三蔵法師?いいえ、別の何かです。
思い付き自体はあったものの、長編に出来なかったネタ。
こんな三蔵法師が居たっていいじゃない。人間だもの。
三蔵法師。
天竺目指して旅を続けた僧侶で、彼の道中には数多の困難が立ち塞がっていました。
困難の中身は様々で、人助けから三蔵自身の危機まで、ありとあらゆる困難が彼を襲いました。
そして、このお話の三蔵法師も、もちろん天竺を目指す過程で様々な困難に直面、試練を受けることになるのですが……。
「へっへっへっ。そこの兄さん、命が惜しかったら有り金置いていきなぁ?」
暴漢に襲われた三蔵法師。
暴漢は半月刀を装備した山賊数名です。
本来であればこういう時、三蔵の身を守るためにお供同然の旅仲間として沙悟浄や猪八戒、孫悟空が居るはずなのですが、彼は一人でした。
「……」
「おう、兄さん! 聞こえてないのか!? 金出せや!」
修行僧の衣装に身を包み、常に祈りを捧げながら歩き続ける三蔵法師。
そんな彼を囲み、金銭を要求する山賊数名。
普通であれば、三蔵を助けに仲間がやってくる場面です。
しかし、彼は違いました。
「我が覇道阻む者あらば……」
「あ? 何だって!?」
「何言ってんだよ坊さん! 金だよ金!」
その口から出てきたのは、何やら物騒な言葉。
そして、山賊の言葉を無視して三蔵が続けます。
「我が覇道阻む者あらば、全て我が手で排除し、冥府の神々の元へと誘おうではないか……」
おおよそ三蔵の言葉とは思えぬ物騒な言葉を。
そして、言い終えると同時に、彼の足元に魔法陣が出現し、そこから巨大な斧が現れます。
「……ぇ?」
「悪人抹殺、地獄行脚、罪人処刑、火炎地獄、霊魂滅殺、肉体粉砕、親族抹消、自業自得、断罪正義、命消絶対、妖怪殺戮、殺戮覇道、神殺私王、我新生神、暴虐推奨、殺戮奨励、惨殺歓迎、血潮乾杯、武器吸血、我欲貴血、汝魂我食、君生権奪、我君処刑、汝命今消」
呆気にとられた山賊を尻目に、お経を読み上げる三蔵法師。
その左手には先ほど取り出した、無数の返り血がこびりついた巨大な斧が握られており、三蔵のお経に合わせるように不気味に黒く輝きます。
今までどれだけの相手を葬り去ってきたのでしょうか。
「――――我が道を阻む者に、未来など与えぬ。さあ、死ぬがよい……」
「ひえええええええええ!? ば、化け物おおおおおおぉぉぉ!?」
斧を構え、山賊に襲いかかっていった三蔵法師。
その身体からは黒いオーラが立ち上り、周囲の木々が枯れていき、地面が腐っていきます。
山賊もこれにはたまらず逃げ出しました。
相手がただの坊さんならともかく、このような三蔵法師が相手では分が悪すぎたのです。
しかし――――
「知らぬのか? 三蔵法師の与える天罰は、貴様らを必ず地獄の神々の元へと送り届け、汝の魂を地獄の炎で浄化するのだ……」
三蔵法師に回り込まれてしまい、そのまま首を刎ねられてしまいます。
何が起こったのか分からない、と言った表情のまま転がる山賊の首数個。
無情にも、山賊達の魂は地獄へと送り込まれてしまいました。
「お、お師匠さ~……ん。置いて、行かないで、くださいよぉ……」
三蔵が転がっている山賊達の首を釈迦の元へと蹴り飛ばして送り付けた時、彼のはるか後方から息も絶え絶えな誰かがやってきました。
猿の妖怪こと、孫悟空です。何故かへし折られた如意棒を杖代わりにしています。
「む? ……悟空か。貴様、まだ我の後に続くというのか? 金輪ならへし折ってやっただろう? 貴様はもう自由の身だ。どこへなりと行くがよい」
「金輪と一緒に如意棒も雲も潰しましたよねえ!? こんな状態でどこに行けって言うんですか!?」
三蔵法師の言葉に即座に反論する悟空がへし折られた如意棒を見せ、抗議します。
如意棒は文字通り真っ二つになっており、伸ばそうと思っても伸ばすことが出来なくなっています。
そして、元々の長さの半分しかないため、武器として使う事は出来ません。
金輪を破壊してやる際、三蔵法師の手が滑ってうっかりそばにあった如意棒を握りしめてしまったのですが、その瞬間に破壊してしまったのです。
そしてそれ以降、悟空の武器は無くなってしまいました。
仕方ないので三蔵法師についていき、守ってもらっているという状態です。
「全く、不甲斐ない奴が……。我のように、素手で魑魅魍魎を打倒できるくらいの力を身に着けるがよい」
「それ生物止めろって遠まわしに言ってません!? 素手で亡霊殴り殺すとか妖怪でも出来ませんって!」
「修練あるのみだ……貴様には修練が足りん。いや、貴様だけでは無いな……」
三蔵が呆れたような口調で後方を振り返ると、必死で三蔵を追いかける二つの影が。
片方は河童のような、もう片方は豚のような姿をしています。
「……ゼエ、ゼエ……」
「お、お師匠様……。少し、少しでも、きゅ、休息……休息を……っ」
顔部分がやつれ、骨と皮だけになった猪八戒が休息を求めた直後、その場に崩れ落ちます。
三蔵の修練の旅に付いていけなかったようです。
背中に自分の背丈と同じくらいの大きさの鉄の塊を背負っていては当然かもしれませんが。
「……情けない。我が子供の頃など、八戒の背中に乗せた鉄の塊の三倍は指一本で持っておったわ」
「それ、お師匠様が、人げ、人間じゃない、って、だけ、……で、です……」
「馬鹿馬鹿しい。我の周囲には、小指で大岩を持ち上げる赤子や、鋼鉄の塊を使った蹴鞠を行う子供らが掃いて捨てるほどおったわ」
「「「それ人間じゃねえです! ただの怪物です!」」」
三蔵法師の言葉に一斉に突っ込むお供らしき三人組。
人外生物のような三蔵法師と彼らの旅路は、天竺まで続くのです。
彼らのお供としての存在価値をどこかに置き去りにしながら。