第1話 殺人鬼とのご対面
《登場人物》
アラン・ダイイング 探偵
マリア・シェリー 探偵助手
モーリス・レノール シュゼット警察刑事部捜査1課警部
6ヶ月前
この日はとても寒く、雪というよりは、水が混じったみぞれが降っている夜。路面は、とても滑りやすい。
こんな寒い夜は誰だって嫌だが、仕事の為なら外に出るしかない。
その仕事は、警察と共同で追っていた殺人鬼に対する追い詰め。その殺人鬼はシュゼットの国内で、40~50代の女性を狙い、次々と殺害している者で、既に5人も殺めた連続殺人鬼である。
シュゼット警察一の鬼警部が悩んでいるぐらいだったが、探偵アラン・ダイイングとその助手マリア・シェリーは、独自の捜査で犯人が残した暗号を解読し、6人目を殺める現場となる場所を特定し、急いでその場所へと向かった。
現場となるであろうと予測される場所。そこは、ライトのついていない、古ぼけて廃れた教会。探偵にとって人があまり来ないところを見つけるとついつい入ってしまうのが癖。
どうやら正解らしい。
教会では、男が40代女性の体に馬乗りになってナイフを突き刺そうと振り上げた瞬間だった。
「動くなっ!」
アランは持っていた拳銃を男に構えた。
男はナイフを振り上げたまま、後ろにいるアランに告げる。
「遅かったね。探偵さん」
落ち着いて口調で相手はそう告げる。それを言われたアランは、走った分、消費した息を整えながら皮肉混じりで返した。
「道が混んでた。君の犯行を止める為に近道を使ってここに来たんだけど、最近、運動してなかったからね……」
「ほぅ。そりゃ間に合ってよかった。今からこのか弱きレディを綺麗に引き裂くんだ。見物していくかい?」
女性は気を失っている為、自分の状況を理解することができそうにない。
「悪いが、この綺麗な女性を食べ物にされては困るからね。ナイフを捨ててくれないか?」
「ああ、分かったよ」
探偵の頼みに対して、男は受け入れ、ゆっくりと振り上げた状態の腕を元に戻した。
アランは拳銃を構えながら、ゆっくりと近づくが、男は上半身を90度、横にひねらせて、近づく探偵に向けて、持っていたナイフをダーツの様に素早く投げる。
状況を事前に察したアランは、身を刃からかわす様に体をそらすが、鋭い銀の刃が探偵の右頬をかすめた。
男はナイフをかわされたのを確認し、再び、ポケットに隠し持っていたナイフを取り出して、アランの心臓めがけて突き刺しに走り向かう。
男が刺す刃から自分の身を守る為に、拳銃でなんとか守るが、拳銃が宙に飛び、そのまま後ろへと飛ぶ。素手とナイフの戦いとなった2人。先手はナイフを持つ殺人鬼。
男は、無防備状態のアランの心臓めがけて銀色の刃を突き刺そうとするが、探偵は、ナイフを持つ殺人鬼の腕を掴み、教会の木製椅子にめがけて何回も叩きつけ、男が刃を拾う事が出来ない様に遠くへ投げ飛ばす。
男は自分の腕を掴んでいる探偵の手を力づくで払い、すかさずアランの左脇腹にボディブロー1発。カルシウムの塊である人間の拳が発生する衝撃がアランを襲う。男は、そのまま左拳でアラン右脇腹に1発。
「おうっ……」
重たい1発の衝撃は、30代男性の体には激痛である。
アランは殴られたと同時に後ろへと後ずさりし、痛みをなるだけ和らげようとさすった。
「……やってくれるね」
「残念だよ。張り合えると思っていたのに……」
男は、もう一度、探偵に近づいて、拳を向ける。今度は、顔面に向けて左ストレートするが、アランはそのタイミングを狙っていた。
左ストレートを右手で払い、アランはすかさず左手で男の腹部に掌底して、男の腹に重たい衝撃を放つ。
続けて、アランは相手の顔に向けて、そのまま左腕の関節を男の頬にぶつける。探偵による反撃は、殺人鬼の男の頬と腹に悲鳴を発生させた。
衝撃によってひるんだ目前の殺人鬼に対して、止めの蹴り。右足膝蹴り、そしてそこからの右足から繰り出された回し蹴りで、男は声を出す事なく、お尻から仰向けへと体勢が崩れた。
「やれやれ」
アランは奥で寝ている女性を抱えて、教会の外へと出ようとする。重厚な漆塗りの扉を開くと、そこには、普段見られない光景となっていた。
警察のお出まし。外では数台のパトカーと十数人の警官達が待機していた。
「ダイイング!」
聞き覚えのある声を耳にし、その先に視線を向けると、そこにシュゼット警察捜査一課モーリス・レノール警部と共に捜索隊が教会の目の前で立って待っていた。
アランは抱えている女性を捜査員達に見える様に、示す。
「手柄はもらったよ。急いでこの女性を病院へ! 危険な状態だ。急げ!」
捜査員達は、アランが抱えている女性を引き渡され、急いでパトカーと止めている救急隊のもとへと運んでいった。
事件解決。
アランは内心そう感じていたが、背後から何か気配を感じ振り向くと、回し蹴りを直撃して仰向けに倒れていた殺人鬼が、飛ばされていたナイフを取り戻して、アランの心臓に刺そうと近づこうと構えていた。
「よくも邪魔したな! 死ねぇ!!」
だが、殺人鬼の考えと行動はもろくも崩れる。一瞬の事だった。それも数秒。
アランの目には、殺人鬼が大きく体を崩しながら、後ろに吹き飛んだのが見える。
それと同時に、自分の耳に、遠くから聞こえる独特な炸裂音が響き渡った。
その炸裂音のカテゴリーは拳銃。特に、長距離もお手の物であるスナイパーライフルだと推定できた。
『Target Down (ターゲットダウン)』
アランが殺人鬼を見た時には、2mぐらい体が飛び、教会の床に仰向けで叩き付けられ、腕を押さえてもがき苦しんでいる光景。
うっすらだが、押さえている腕が紫に変色し、弾丸特有の焦げ臭い匂いをあまり漂わせてない事から、探偵は弾丸がゴム弾だと推理した。
殺人鬼が持っていたナイフが吹き飛び、古ぼけた木の壁に刺さっている。
激痛を抑えようともがいている時の男の腕と壁に刺さってあるナイフの角度、色々な支点から計算して、炸裂音を発生させた場所を探偵は特定。
特定した場所。
そこは、1台のパトカーのボンネットの上だった。
ボンネットの上には、見覚えのあるカスタムモデルのスナイパーライフル一丁が専用の三脚と共に置かれ、そこには狙撃手が立って、こっちを見つめている。
そう。元軍狙撃部隊出身であり、探偵助手であるマリアの射撃。それが火を噴いたのだ。
「Well Done! (お見事!)」
アランは、マリアのスナイピングに賞賛を心で感じ、マリアに向けてサムズアップで返した。
スナイパーライフルのスコープでアランの生存を確認し、穏やかな笑みをマリアは返し、サムズアップ。
その後でゆっくりと特殊なアタッシェケースに使ったライフルを片付ける為に、ライフルを解体し始める。
その間に数名の警察官がモーリスと共に中へと入り込み、殺人鬼を囲んだ。
1人の警官が、殺人鬼に向けてお決まりの言葉を放つ。
「お前には黙秘権がある。だが、状況によっては自身の不利になる可能性があるから気をつける事だな」
激痛に苦しむ殺人鬼を警官達が立たせて連行する。アランは、連行しようとしているレノールに話しかけた。
「奴もこれで電気椅子か? カプセルか? ライフルか? 自由に選択させれるな」
「ああ、まだ取り調べが残っているがな。まぁ、お前のおかげでなんとか奴を捕まえることができたよ。どうも」
「礼なら僕の口座に。今回は前より、高く付いたからね」
「分かった。また連絡する。行くぞ」
レノールは、部下を連れて殺人鬼を警察署へ向けて、連行していく。殺人鬼の男は、教会を出て行く時に、アランに顔を向けた。
「また会おう! 探偵さん。ははは。ははは……」
殺人鬼は笑いながら連行され、護送車へと運ばれていく。その間も男はずっと大きな声で面白おかしく笑っていた。
アランは男に向けてため息をつき、哀れみの感情を持つ。
「一生、会わない事を楽しみにしているよ」
男は再び笑いながら、護送車へ乗り、護送車は警察署に向けて、タイヤが前進していく。
探偵はそれを見送っていった。
DYINGシリーズ第3弾。第1話です。いきなりの展開でしたが、話は続いてまいります。