最終話 宛名の解き方
《登場人物》
アラン・ダイイング 探偵
マリア・シェリー 探偵助手
モーリス・レノール シュゼット警察刑事部捜査1課警部
ウィル・サンセット・サマーズ 囚人 通称:W
―2日後 シュゼット警察署 面会室 ―
アランとマリアは、面会室に来ていた。対面には、依頼主のウィルが座っている。
白い囚人服を着たウィルがガラス越しにいる探偵達に問う。
「さて、答えを聞こうか? 探偵さんよ」
ウィルの態度は大きい。それにどこか機嫌の良さが伺えた。なんせ今日こそ、手紙の答えが聞けるのだから。
アランはまず、マリアから手渡された1枚の手紙を、椅子に座って顎をさすっている彼に見せた。
「これが分かるか?」
《moon (― 0n)+2n》
「送り主の名のコピーだろ? それが?」
対面側に座る囚人の言葉を受けて、アランはポケットのペンを取り出して、暗号の解き方を書き記していく。
「最初、こういう暗号は、何かの化学式や数式の様な扱いで付け足したり減らしたりするもんだ。しかし、意外とこの問題は一般人には難しい物だったりする」
ウィルは、黙ったままニコニコと笑みを浮かべながら、アランの言葉を聞いている。
「それで、どうなるんだ?」
「焦るな。そこらへんの犬だって飯を貰う時は、1分は待つ。これを見ろ」
アランは、そう言いながら、解き方を教える。
紙には、送り主のワードの隣にあの化学式のような物が記されている。
「月《moon》はフェイク。実はこの文字を変えないと送り主の名前は出てこない。そこで下の式を使うわけだ」
《 (― On)+2n》
探偵による暗号解説は続いていく。
「この《moon》の下に《(―On)》があるだろう? (―)はマイナスの意。つまり《moon》から《on》を減らせばいい。そうするとどうなる?」
ゆっくりとしたアランによる焦らしに、少々、楽しみながら、ウィルは答えた。
「《mo》になるな。それで? 早く聞かせてくれよ。誰なんだ? 送り主の名は?」
ウィルの期待は、そのまま高鳴っている。誰がこの連続殺人鬼に手紙を送ってきたのか? 何の為に送ってきたのか?
知る事ができる瞬間が、もうすぐ来る!
探偵は対面側に座る囚人に紙に書かれる暗号の質問をする。
「その《mo》に《+2n》を足すとどうなる?」
ウィルは、答えた。
「《mo2n》になるな。mo2n? 誰だ!? そりゃ!?」
囚人の答えに対して、やれやれと呆れを呈し、ため息を探偵はつく。その隣でマリアは、なんとも言えない表情で2人の空気を読み取ろうと沈黙を守っている。
アランは苦言をウィルに吐きながら、暗号の解読を展開した。
「やれやれ。もっと頭を使え。せっかく付いた脳を使わないとお前の人生はもっと損をして、消えてなくなるだけだ。続けよう。さっき言っていた《mo2n》この2nは2つ混ぜる事だ」
「混ぜる? 何を言っている?」
もはや、ウィルのキャパシティは限界だったようだ。言葉で伝える事に、難しく感じたアランは、文面で書きながら説明した。
「要は単純に式の通りに、やるのではなく、少しひねればいいんだ。この《2n》は《n》を2回混ぜることってわけだ。つまり……」
アランは書き記していき、ウィルに見せる。
ウィルはガラス越しから探偵が見せてくる紙の文字に注目し、よく見てみた。
《nn》→《nn》→《m》→《m》
「《n》を2つ掛け合わせると、《m》になる。あとは《m》を最初言った《mo》にくっつける。そうすれば答えは……」
《mom (お母さん)》
「……お母さん……」
予想をはるかに反していた答えに、ウィル自身の心が追いついていない事を感じた。
アランは、囚人に告げた。
「調べたよ。お前の記録も全て。そして探し当てた先にお前の母親が一度、僕の事務所でお前を探す依頼をしていた。そこから君の母親を孤児院のリストやいろんな情報を探してこの手紙の送り主を見つけた」
「母親の名前はなんて言うんだ?」
ウィルの問いかけに対して、探偵は平然とした態度で答える。
「モリー・アールヘイター」
答えを耳にしたウィルは、顔を下に向けて震えた。対面越しに座る助手は相手の姿を見て、疑念を感じている。しかし隣の探偵はなんとも思っていなかった。
「そう。奴を殺そうと思っていたのに……」
マリアは思わぬ反応をしたウィルに、驚く。
「えっ?」
アランはある程度彼の反応について予想は出来ていた為、驚きはない。
突然、ウィルは面会室内を自分の声で包む様に大きく笑った。途中で喉に液体が入ったのかつまりだして、咳払いをしながら笑っている。
「静かにしろ!」
後ろに立つ刑務官は、囚人の態度に気味が悪く、言葉と口調を厳し目にして笑う囚人を注意した。息を整えたウィルは、アランに訊く。
「俺が外の世界で5人殺めた理由がわかるか?」
連続殺人鬼の質問の答えに浮かぶものは1つだけあり、アランはその答えをぶつけてみた。
「ああ、お前、母親を見つけ出して殺すつもりだったんだろう? だから年齢層の高さで考えれば察しがつく」
ウィルは、薄気味悪い顔でアランやマリアに向けて告げる。
「あの女、俺を生んどいてこんな目に合わせてくれてね。これは『少しでも楽にしなくてはな』って思って血まみれにしてあげようと頑張ったんだ。でも、誰が母親なのか分からなかったんだ……いや、覚えていなかったっていうのが正しいのかな?」
見事正解。
気味の悪い質問ではあったが、殺した意図について証言が取れ、レノールもホクホク顔になれる事が望めそうだった。
「そりゃ、お気の毒だったな。殺せなくて……」
アランが言った言葉に対して、ウィルは小さく頷き、暗号が記された紙を見てながら、言う。
「レノールだっけ? 俺の事件の捜査指揮に当たっていたの?」
「ああ」
囚人は、心がすっきりしたのか決心をして面会室にいる人間全てに告げた。
「全てを話す。事件の全貌も。彼を、レノール警部を呼んでくれ」
刑務官は、トランシーバーで警部に連絡する。
ウィルは依頼を完了した探偵に礼を言う。
「あんたに依頼金を払えるかどうか分からんが、礼を言うよ。どうも」
殺人鬼が言うお礼はどこか不気味で恐怖の空気がある。しかし、今回の言葉はどこか心がこもっていたのではないかと薄らだが、アランは感じていた。
「いや、これが仕事だからね。依頼金の代わりは、警察にでも払ってもらうさ」
囚人の彼との時間もこれまで。面会終了の時間を刑務官が告げる。
「時間だ」
ウィルは、刑務官に言った後で、アランに別れを言う。
「わかった。では、探偵さん。また会おう。次に会う時は、私のショーかな。電気椅子の……」
「いいや。もう君にも会う事はないだろう。最後の時間になる。ショーの内容はカプセルかもしれんぞ」
彼は探偵の返しに対してとっさに訊いた。
「ほう、そりゃまたなんで?」
皮肉混じりのジョークを彼に向けてアランは答える。
「シュゼット警察は、電気代の支払いを渋ってるからな。もしかしたらお手頃なカプセルだろうよ」
「なるほど」
薄ら笑みを浮かべ、ウィルは刑務官連行の元、面会室を出て行った。ウィルの姿を見るのはこれで最後になる。一生会う事もないだろう。
探偵と助手2人が、面会室に残り、一気に出た疲労感に悩んでいた。
「お疲れ様でした」
アランは席を立ち、深い深呼吸をしながら、背伸びをする。
「事務所に戻ってティータイムにしよう。疲れた」
マリアは、立って背伸びをしているアランを上目で見つめながら笑みを浮かべた。
「そうですね。先生」
2人の依頼達成の疲労感と安堵感の板挟みにより空気は明るい。
その空気の中、アランは今回の事件を振り返って、亡くなった母親との思い出を思い浮かべ、懐かしんでいた。
END
最終話です。 今回は短めでしたがいかがでしたか?
下手くそでしたが、読んで頂きありがとうございました。
最後までお付き合いありがとうございました。
※この話はフィクションです。