許さない
「私は…あんたを絶対に許さない…。父さんと母さんが受けた苦しみをアンタにも味わわせてやる」
「……好きにしな。だけど、俺を今殺ったらお前も助からねぇぞ。俺がいなきゃな」
「はぁ?何それ…誰がアンタなんかに助けてもらうかっ!それだったらここで死んだ方がましよ」
「………痛々しいんだよねー。見てて。両親目の前で殺されて、お次は地震で瓦礫の下敷きになっちゃて…。んで、その瓦礫から引き上げてくれたのは自分の親を殺した憎き犯人だ。…はっ、哀れな女だな」
「……人事みたいに……ここから出たら一番にアンタを捕まえて十分に苦しめてから警察に突き出してやる」
「どうぞお好きに……っ!!危ない!」
男が叫ぶと同時に女の上から鉄骨が崩れてきた。すぐに立ち上がろうとしたが、折れた足は全く動かない。咄嗟に頭を守った。
(助けて……)
心でそう叫んだ。
すると、震える身体を大きく包み込むように抱き締められた。温かかった。
«ガシャーンッ!…カランカラン…»
「………あれ?……動かない……」
気付けば仰向けになり落ちてきた鉄骨の下敷きになっていた。額から流れ出る血が目の中に入ってきた。服で拭こうと手を動かした時、何かに当たった。
鉄骨ではない。目線を下にずらす。
「……っ!!」
女と鉄骨に挟まれる形で男が倒れている。驚きで声も出ず男の顔を見ていると…
「……ッ!いてぇ……あれ?これ……どうなってんだ……アンタ…あぁ、そうか。鉄骨が落ちてきたから…か」
復讐の機会だった。
女は側に転がっていた長い釘を握り締め、男の背中に突き刺した。しかし……
「……なぁ、なんか俺に刺した?」
返ってきた返事は呻き声ではなく、ノンビリとした間抜けた声だった。
(…なんで?深く刺したのに……)
刺した所からは確かに血が流れていた。深さからして内臓ぐらいには届いているはずだ。訳が分からなくなっていると、男が小さく笑い出した。
「釘なんかじゃ死なねぇよ。馬鹿だなぁ」
「ふ…ふん。悪かったわね。お次は包丁見つけて刺してやるから」
「…ハハッ、そんだけ元気なら安心だな」
仇の身体が触れていることすら女には耐えられなかった。身体をずらそうとするも、鉄骨と男の重みでびくともしなかった。
救助を待ち続ける中、女は男に聞いた。
「ねぇ…なんで庇ったの?」
「…………」
「鉄骨落ちてきた所から外に出られたじゃん」
「………………」
「私、アンタを殺すつもりなんだよ?椅子に縛り付けて、拷問かけて、身体の形がぐしゃぐしゃになったら警察に届けようって……そう決めてたんだよ。自分を殺そうとしてる奴をなんで助けたの?」
「…さぁて、なんででしょうね。俺が一番聞きたいかもね。お前を庇わなかったら、今頃外抜け出して
警察に追われる前に遠くへ逃げて……まぁ、もうどうでもいいけど」
「……変な奴」
もう何日もいるように感じさせる空間は二人をウンザリさせた。仇敵者と復讐者。
本来なら話すどころか会うことすらない関係性の2人だったが、状況がそれを変えた。
果てしなく続くどうしようもできない時間と出血で咲の中の男に対する復讐心はボンヤリしたものになっていった。
(…そう言えば…どうしてこの人の事が嫌いなんだっけ?…名前、なんだっけ?)
「あなた、名前、何?」
いきなりの質問に男はハッと目を覚ます。
「えっ…名前?俺の?どうしてそんなこと…そうか。あとで警察に……」
「そうじゃなくて。普通な感じで聞いてるの」
「……優」
「優……私は咲。歳は?」
「25……」
「私の2個上か……優には好きな人いる?」
「…………」
「……?優」
「あのさ、自分で言うのもおかしいけど俺達そんな仲じゃないだろ?俺はお前の親の仇なんだぞ」
「知ってるよ。だから、尚更優には私の質問に答える義務があるでしょ?」
何も言い返せない優は大きなため息をついた。
「いないよ。ってか、今まで好きになったことない」
「そうなの?」
「お前はどうなんだよ…えっと……」
「咲でいいよ(笑)」
「…さ、咲は?」
慣れないように言う優を咲は内心可愛いと思ってしまった。
「んー、いない。ってか、興味ない」
「じゃあ、聞くなよ…」
「あははは……」
それからはお互いたわいもない話を続けた。
最初のうちはぎこちない会話だったが、話せば話すほど咲は楽しい気持ちになっていった。
1人じゃなくて良かったと……本当に思った。
「ねぇ、優?」
「ん?」
「私、許さないよ。優が私より先に死んだら…許さないからね」
「…分かってるよ…お前こそ……俺に復讐するまで死ぬんじゃねぇよ」
「ふふ…もちろん。アンタには一生掛けて償ってもらうからね」
優に両親を殺された咲。
咲の両親を殺した優。
2人がこの先どう生きていくのか…
それはこれから始まるのです。