生きてきた意味
もう一度目を覚ますと目の前には影がいた。
心配そうに私を覗き込んでいる。
「どうかしたのですか?」
そう言われて私は自分が泣いていることに気付いた。
「…全部思い出したの」
影が驚いたような気がした。
「私は、なんて愚かなことを願っていたのだろう」
微笑んだ。今までにない、優しい微笑みだと思う。
そしてそのまま影に語った。
自分が思い出したことを。
私は人形だった。
粗末に扱われ、殴られ、ボロボロになって捨てられた。
適当な場所に捨てられて、そこでまた人間に会い、暴力的に扱われ、最終的にゴミ捨て場に辿りついた。
どうして自分がこんな目にあうのか分からなかった。
いつからそうしていたのか分からないくらい前から、助けてとだけ願っていた。
そんな時、私を拾ってくれたのが女の子だった。
綺麗にしてもらい、男の子とも出会った。
私はずっと二人の願いを聞いていた。
私を助けてくれた二人を幸せにしてあげたいと願った。
だけど、現実は無情だった。
男の子が死んだ。悲しんだ女の子は願いを叶える石を使い、世界を変えた。
変えられた世界では最初から私は男の子に所持されていた。
私は男の子と違ってハッキリと変わる世界の前のことも覚えていた。
だが、たかが人形にそのことを男の子に伝える術はなかった。
それでも男の子は自力で思い出した。
願いを叶える石がある屋敷まで私は男の子と一緒に辿りつき、男の子が願いを叶える瞬間を見届けた。
だが、あまりにも悲しい結末だった。
男の子の存在は消え、女の子は右目だけとなってしまった。
許せなかった。
どうして二人かこんな目に合わなくてはいけないのか。
私は願った。
私が二人を幸せにする。
二人が結末を変えられないのなら、私が変える。
その機会を私に欲しいと願った。
そして世界は、女の子から奪った肉体を私に与えた。
女の子には私の体を与えた。
そして、私が世界に払った代償は、今までの記憶だった。
「そして私はのうのうと自分のするべきこと、生きる意味を忘れて生きてきた。そして、あろうことか彼女たちを恨んだ。私は愚かだよ」
影は黙って聞いていた。
私が話し終えた後に影は酷く悲しい声で
「思い出してしまったのですね」
と一言だけ呟いた。
私は、一つ頷いた。
「私は、私のやるべきことをする。この世界を変えるよ」
そう宣言した時、影が柄にもなく声を張り上げた。
「それでいいのですか?あなたにそこまでする義理なんてない!せっかく体を手に入れたんです!今まであなたは苦しんできた!それなのに!」
影はそこまで怒鳴って、急に声を震わせた。
「あなたは自らを犠牲にするというのですか…」
私はもう一度頷く。
「私の幸せは二人が幸せでいることだよ」
影は悔しそうに口を歪ませる。
「そんな世界がないとしたら?」
影はそう問うてきた。
私は、少し悩んで、答えを出した。
「この石は、願いを叶える石だよ。世界を見る石じゃない」
そう、女の子も男の子も、昔の私も、さっきまでの私も気づかなかった。
勝手な思い込みで「この石は願う世界を見せてくれる」と思い込んでいたに過ぎない。
石は確かに願いを叶えていたのだ。
"望む世界を見たい"という願いを。
「影も、自分の元に帰る時間だよ」
影はハッとして私を見た。
そう、私は知っている。
人形が教えてくれた。
影は男の子の存在自体。
あの真っ黒い男は、存在が無くなった男の体なのだ。
「私は願うよ。二人が出来なかった結末を変えるよ」
そして鈍く動く腕に力を込めて石を掲げた。
石は光って、白が視界を侵略する。
「待って!」
影が叫ぶ。
「君はそれでいいの?せっかく願いが叶うのに、僕たちのためだけを願っていいの?」
君の本当の願いはないの?
消えかかる影の声は確かに私に届いた。
私の願いは、二人が幸せになること。