美紀の言いつけを守ってしばらく、私は取り戻した穏やかな日常に浸っていた。けれども、次の試練はそう間を置かずにやって来た。


初めに気になったのは臭いだった。誰かお客さんが来ているのだとばかり思っていた。脂臭くて、鼻に残る嫌な臭い。けれど違った。あの時のショックはいつまで経っても忘れられない。

だんだん、その人の何もかもが嫌いになっていった。歩き方も、喋り方も、日曜日の過ごし方も――――、何もかもが受け入れられなくなっていった。

その人の前では悪態ばかりが口を突く。実際、ハゲでも変態でもないのだけれど、私にはそれだけ気持ちの悪い男に見えて仕方がなかった。


勉強したから知っている。これは思春期なのだ。知ってはいるけれど、頭の中で整理のつかないものが化け物のように膨れ上がり、理性を食い破っていくのだ。

いいや。もしかしたら、私の知らない人間に変身していく彼こそが化け物なのかもしれない。そう思えばこそ、自分の正当性(理性)を保っていられた。

だからと言って、別の誰かではあの至福の時間は得られなかった。描かない日が続けば、セックスレスの夫婦のように、物足りなさが日々(つの)るばかり。


いつしか、好きと嫌いの感情の境が分からなくなってしまった。

母親は好きだし、戸田美紀も好きだ。でも、それ以外の人間が私にとって好きか嫌いか。必要か不必要かが分からない。恋心だって全く分からない。

少女マンガを見ても、ドラマを見ても少しも心揺れない自分を「普通だ」と意地を張ってはみるが、そうした自分が鏡に映った時、酷く「虚しい」人間に思えてしまう。

「だったらもう一度描いてみたら? やれることはやっておいた方が良いよ。私たちだってすぐに大人になっちゃうんだから。」

そう言ってもらった時、私の中で息を荒くしている化け物がいることに気づいた。

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