表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
portrait children   作者: 佐伯寿和
遺影の章
4/70

肖像画の唇

「お帰り。」

会社から帰った俺を出迎えてくれるのは妻だけになってしまった。広くはないが、妻と、もう一人誰かがいて丁度良い玄関だと思った。

別に寂しくはない。だが、物悲しくはある。

「なあ、犬、でも飼おうか。」

シャワーでスッキリさせた頭でもう一度考え直して選んだ言葉だった。

平子、妻は動物好きで、絢子が小学生の頃から何か飼おうとせがんできた。だからこれもまた相談というつもりで言った言葉でもなかった。

「どうしたの、いきなり。…そりゃあ、私だって嬉しいけど。」

平子は彼女を見ると、「別に、いいんじゃない?」とどっち付かずの答えが返ってきた。まあ、予想した通りで腹立たしいと思うこともなかった。

それにいざ飼ったところで、最終的には俺よりも二人に懐いてしまうことも分かっていた。それでもこれは、俺なりのちょっとした意趣いしゅがえしのつもりだった。

とりあえずは、それで納得させることにしたのだ。そうして週末に新しい『家族』が増えることになった。


この件で一番喜んだのはやはり妻だった。パソコンで大きいペットショップを探しながら嬉々とする姿は、オモチャを買ってもらえる子どものようだ。

結婚する前は決まって動物園にデートに行っていたし、今も時々、出張の多い友人のペットを進んで預かろうとするくらいだ。

「大地さん、ありがとう!」

別の意図いとがあったにせよ、ここまで喜ぶ妻の顔を見るのは気分が良かった。

「そのうち、デートにでもいこうか?」

妻は固まり、俺の顔を覗き込んだ。

「…浮気、じゃないよね?」

思わず口走ってしまったとはいえ、想像だにしていなかった答えが返ってきて笑ってしまった。

「違うよ。散歩がてらどこかに遠出してもいいんじゃないかと思っただけだ。」

妻は思ったことをすぐ顔に出すタイプで、俺の言葉に心底ホッとしたと同時に頬を赤く染め、今さら気恥ずかしいという顔をつくった。それが改めて可愛いと思えた。


下調べのない覚悟はないに等しいと痛感した。10万以上の値札を見た時は思わず「やっぱり止めよう。」と溢してしまいそうになったが、それで家計がどうこうなるような環境でもないと、なんとか思い止まった。

自分から提案したことであり、何よりそれで傷つくのは妻なのだから。

だが、謙虚けんきょな妻は上目遣うわめづかいになり、「今さらだけど、本当にいいの?」と許可を求めてくる。

「その仕草は反則だろう。」俺はいつか使うであろう皮肉の一つとしてこの言葉を大事にしまっておくことにした。


最終的に、首輪やら餌やらで25万が飛んでいった。もし病気になってしまったら、数十万かかるかもしれないことも覚悟するように警告された。

これを手痛い出費と捉えるかどうかは、今後の俺にかかっている。俺は改めて『家族』を増やす決意を固めた。


「か、カワイイじゃん。」

リビングの中央に置いたキャリーから、おずおずと出てきた小さな『家族』の顔を見て彼女は思わず漏らした。その顔は久しく見ていなかった『娘』の顔をしていた。

湧き上がる感情を噛み殺し、『家族』と彼女のファーストコンタクトは妻にたくすことにした。

「でも、どうしてハスキーなの?大型だし、大変なんじゃない?」

まだ手の平にも乗ってしまいそうな仔犬に、シベリアンハスキーという犬種の威厳は見当たらない。あどけなく、産まれたばかりの娘を見ているような感覚になった。

「天使みたいだな。」と求められて返した感想は妻を失笑させ、恥ずかしい思いをした。だが、口から出任せでもなかった。ケージの中のつぶらなあおい瞳を見た時、うちに迎え入れるなら「この子がいい。」と思ったのだ。

だが一応、大型犬というハンデを加味できるよう、衝動的な妻にブレーキをかけるよう仕向けた。結果は変わらなかったわけだが。


「私が無理を言って頼んだの。昔から好きだったから。」

「へえ、知らなかった。で、どの辺が?」

「もともと狼が好きだったの。普段は表に出さない危なっかしさを持っていそうなところが。」

「あ、でもそれは私も分かるかも。刃物を無駄にチラつかせないヤクザみたいな。乱暴なところを隠してるのが逆に凛々しく見えるっていうか、なんていうか。」

おいおい、なんて危ない願望なんだ。

二人はおおいに盛り上がり、新しい『家族』は誰からの反対を受けることもなく迎え入れられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ