それから。
いきなり、数年後。セクハラ注意。あと、やっぱり逆ハーにはならない。
「おー、ご苦労さん」
宿に届いた荷物を、各収納場所に運び入れた女を獣人が労う。
「こんくらい、楽勝だ!」
にやりと笑う女に、獣人は約束していた遠方でしか手に入らないハーブを手渡す。
「こっちは助かるからいいが、別に手伝わなくてもそのくらいやるぞ?」
料理に凝り始めた女は、獣人の宿に荷を下ろしている商人が、珍しいハーブを扱っていると知り、頼んで取り寄せてもらったのだ。
「それじゃあ、俺の気が収まらないっての」
袋の中を確認すれば、頼んだものの他にも乾燥したハーブが入っていた。
いつも思うのだが、荷運びの労力よりも報酬が多い気がする。
いったところでのらりくらりとかわされて、結局持ち帰ることになるので気の良い親友に感謝して、有り難くいただいていく。
「ふーん?なら、コレでいいぞ」
目にも止まらない素早い動きで、獣人の手は女の後ろに伸びる。
鷲掴まれたのは、ほどよく引き締まった尻だ。
「ぎゃっ!」
「うん?前より大きくなってないか?」
女の色気のない悲鳴を気にも止めず、獣人がもう一方の手で掴んだのは胸。
転生後の再会直後は掴めないほどに平らな、“胸”と呼ぶには可哀想なサイズだったのが今ではそれなりの…。
「ふざけんなああぁぁぁっ!!」
「ごふぅっ」
絶叫と共に、女の膝が獣人の腹に決まる。
獣人は容赦のない一撃に、踞って情けない声で呻くしかない。
ちなみに急所を避けたのは、元男としての優しさだ。
「とーちゃ、なでなでしゅる?」
宿からとてとてと出て来た、父親そっくりな縞柄の髪をした子どもが、踞る情けない大きな身体を『よしよし』と撫でた。
「おーい、一緒に来るんじゃないのか?」
「…いく!とーちゃ、ばいばい」
しかし、女が声を掛ければあっさりと手を振って父親から離れた。
あっさり子どもに見捨てられた獣人は、踞った状態でふるふる震えている。
泣いていたのかもしれない。
手を繋いで、のんびり歩いて行くと唐突に、良からぬ気配を感じて仔獣人を放り投げる。
仔獣人は目を真ん丸にしながらもきちんと着地し、楽しかったのか笑っている。
「不意討ちするんじゃねーよ!」
気配の元を確認する前に、女は鞘から抜き払った剣を横に薙ぐ。
大剣がそれを難なく防ぎ、重い金属音を出す。
「不意討ちでも、死ねば敗けだ」
「そうじゃ、ねーよ。バカがっ!」
剣で攻撃を繰り返しながら、仔獣人から離れた場所に魔王を誘導する。
相変わらず冷え冷えした顔立ちをした魔王だが、心なしか楽しそうだ。
しばらく切り結ぶふたりだったが、魔王が足を掛けて、女を転ばす。
体勢を立て直そうと、身体を捻るが結局尻餅を着く形で転がった。
勝敗は決したようだ。
「ぐっ!」
身体を起こそうとするが、魔王がその上にのし掛かって来て動きを封じられる。
顔の横に大剣が刺さり呻く。
「あー、クソ。俺の敗けだ」
転がっても離さなかった剣を離し、女は『降参だ』と、両手を上げて見せる。
こちらが敗けたところで、別に命が取られることはない。
それはすでにわかっているのだがー…。
「怪我してねーから、そんなあっちこっち触るなよ」
人間と違ってやたらと冷たい手が、女の頬から首、それから旅装束の上をなぞる。
その不穏な動きに、女は冷静さを保ちながら何とか口を開く。
しかしこの魔王は、そんな心中など察してくれない。
「怪我を探しているわけではない。いかがわしいことをしているんだ」
残った片手を、ワキワキさせながら堂々といい放つ言葉ではない。
ぶちギレそうな頭の血管を宥めつつ、女はただ一言魔王の背後まで近付いた存在に合図を送った。
「殺れ」
女の上にいた魔王が、横に吹っ飛ばされる。
しかし剣を手にした男は、あまりの軽さに自分の攻撃がかわされたことを知り、舌打ちした。
「親父、無事だった?」
「おー、なんとか」
血管切れずにすみました。
「こいつ、片付けとくから。あの子らをよろしく」
剣を構えて魔王を牽制する公爵は、視線でふたりの女の子を指す。
片方は小さいコウモリのような羽根を持つ、父親に似ていない可愛い顔立ちの子魔族。
片方は髪と瞳の色彩は父親譲りだが、キリッとした顔立ちの子精霊族。
ふたりは仔獣人と共に、仲良く手を繋いで待っている。
「ままだー!!」
砂埃を払って、剣を鞘に戻す女に子魔族と仔獣人は駆け寄る。
子精霊族は、父親のいい付けを守るつもりらしくその場を動かなかったが、こちらに来たそうな顔をしていた。
「おう、久し振りだな」
子魔族と仔獣人を引き連れ戻る女は、そういって子精霊族を少々乱暴な手付きで撫でる。
もちろん、羨ましそうに見ているふたりも順番に撫でてやった。
離れた場所から聞こえる剣を打ち合う音に、目の下にある痣を撫でながら女は考えた。
「転移魔法で、俺ん家まで跳べるか?」
子魔族に問い掛ければ、彼女はすぐさま頷いて呪文を唱え始める。
「おーい、俺戻るからなー!あとは、頼んだ!!」
呪文が完成する頃合いを見計らい叫べば、公爵から返事が。
「あとで、背中流して…」
「嫌だよっ!!」
一刀両断した。
子魔族の転移魔法で、無事に自分の家の玄関前にたどり着いた女は、剣をベルトごと外してドアを開ける。
「たーだいまー、っと」
「おかあさま、おかえりなさい!!」
ドアを開けた瞬間、足に衝撃が。
ぎゅ〜と女の足に抱き付いているのは、緩やかにうねる艶やかな黒髪と深緑色の瞳を持つ女の子。
どこから見ても、誰の子かわかるものだ。
「ほら、みんな連れて来たぞ〜仲良く遊びな?」
「うん!」
元気に返事をした彼女は、いわれた通りみんなを連れて外に遊びに出掛ける。
一仕事終えた女は、家へと入りベッドに直行する。
剣はいつもの、手が届くところに立て掛けて、目を閉じる。
目を閉じればすぐに睡魔が訪れ、子どもたちのはしゃぐ声をバックに眠りへと誘われていった。
「…起きて下さい。みなさんのお迎えが来てますよ」
髪をすく優しい手と、穏やかな声で眠りから覚めた。
ほんの少しだけ眠っていたつもりが、窓の外はすでに夕日に染まっている。
「あー…わりぃ。寝過ごした」
寝癖を整えてくれる王子は、特に気にした様子もなく女の手を引いて表に出た。
それぞれの子どもたちは、保護者たちの傍でにこにこ笑っている。
「おとうさま、おかあさまおきた〜?」
足に抱き付いてきた娘を抱き上げれば、保護者たちも女に気付いて話し掛けて来る。
ちなみに、だいたいが子どもの父親の話で、彼女たちも苦労しているのがありありとわかった。
「では王子、お暇させていただきます。…あんたは、王子を煩わせないでよね!」
「へいへい」
適当に返事をする。
相手の目がつり上がっているが、気にしない。
「「「ありがとう、ひめさまのまま!!」」」
一斉に、3人の子どもが挨拶をし、『ばいばい』と手を振るのを家族で見送る。
「ねぇ、おかあさま」
「ん?」
娘が『みんなで話してたんだけどね』と、前置きしてから問い掛ける。
「おかあさまは、てんせいしてもおとうさまとまた、けっこんしたい?」
「…ぶはっ」
娘の言葉に、女は噴き出す。
転生したら、元妻が男になっていた。
転生したら、元夫が女の子になっていた。
すでに、体験したことだけど、果たして次は?
…大笑いする女の後ろで、元妻で現夫の目がギラギラしていることに、残念ながら彼女は気付かなかった。
にげてー!!




