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魔王とプリンセス  作者: 藤ともみ
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第2話 2-0 魔王の城

冷たい石塔の中にある階段を、一人の若い男が、剣と盾を手に持って、おっかなびっくり登っていた。

 昼間は心地よい気候であるが、夜には冷たい風が吹く。ヒョオオ…ヒョオオオ…と唸る風の音と、それに合わせて震える蝋燭の火がなんとも言えず不気味であった。

 青年が抱えている盾には十字架が描かれ、剣の柄には小さな白い石が嵌め込まれている。

青年はフェトラ公国の都からかなり南にある村の出身であった。先月、魔王が姫君を監禁しているという石塔に挑んだ友人の話を聞いた。彼は持ち前の腕力と勇気で挑んだが、どうやらそれではダメだったらしい。青年は教会に頼んで武器と盾を作ってもらい、はるばる旅をしてこの石塔までやってきた。

 教会のシンボルである十字が描かれた剣を持っていれば、旅先の人々は皆歓迎して、タダで宿に泊めてくれたり、食事を出してくれたりして、正直青年はそれだけで自分がもう英雄になったような気がしてしまっていた。だから、実際に魔物と戦ったこともないのに調子に乗っていきなり魔王の住む石塔まで来てしまったのだが、いざ来てみると、もう怖くてたまらない。

 そんな青年の様子を、“白の魔王”ブランは自室の水晶玉で見つめていた。へっぴり腰の青年からは全く覇気が感じられない。装いは立派なだけに、かえって情けなさが際立ってしまっている。ああ、今夜もハズレだなと魔王はため息をついた。

「……この男は何が目当てでここまでやってきたのだ?」

一応、確認してやるか、という気持ちで魔王が、体全体を覆う黒いロングドレスを着た金髪の美女…セリアに声をかける。

「は、調べましたところ、この男の家は村の中でも裕福な方で金銭には不自由しておらず、美しい女性と結婚したいという気持ちは人並みに持っておりますが、姫君とどうしても結婚したいというほどではありません。ただ……」

「ただ、なんだ。」

「先月やってきた青年に対する意地だけで、動いているのではないかと。」

「…ああ、この間床下に落としたあの男のことだな。」

「ええ、彼とこの青年は同郷で古くからの友人であり、この青年は彼に対して強いコンプレックスを昔から抱いていたようです。立派な武器や防具、それに服を揃えたのは、すべて友人に対する意地でしょう。」

「……つまらん男だな。」

魔王はおもむろに椅子から立ち上がった。

「魔王様自ら出て行かれるのですか?」

セリアが意外そうに、金色の瞳で主を見つめる。

「たまには動かねば、体がなまるからな。…殺しはしないから心配するな。」

魔王は白銀に煌めく長い剣を右手に抱える。床に描かれた魔方陣の上に立ち、なにやらぶつぶつと呪文を唱えると、魔方陣から白銀の光が放たれ、魔王はそれに呑み込まれるようにして、部屋から消えた。

 

 青年はガクガクと震えながら階段を登っていく。どうして自分はこんな所に来てしまったのだろうと、青年は非常に後悔していた。しかし、今更後戻りするわけにもいかない。このまま逃げ帰ったら故郷中の笑いものだ。

 青年は、裕福な家庭に生まれ、プライドばかりが高かった。学校に行って教養もそこそこ積んで、顔もまあまあ良くて、何不自由なく暮らしていた自分だが、いつも堂々としている友人に対してずっと劣等感を抱いていた。生まれも教養も容姿も、自分の方が上であるはずなのに、なぜか友人に対して引け目を感じていた。

 そんな友人が、この塔にやってきて姫を見つけるところまではうまくいったと言う。見つけたといっても、姫を遠くに認めただけで、顔を詳細に見たわけではないそうだ。

 それならば自分は、せめて姫を近くで見るだけでもしたい。友人より少しでも先に進めなければ、本当に一生、自分は友人に対して負けっぱなしだ。だからそれまでは何とか進みたい、と思った。そのために、教会に特注の品まで作らせたのだ。

 青年が震える足を一歩前に進めると、突然目の前の床から白い光を放つ魔方陣が現れた。

青年が戸惑う間も無く、魔法陣は天井に向かって白い光をまっすぐに放つ。その眩しさに、青年は盾で自らの眼をかばう。

 光が弱くなったのを感じて、青年がおそるおそる顔を上げると、そこには白いマントに白銀の甲冑をまとった、白髪の男が立っていた。血のように紅い瞳でこちらを見据えて、右手には長い銀の剣を構えている。そのただならぬ気配から、この白髪の男が人間ではないことを、青年は悟った。

「よくぞ我が根城に参ったな。命知らずの愚か者よ。」

「あ……あ……」

紅色の瞳に睨まれて、青年は言葉を失う。喉がカラカラに乾いて、うまくしゃべることができない…いや、それどころか、一歩も動くことすらできなかった。

 魔王はスラリと右手の剣を持ち上げ、青年の喉元にその切っ先を突きつけた。冷たい瞳がこちらを見つめている。

「た、頼む!!命だけは…命だけは助けてくれ……!」

「やれやれ、つまらぬ男だな。一体なんの為にここまでやって参ったのだ。」

「ぼっぼぼぼ僕は、こここここの城にとらわれている姫をすすす救いに…」

「貴様には無理だ。」

魔王が右手に力を込める。青年の喉元から、紅い血のしずくがタラリと流れ落ちる。しかし、当の青年は全くそのことに気づいておらず、ただただ魔王の恐ろしさに震えていた。

「姫を救い、この私を倒せる者は、聖剣を手にする真の英雄のみだ。貴様のようなプライドばかり高い情けない男が、このような所に来るべきではない。」

と、突然、魔王は 青年の喉元に突きつけていた剣を引っ込めて、いきなり青年の左肩を袈裟懸けに斬り裂いた。

 ほとばしる鮮血に、激しい痛み。青年は真っ青になって、その場に座り込んでしまった。

「……命が惜しくば、早々にここから立ち去るが良い。行け。」

青年は、ひゃあああ、と悲鳴をあげて、血が溢れる左肩を必死に抑えながら、必死になって階段を駆け下りていった。


 青年が逃げ帰ると、セリアが布を持って現れた。無言で礼をして魔王に布を差し出すと、魔王も慣れたように布を受け取って、剣についた血をぬぐい取った。

 魔王の白いマントは白銀の甲冑には、青年の返り血が付着している。

「…ご英断でございました。意地とプライドばかりのあの男にとって魔王様直々に付けられた傷は名誉の傷となることでしょう。二度とここにやってくることも無いでしょうし、魔王様のお力も田舎にまで噂となりましょう。」

セリアが黙々と自分の甲冑を拭いたり、汚れたマントを受け取ったりと甲斐甲斐しく働くのをよそ目に、魔王はぼうっと天井を見上げて、一人つぶやいた。


「英雄はどこにいる…早くサラを迎えに来い。」




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