肖像画の額縁
そう永くはない。そういう実感というか、直感のようなものがあった。たぶん脳だろう。それにも確かな証拠があってのことじゃない。やはり、直感だ。
不摂生はしていないつもりだが、時おり襲ってくる不安と不快感が俺に逃れようのない死期を告げている。
「そんなこと、期待してないから。」
いつだったか、彼女ににべもなくあしらわれたことがあった。花嫁姿くらいは見るつもりでいた。まさかこんなに早くその時がやって来るとは思わなかった。
「最近、体調悪かったりしない?」
「そうか?自分では何ともないんどけどな。」
「たまに足が絡まってるようだし、よく眠るから。」
平子と結婚して正解だった。たくさん迷惑も掛けられたが、俺も同じくらい迷惑を掛けた。それでも俺の細かい変化に注意を払ってくれる平子だからこそ、彼女を任せられる。安心して。
「そうか、帰りに病院にでも行ってみるかな。」
そう言うと平子は「私の勘違いだろうけどね。」と言いながら笑った。俺は「そうだな。」そう言った後、「ありがとう。」と言っておくべきだったかと、家を出てから気づいた。
別に隠そうとか、維持を張っているつもりはなかった。どうしたって迷惑は掛かるのだ。治らないのだから。これも直感だが。
「ありがとうな。」
帰っていの一番に平子にそう言った。何のことかと気味悪がったが、その先は聞いてこなかった。俺も敢えてこの時は何も言わなかった。曖昧に微笑んで、夫婦であることを噛み締め合った。
「変なの。」そう言って笑った平子の顔は40を過ぎていたが、20の頃よりも断然可愛いく感じられた。
自分が死ぬと決まった時になって俺は初めて、自分が大人になれた気がして嬉しくなった。
「病院、どうだったの?」
「面倒だから後で言うよ。」
平子は素っ気なく「そう。」としか返さなかった。けれども、もしかしたらこの時すでに、平子は何となく勘づいていたのかもしれない。
「うそ。」
食事が終わって、家族全員が揃ったところで俺は打ち明けた。悪性の腫瘍で、完全回復は難しく、場合によっては突然死に至るかもしれない。そうでなくても半年ともたない。そういうことを言った。
「どうしてだろうな。贅沢な暮らしをしてたはずなのにな。」
平子は顔を覆って震えていた。絢子はポカンと俺の顔を見つめていた。花子の時のような顔でなくて俺はホッとした。
「平子、いつくるか分からないんだ。だからできるだけお前の笑った顔を見ておきたいと思ってる。」
頭を撫でる。小さかった頃、絢子にそうしたように大事に、大事に撫でた。
「だから、もう少しだけ我慢して欲しいな。無理矢理でもいいから、笑っててくれよ。」
俺の妻は最後まで優しい奴だった。おっとりとして、たまに苛々させられる奴だったが、それでも優しい、イイ妻だった。