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ripple 12

「美紗さん、俺、死って黒だと思っていました。でも、それは違うということに気づきました。死は白なんですね」と巧が後に美紗に語ったほど、広樹の病室は真っ白だった。

 夏の午後の陽射しを最大限に採り入れた病室には影は一つも見当たらない。

 病室とは呼ばないのかもしれない。

 その部屋には回復の見込みのない患者が入室させられ、死を待つのだ。

 ベッドの上の広樹を見るだけで、巧は胸がつまる思いがした。広樹の体からは幾本ものチューブが出ていた。

 生命に対しての冒濱だ、と巧はぼんやりと思った。

 巧もなぎさも美紗も昨晩は寝ていない。眠れる状態ではなかった。広樹の命の灯は、いつ消えても、不思議ではなかった。

 疲れはてた美紗は窓の外に目をやり、信じられないものを見た。最初は幻覚ではないかと思ったくらいだ。しかし、それは現実だった。

「巧君、なぎさちゃん、雪よ、雪が降っているわ。外を見て」

「雪――!?」

 巧となぎさは慌ただしく窓に駆け寄った。窓の外には確かに、白い、粉雪のようなものが天から舞い降りてきている。

「そんな馬鹿な! 今は8月だぞ」

 巧たちは知る訳もないが、その粉雪のようなものは地球上の何処でも確認されたのである。

 正確に言えば、それは雪などではない。真夏の陽射しに溶けない雪などあるはずがない。

「私を呼んでいるんだわ」

 巧は驚いてなぎさを見た。なぎさは巧ににこりと微笑む。

「巧お兄ちゃん、私を海につれていって」

 巧は首をふらなかった。わかっていた。なぎさを海につれていったら、そこで彼女と別れなければならなくなるだろう。

 なぎさは重ねて言う。

「お願い。早くしないと<原の民>は滅んでしまう!」

「どういうことなんだ、なぎさ?」

「私、記憶が戻ったの」

 なぎさは巧と美紗に、もうひとつの人の歴史を語り始めた。


 なぎさは海の民の長を父にもつ<姫>であり、新月と満月に<神事>を行う<巫女頭>だった。<神事>とは、<偉大なもの>が海の民に課した最も大切なことだと言う。新月と満月の晩に<巫女頭>が海に祈りを捧げなければ、波力が強くなりすぎて、地球上の大陸全てを飲みこんでしまうのだ。

 地球には<原の民>、<海の民>の他にも、天空に住み、翼をもつ<天の民>、地下に住み、触覚を持つ<地の民>の四つの民があって、太古には共存していた。そのうち、<原の民>は<偉大なもの>が課した使命を忘れ、他の民と語る言葉を失ってしまった。最初のうちはかまわなかったが、徐々に他の民の領域を侵し始め、地球を破壊し始めたため、海、天、地の三つの民の長が集まり、話し合った。

 <天の民>と<地の民>の長は即刻<原の民>を滅ぼすべきだと主張した。しかし<海の民>の長は賛同しなかった。何故なら彼の妻は<原の民>だったからだ。

 しかし、その妻も彼の娘、つまりなぎさを産むと、<原の民>が海に流した毒のために死んでしまったのだ。

 三つの民の長は考えた末、<海の民>の<姫>、なぎさを<原の民>と接触させ、<原の民>が滅ぶべきか否かの決断を委ねた。


「客観的な判断をするため、なぎさにはもう一つの人格がつくられたの。それが私……」

 なぎさは口をつぐんだ。巧の脳裏に、最初に海辺で会った碧色の髪の少女「なぎさ」の言葉がよぎる。

「私はこの子、でも、この子は私じゃないの」

 それでは、今のなぎさは何だというのだ。<原の民>の審判。その役目を終えたなら。

「お願い巧。海へ。私、海へ行かなきゃ」

 懇願するなぎさ。巧は苦笑して美紗を見た。美紗は何も語ろうとしなかった。巧はなぎさに言う。

「なぎさ。俺は<原の民>は君を犠牲にする価値なんてないと思う」

 刹那、なぎさが巧の頬をうった。

「馬鹿っ!」

 なぎさの瞳から涙が落ちる。

「私は、あなたに……巧に出会えたからこそ、<原の民>を救おうと思ったのに! それに私がいつまでもなぎさのままでいたら、本当のなぎさはどうなってしまうか分からない。この体は元々、私のものじゃない、彼女のものなの。元どおりに返さなきゃならないのよ!」

 巧は、ため息をついた。そして、ベッドの上の広樹に目をやる。巧はしばらく広樹をみつめていると、なぎさに言った。

「よし、海へ行こう」

 なぎさはゆっくり頷いた。

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