魔王候補は笑う。
いきなり、ラスボス戦。流血注意。
神官の祝詞で、地から光の鎖が伸びて魔王を縛る。
鎖は魔王に絡み付くが、完全に動きを止めるには至らず、僅かながらその動きを鈍らせるだけだ。
獣人が駆け、一気に間合いを詰めて岩をも砕く拳を、蹴りを魔王に浴びせ掛ける。
尾を伝って駆け上がり、助走を付けた重い拳を、鱗に覆われた魔王の背中に連続で叩き込む。
弓遣いの矢が、頭上から雨のように降り注ぐ。
神官の力で飛距離と威力が増した矢は片目を射り、魔王はその姿に見合った咆哮を上げ、頭を滅茶苦茶に振る。
魔法使いは杖を掲げ、練り上げた最大火力の炎を生み出す。
火柱となった魔法は、頭を振るたびに飛び散る毒を含んだ血を焼きながら魔王へと襲い掛かる。
剣士は火柱が消えると同時に、魔王に躍り掛かる。
鱗どころか肉や骨をもあっさり切断し、返り血が飛び散る前に素早く避け、次に攻撃を移した。
『ちょっ、おまっ。俺ごと燃やす気かー!!』
尻尾をブワッと膨らませた焦げ臭い獣人が、魔法使いに何やら文句をいいつつ神官に回復魔法を掛けられる一幕がある以外、優勢に見えても全員の緊張は途切れることはなかった。
動きは鈍く、片目は潰され、尾は斬り落とされ、コウモリのような両翼は根本から砕かれ、斬られた箇所は焼かれ、満身創痍の魔王はしかし、愉しげに笑った。
ヒトガタから本来のドラゴンの姿に戻り、到底人間の言葉を話すことは出来ないはずなのに、魔王の声は確かに笑っている。
魔王が大きな口を開け獣人は身構えたが、その口から何か放たれたように、他の誰も見えなかった。
しかし獣人は絶叫し、耳を押さえて地面をのたうち回る。
聴覚に優れた獣人にのみ効く、魔法の一種だった。
神官がそれに気付き、回復魔法を掛けようとするが、ドラゴンの腕がそれより早く男にしては華奢なその身体を吹っ飛ばす。
受け止めようとした弓遣いが、神官に飛び付くが勢いは殺せず、ふたりはまとめて壁へと叩き付けられた。
神官は血を吐き、弓遣いからは叩き付けられた瞬間鈍く嫌な音がし、どこかの骨が折れたようだ。
獣人はふらつく身体を何とか起こすが、魔王の魔法が直撃し、最早瀕死の状態だ。
神官も弓遣いも、起き上がれない。
ドラゴンは呪文を唱え、巨大な身体は徐々に小さくなる。
剣士が魔法使いの前に立ち、庇う前で魔王はまたヒトガタになった。
最初とは違い、満身創痍の姿だがその手には武骨な大剣が握られている。
転移魔法で瞬時に魔法使いの背後を取った魔王は、剣を無造作に振るう。
魔法使いは呆気なく吹っ飛ぶが、その手応えの軽さに彼女が何らかの魔法で、衝撃を最小限にしたのだろうと魔王は考える。
しかし、どうでもいい。
仲間を傷付けられ、怒りに駆られる剣士と一対一で殺し合えるのであれば、魔王にとって他は些細なことだった。
そんな愉しい時間もいくら長く続こうと、いずれは終わる。
一騎討ちに勝利したのは、満身創痍ながらも立っている剣士だった。
魔王にとってこの状況は、嬉しい誤算だ。
メンバーがたったの5人であった彼らに、然程期待はしていなかったが、配下の魔族をぶつける内にどんどん力を付けていき、最後には魔王を倒すまでになった。
このまま、力を付け続ければこの剣士はどれほど強くなるだろうか。
それは興味であり、期待であり、そしてこの愉しい時間をくれた剣士に対する感謝を表したものともいえる。
消滅する前に、魔王は神妙な顔をしている剣士にある“祝福”を与えた。
それは剣士に気付かれることなく、彼に根付く。
確認した魔王は、死に逝くにしては満足そうな顔をして……やがて、消滅した。
魔王としての記憶は、それで終わり。
元魔王で、現魔王候補である男は有り得ない方向に曲がっていた首を、収まりの良い元の向きに治した。
抜き身の剣であれば、あの勢いのまま真っ二つにされてそうだが、元剣士は鞘に入れたまま振るったので大した怪我ではない。
…首は、曲がっていたが。
不意に、空間が捩れる気配を感じ、魔王候補が振り返ったときにはそこに若い男がいた。
前世で使えなかったはずの転移魔法は、きっとあの最後の戦いで魔王が使ったときに覚えたものだろう。
戦って愉しい相手は元剣士で現旅人だが、驚異は元魔法使いで現精霊国王子だ。
「お久し振りですね」
声を掛けて来たのは、王子の方だ。
しかしその声にも、表情にも感情が込もっていない。
魔王候補は気にせず、当たり前に挨拶も返さずに本題に移った。
「剣士に掛けた、不老不死を解いたのはお前か?」
魔王がかつて掛けた“祝福”は『不老不死』。
しかし、世界のどこを探してもあの剣士の姿はどこにもなかった。
魔王が転生したら、更に強くなった剣士とまた死闘を演じることが出来ると思っていたのだが、やっと見付け出した彼は魔王候補と同じく転生していたのだ。
あの頃の恵まれた体格など、微塵もない華奢な少女のくせ、やたらと強い元剣士に挑むのもまた愉しいから、まあ別にそれはそれでいいのだが、ずっと疑問だった。
「ええ、神官さまと一緒に解かせていただきました」
魔王候補は長きに渡る疑問が解消され『なるほど』とも思ったし、『やはり』とも思った。
魔王としては“祝福”だが、実際は“呪い”の類いであるあの魔法は、神聖魔法の使い手である神官にしか解けない。
呪いを解くのに力を貸しただろう、魔王討伐メンバーだった神官も無事では済まなかったとは思うが、魔法使いは知っていながら協力を要請したのだ。
あの神官は力が強く若いため、後に大神官、または法王になるかもしれない逸材だったのに惜しいことをした。
そうすれば現在、魔王候補と渡り合える神官が輩出されたかもしれなかったのに、つくづく惜しい。
「何故、あれを解いた。解かなければ、長く共にあれたものを」
魔法使いは精霊族との混血児、後に生まれた弟と違い長命であるはずの彼女が愛する夫を失わずにすむ機会をみすみす逃した。
しかも長命であるにも関わらず、今こうして転生している時点で、呪いを解くために命を落としたことは明白。
自分は何の労力を使わず、他人が掛けた呪いでずっと傍にいられたのに、それを捨ててまで解呪した理由が魔王候補には検討が付かなかった。
「わからないのですか?私はあの人に関しては、誰からの手も借りたくないのですよ。本当なら、解呪ですら自分だけで行いたかったくらいです。もちろん、術者を嬲り殺しにしてね」
王子の語る元魔法使いの気持ちは、魔王候補は理解出来たようで、出来なかった。
他人からの呪いによる夫の不老不死化は、彼女にとって夫婦として短い時間を過ごすこととなっても、例え自分が解呪の際に命を落とすことになっても、許しがたいことのようだ。
自分が鍛えて強くし、こうして手間暇を掛けて自らの手で育てた好敵手と、例え自分が死ぬとしても戦いたいと思う気持ちと一緒かと、魔王候補はぼんやりと納得することにした。
王子がいいたいことと、近いようでまったく違うことを考えている魔王候補の心中など、彼は知らずに挑発する。
「準備運動はもう、済んでます。どこからでもどうぞ?」
唇をつり上げ笑う王子の手には、見覚えのある杖が握られている。
彼の周囲に火を司る妖精たちが集い、気温を上昇させた。
魔王候補もまた、氷像を思わせる顔に笑みらしきものを浮かべ、大剣を手に出現させて王子を迎え撃つ。
その場所一帯に、火の手が上がった。




