第5話
グロ注意。
肉を、骨を、剣で断つ。
業物でもなんでもないが特別な魔法の使用された鉄の剣がいとも簡単に、筋肉に覆われた引き締まった男の腕を斬り落とす。
食用の獣を解体するのとは違う、なんとも嫌な感覚はただ相手がヒトガタだからだろうか。
相手から戦意が消失したことを感じた旅人は、自身も構えを解いて存分に不愉快そうに顔を歪めた。
「勝ったのだから、嬉しそうにしたらどうだ?」
旅人の不快そうな顔の意味を理解出来ない元魔王は、不思議そうな表情を浮かべる。
自分の腕を斬り落とされたにも関わらず、氷像を思わせる冷たい美貌を歪めることなく、斬り離された腕を無感情に拾い上げる。
断面からは生々しいピンク色の肉が覗き、そこに覆われる様にある白いものは骨だろう。
血は剣が腕に入る瞬間、魔法で止められており、返り血はおろか断面からも一滴も流れてはいない。
魔法というものは、便利である。
「俺が勝ち負けで喜べるのは、勝負事だけだ。こんなん人の腕斬り落として喜べる程、人間捨ててねぇよ」
「ほぅ?そういえば、昔の私を倒したときも、実に妙な顔をしていたな。他の仲間は喜んでいたがな。普通なら、あのような化物を倒したところでなんとも思わんだろう。魔王を倒して喜びはしてもな」
特別この元魔王は、地上を支配したくて人間を虐殺したのでも、国を滅ぼしたのでもないのだ。
戦狂いであった元魔王は、下剋上がごく当たり前に行われている地底の国で挑んで来る者たちを屠っていた。
しかし彼が強過ぎた、挑む者がいなくなり、やむを得ず地上に出て来たのだ。
それを知ったとき、『そんなことで、人間殺すなっ!』と怒鳴ったのだが、まさか転生した後にこんなことに付き合わされることになるとは思いもしなかった。
自分は元妻を探すために旅をしているのであり、元魔王と剣で戦ってやるためではないのだ。
最初に挑まれたときに、『もう命のやり取りはしたくない』といい張ったため昔のような血みどろな戦いをすることはないが、今の状況も楽しいものではない。
斬り落とされた腕と残った部分を繋ぐ魔法を使っているらしいが、断面がほどけて無数のミミズが蠢いている様にしか見えない。
蠢く様が気味悪いからか、女になって生理的に受け付けなくなったからか、この作業もまた旅人の気分を盛り下げる要因である。
「お前、せっかく転生したんだから、もっと楽しいことしろよ」
「ふむ。例えば?」
現魔王候補でもある元魔王は、手を開いたり閉じたりと繋がった腕の具合を確かめながら問い掛ける。
問われた旅人は、しばらく考え込んで適当なことをいった。
「キレイな顔してんだから、女でも口説けば?」
元魔王は、ピタリと旅人を見て止まり。
「何をするために?」
「何って、ナニするため」
見た目は少女、中身は親父、今はただのエロ親父な旅人はいやらしくニヤニヤ笑う。
ここに元親友がいれば、ふたりでノリノリで猥談を繰り広げていただろう。
しかしここにいるのは、戦狂いの元魔王である。
意味がわかっていない様な彼のため、旅人は様々なことを教えてやった。
それを聞き終えた元魔王は、先程までの戦いよりも生き生きしている旅人を何かいいたげに見詰めた。
腕の具合を確かめていたはずなのに、何故だか開いたり閉じたりする手は両手になっている。
「…おい、何で手をワキワキさせてんだ?」
てっきり斬り落とされたせいで、動きが悪くなっているのかと思った旅人。
しかし心配など、元魔王には必要がなかった。
「確かにそれは、楽しそうだな。よし、ヤろうか。相手しろ」
ワキワキさせた両手をそのまま自分に伸ばされ…旅人は鳥肌を立てて持っていた剣を鞘に入れたまま振るう。
バキッ
「ふざけんじゃねぇぇぇっ!!」
吹っ飛ばされた元魔王をそのままに、旅人は走って逃げ出した。
その後、元魔王が倒れた場所で火の手が上がり、一帯が焼け野原になったことを振り返らない旅人は、知る由もなかった。