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井上達也 短編集3(それでも彼はまだ書いてる)

えびあん

作者: 井上達也

「おい!飲めよ」

 彼は、そう言って私に水を飲ませようとした。しかし、私はお水は飲めない。水道水などというお水は私の食道を通ること無く、口から出て行く。私は、水道水が大っ嫌いだった。

「はやく、飲めってんだろう。ぬるくなっちまうだろうが」

 彼は、親切にも冷たくしてくれていたらしい。しかし、今月は2月だ。もう既に寒いような気もしないでもない。だったらいっそのこと暖めてくれれば良いのに。

「よし、よし」

 私は、しかたなく水を飲むことにした。一口、また一口。美味しくはなかった。水道水特有の臭さがやはり残る。たしかに、水道水もある一定の温度であるならば、飲みごたえは天然水と何ら変わらないと言う話を友達から聞いてはいた。しかし、私はそんなことの違いも分からないくらいなどわかるわけもない。

 私は、一度だけ「えびあん」という水を飲んだことがある。

 あれは、たしか去年の夏くらいである。夏の暑い日に彼が、珍しくえびあんというお水を買ったのだ。彼は、「味のしない飲み物なってお店で買う価値なんてない」と豪語していたのだが、彼はあっさり自分の信念を曲げた。どうやら、好きな女の子に「デブ」とストレートに言われたらしい。

 彼は、炭酸飲料が好きだった。中でも、某国の人間をデブ、デブ、デブに仕上げてるという殺人的な大量デブ生産を行い、国家転覆を狙っている企業の「コーク」が好きだった。どう考えたって、甘すぎるだけであり、美味しさもなんにもない砂糖水を、あたかも青春の一ページに必須のものですよと、情弱を対象として煽るあのCM。彼は、そういうものに弱いのだろう。私は飽きれてみていた。

 しかし、実は私はコーラが好きだったりする。あの殺人的な炭酸と甘さが、私を惑わせる。飲むとテンションがハイになって踊りだす。友達にはコーラなんて飲んでいないのにスイッチ一つで踊りだす奴もいる。しかし、最近は調子も悪いせいか動きが良くない。インフルエンザにでもかかったのだろうか。時期が時期だけに。



 あるとき、彼は私に相談をしてきた。

「なぁ、どうやったら彼女を振り向かせられるかな」

 彼は、やけに真剣な顔をしていた。中学3年生になったばかりというのに、既に大学生をも超えたようなフケ顔である。こんなやつに誰が振り向くのだろうかと内心思っていた。いや、正直に言えば彼は私に少々のいたずら、いやいや、水を無理矢理飲ませたりするという虐待を繰り返していたから、そういう風に見てしまうのである。人によっては、堤真一系だと言う人もいるかもしれない。やまとなでしこ万歳と言う人もいるだろう。しかし、彼は、数学は大の苦手で、体育大好きで、野球一筋の筋肉馬鹿だったはずだ。

「メールアドレスが知りたいんだ」

 彼は、思いのほか照れている気がする。照れる相手が間違っている。私に照れてどうする。

「手をつなぎだい」

 それが、どうした馬鹿野郎。

「うるさい、ばかやろう」

 私はそう言った。彼は、「なんだと!!」と言って怒った。

 私に逃げ場など無い。

「この野郎!」

 そういって、彼は私の前に水道水を置いた。

「飲めこの馬鹿!」

 彼は、プンスカプンプンといった感じでご立腹だった。私は、仕方なくその目の前に出された水道水を飲んだ。話はだいぶ逸れていたが、えびあんである。彼はえびあんを買ってきたとき、少し私にわけてくれたのだ。わけてくれたというよりも、いらないからくれたという表現が正しいような気もする。

 それが、また美味しかった。美味しさのあまり、全身が震えた。思わず、「うるさいばかやろう」と叫んでしまったくらいである。わかるとおりだが、その後に水道水に変えられてしまった。無念。



 また、数日経ったある時。

「なぁ!花子ちゃんが今度の県大会の応援に来てくれるんだって!」

 彼は、えらく嬉しそうだった。

「うるさいばかやろう」

 私は、言ってあげたんだが彼は、嬉しかったのか。今回は特に水道水攻めというお咎めは無しだった。私は安心した。しかし、彼は全身が奮い立ったのか、バットを持っていた。いよいよ、私をそのバットで殴るのかと思ったのだが、そうではないらしく、バットを持って庭に出て素振りをしていた。ぶん!ぶん!と素晴らしい音がしていた。



 また、数日経ったある日。

「今度さ!花子ちゃんうちに遊びにきてくれるんだって!」

 彼は、子供のような笑顔で話しかけてきた。こやつ、女の子を家に連れ込んで何をする気だ。しかも、わざわざ両親がいない日を狙うとはこやつ。テクニシャンか。

 私は、その後も彼の話を聞き続けた。なんだかなと思いつつも、聞き続けた。

 

 

 そして、その日はやってきた。花子ちゃんがやってきたのである。ワンピースを身にまとっていて、いかにもお姫様みたいなカッコであった。中学生にしてはなかなかシャレていて、下手すりゃ大学生にも見えなくない格好な気がした。

 彼といえば、ジーパンにTシャツという落ち武者スタイルであった。よくよく見れば、Tシャツには「THE END OF LOVE」と書いてあるような気がした。彼は何かを終わらせる気なのだろうか。

 二人は、ゲームをしはじめた。配管工のおっさんがハイカラなカートに乗って、キノコのおっさんや緑の恐竜、どこかの国のビッチたちとレースをするゲームらしい。私的にはいつも緑の恐竜が気になる存在だった。どうして「ゲッピィ」などという奇声をよくもまぁ、平気で言えるのだろうか。それも、相手が自分が喰い散らかしたバナナの皮で滑った時である。奇妙な世界だ。

 ゲームも熱戦のなか終了した。二人は。テレビの前のソファーに一緒に座っていることにようやく気がついたらしい。ことの重大さにってことに。

「あ」

 彼は、そういって固まってしまった。今時のパソコンでAのキーをおしてフリーズすることはないだろうが。

「なに?」

 花子ちゃんのほうが大人のようだ。いや、慣れているのかもしれない。私的には、ビッチなのかと心配になった。しかし、そうなのではなく、彼女は昔から男の子たちとも女の子たちとも遊んでいるため、「恋愛」というものにはめっぽう疎いんだと、その後彼から聞いた。

 しばらく沈黙が続いた後、私は口を開いた。

「てをつなぎたい」

「めーるあどれすがしりたいんだ」

「はなこちゃん」

「きみのことがすきだ」

「ぼくとつきあってほしい」

 私は、なんだかムズムズしていたので、つい口を発してしまった。果たして、このことばがどんな意味なのかは私にはわからない。ただ、なんとなく恥ずかしい言葉なのかもしれない。

「え、っと……。え?どういうことなの?」

 彼女は困惑していた。

「こ、この野郎!!!」

 彼は、怒って私のほうに来た。

「うるさいばかやろう」



「くるっぽー」



おしまい




答え。インコでした。

インコ飼いたい

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