第6話
生まれ育った故郷に帰った旅人は、目の前に現れた人物に驚き、剣以外の荷物を落とした。
「お、お前」
震える指先を相手に向ける旅人の目は、じわりっと滲む。
「久しぶりだね、親父」
幼かった元息子が、成長した姿でそこに立っていた。
「むっ、息子ー!!」
腕を広げて旅人の華奢な身体を難なく受け止める元息子。
端から見れば、若い男女の抱擁シーンだ。
しかし大きな身体にへばり着き、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている姿を見れば、幼いときから旅人を知っている村人たちもドン引きする。
幸い、元息子はそんな元父親に引くことなく、涙と鼻水を手拭いで優しく拭ってやった。
「うぐっ、うっうっ。すっ、すまん、お前を置いて、死んじって。お袋もいないのに、ひとりにしちまった」
「謝らないで。俺こそ、ごめん。逃げることしか出来なかった。俺が強かったら、親父をあんな風に失うことはなかったのに」
「息子…」
「親父…」
見詰め合うふたりは、さながら若い恋人同士なのだが、拭った側から涙と鼻水で(以下略)。
一頻り泣いた後、近況報告を受ける旅人。
大体は元親友に聞いた通りだったが、やはり本人から聞くのとは格別に違う。
ニコニコしなが聞いていた旅人だったが、フッと何故元息子がここにいるのか知りたくなった。
「おい、息子。なんで、俺がここにいるのを知ってんだ?」
自分が転生したのを知っているのは、元親友と元魔王だけだ。
誰にでも、気軽にいってるわけではないが、ふたりが城に上がるとは考えられない。
旅の途中の元息子に、どちらかがいったとしたら、何かしらの反応を見せただろうが、この間会ったときはそんな風には見えなかった。
それが知れればスッキリ出来るのだが、元息子は笑顔で答えてくれなかった。
「親父、なんだか汚れ方がひどいけど、どうしたの?」
「えっ、あぁ。ちょっとここに戻る途中に、戦狂いに挑まれて、相手してやったんだ」
母親譲りの深緑色の瞳と黒い髪に、有無をいわさない笑顔が加われば元息子は元妻にそっくりだった。
懐かしさに若干、泣きそうになるが耐える。
「汗かいたし、風呂にでも入って汚れて落としてくるわ」
「風呂?」
「あぁ。風呂といっても、共同浴場のことだがな」
旅人は元息子が、城にあったような大理石の浴槽を想像していることに気付いて、自分の言葉を訂正した。
「この村、源泉が沸いてて温泉になってんだよ。後で、お前も入っていけよ」
何の気なしにいう旅人だが、元息子は直ぐに頷く。
「わかった。じゃあ、一緒に入る」
ごくごく自然にいわれ、旅人も危うく頷きそうになる。
「あぁ…って、何が“じゃあ”なんだよ」
これがもし、元親友であれば過剰な反応をしていただろうが、相手は元息子である。
突っ込みもソフトだ。
「いやいや、ひとりでゆっくり入れよ」
「一緒に入る」
元息子は真顔でいう。
100才オーバーな元息子だが、やっぱり可愛い自分の息子だ。
一緒に風呂を入るくらい…いや、外見は20才代後半の立派な大人である。
中身は兎も角、外見はまだ子どもである自分と一緒に風呂。
犯罪の匂いがするような…。
「久しぶりで甘えたいのはわかるが、今更一緒に風呂はどうだか」
傷付かないように、珍しく言葉を濁しながらいうと、元息子はムッとした顔をする。
「いやだ、一緒がいい」
昔のような口調が旅人には懐かしく、可愛く感じるのだが、元息子はもういい年した(以下略)。
強情なのは、自分譲りかと乾いた笑いしか出ない。
元父親のそんな反応を見て、どうしても自分の願いが聞き届けられないと察した元息子は、強行手段にうって出る。
音もなく近付き、素早く掬い上げるように旅人を抱えた。
「話してる時間がもったいない。続きは、風呂に入りながら聞くよ」
肩に荷物のように抱えられた旅人は、まったく自分の話を聞かずに強行手段に出た元息子に『ギャーッ』となった。
「ひっ、人の話を聞けっ!!」
「聞いてるよ。でも、親父がはっきりしないから」
「いやいや、わかるだろっ!今更一緒に風呂なんか入らねーよ!」
今度こそはっきりと言葉にするが、さっさと歩き出す元息子の足は止まらない。
このまま、一緒に入浴か。
しばらく抵抗していた旅人だが、びくともしない元息子にだんだん気持ちが諦める方向へと傾いていく。
もういいか、どうせ元々は親子なのだと納得しようとする旅人だったが直後、凄まじい殺気を叩き付けられて元息子の肩の上で身構えた。
次の瞬間、魔法で作られた無数の風の刃がふたりに襲い掛かる。
旅人は肩から降りようとするが、逆にしっかりと抱え直されて、身動きが取れない。
「息子、降ろせっ!」
怒鳴るが、元息子はふるふると首を振って、腰に提げた剣を素早く抜き払う。
魔法も同時に使っているらしく、ふたりに襲い掛かる風の刃は、剣とそこから生まれる衝撃波によって相殺された。
旅人は目の前で起こったことに、驚いて固まる。
いきなり魔法で襲われたのもそうだが、それを相殺してしまう元息子の力に驚きを隠さない。
目を見張る旅人に、追い討ちを掛けるような台詞を元息子は吐く。
「まったく、親父に当たったらどうするつもりなんだよ。もう少し冷静になったらどうなんだ、お袋」
「………は?」
たっぷり悩みながら旅人の出した言葉は、ずいぶんとマヌケなものだった。