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魔王とプリンセス  作者: 藤ともみ
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1-4 神様と魔王と兄さん  サラ・ダーリング

もうそろそろ日が沈みそうだ。薄暗い中、オットーさん、アレクさんに手伝ってもらいながら、アーニャは黒い馬、私は白い馬にまたがった。 

アレクさんは白馬に私を乗せて、その手綱をひいて一緒に歩いてくれた。歩きながら私とアーニャに魔王について話し始めてくれた。

「さて、どこから話したものか・・・まずは聖書にある神話を一通りさらってから、現状について説明致しますか。教えには、旧いものと新しいものとありますが、今多く広まっている新教の方でよろしいでしょうか。まあ、魔王についての記述は新教と旧教とでそれほど大きな違いはありませんが。

 知っての通り、私たち生き物に、恵み、時によっては試練を与え、我々の魂を死後に天国へと導いてくださるのが、神ですね。神は世界中を無限の愛で包み込んでくださっています。

 その神の敵が魔王とその使い魔たち。彼らは神の包む世界の隙間をくぐってこの世界にやってきて、人間の心のスキをつき人間を襲います。人間の命を糧にして、魔王たちは生きているのです。

 この国では魔王の襲撃はここ最近ではすっかり無くなっていたそうですが、外国ではまだまだ魔王が人々を襲うことが多いんですよ。魔王によっては国をまるごと潰してしまうほどの力をもった者もいます。

 危険な魔王やその手下を倒すためには、魔力で強化された武器を使うことが効果的です。

 先ほどあなたたち二人を襲った魔物、青い色の瘴気をまとっていたでしょう?あれは”青の魔王”ブラウの使い魔です・・・ああ、瘴気というのは、魔王たちの魔力や邪悪な呪いの力が現れたものです。さきほどのものはドロドロとしていたでしょう。他にも炎のような瘴気や霧のような瘴気をまとった魔物もいます。

 “ブラウ”は、もっと北の国をテリトリーにしていたはずでしたが、どうしてその使い魔がここまでやってきたのやら……。

 僕は、魔王の中でも最悪の魔王、“白の魔王”ブランを倒すために旅をしているんです。奴は真っ白な髪に蒼白く、ろうのような肌、白いマントを翻す人型の魔王で、呪いを振りまく長剣を操ります。そうそう、その白の魔王が美しい姫君を幽閉している、なんて噂もあって、遠いところから姫目当てでやってくる勇者たちも多いとか。

そいつを倒すためには、伝説の聖剣が必要なんです。

 聖剣は天国の神が勇者のためにお作りになる最高の剣。突如として選ばれし英雄の前に現れ、魔王を倒す力をさずけるといいます。どこに行けば手に入るのか、どんな形をしているのか、詳しいことはよくわかっていません。ただ、聖剣の柄には神聖な力が宿る白い大きな宝石が嵌め込まれているといいます。

 僕は聖剣を手に入れ、“白の魔王”ブランを必ず倒してみせます。」

「あの、さっきの魔物よりも強いんですか…」

「先程の魔物たちは魔王の使い魔の中でもかなり弱い方です。だから二人でも余裕だったんですが…」

 あれで弱い方だなんて…主である魔王はどんなに恐ろしい力を持っているのだろう?そしてその魔王の中でも更に強い“白の魔王”って一体……。


 途中、アーニャの家の近くまで来た。でも、アーニャは馬から降りようとしない。

「心配だから、私もサラの家まで一緒に行かせて欲しいんです。」

「アーニャ…」

「そ、それにほら!サラの家まで行ったらさ、ルーク様にもお会いできるかも…なーんてね!アハハ…」

アーニャはそう言うと照れたように笑う。口ではそんなことを言うし、半分くらいは兄さんに逢いたいという気持ちもあるんだろうけど、なんやかんやで心配してくれているとわかる。

 でも……

「でも、兄さん怒っているだろうなあ…」

 いつもよりも帰りが遅くなってしまったし、制服も汚れてしまったから確実に森に入ったことがバレてしまうだろう。どうしよう、怖いなあ……。

「あれ…?ねえ、あれルーク様じゃないの?」

え?アーニャの家の近くだから、私の家までは、まだだいぶ距離があるはずなんだけど…。

…アーニャの目は確かだった。角のお店の影から兄さんが現れた。ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。こ、怖い……。さすがにアーニャも固まっている。いや、初対面のアレクさんとオットーさんまで、遠くからくる兄さんの気力に圧倒されている感じだ。怖い。めちゃくちゃ怖い。向こうからもこちらの様子は分かっているはずなのに、兄は足を早めることなくゆっくりと歩いてこちらを見据えて近づいてくる。そして、わたしたちまであと5歩ほど、というところでピタリと止まった。兄は、馬上にいる私をじいっと見上げる。

「……サラ。」

「に、兄さん…」

おかしい。まだ秋になりかけたばっかりなのに、冷たい北風が吹いているようだ。

「こんな時間までどうしていたんだ。」

「ご、ごめんなさい…あの…」

「……ん、あなたは?」ようやくアレクさんの方に気がついたように兄さんがアレクさんたちに向き直る。

「私はアレクサンダー・ベルクールと申します。先ほど森で魔物に襲われていたお嬢さんと出会いまして。」

「そうでしたか、それはご迷惑をおかけした。…取り敢えずサラ、馬から降りるんだ。」

そう言われて私は弾かれたように馬から慌てて降りた。つられてアーニャも馬から慌てて降りる。

兄は、はあっとため息をつくと、私の方に近づいた。

そして、両手で私の肩をつかむと、語りかけるように言い聞かせる。

「サラ…森は危ないから入るなとあれほど言っておいただろう。」

「あ、あの…ごめんなさい、私が勝手に連れていっただけなんです!」

アーニャが申し訳なさそうに謝るけど…。

「いや、違うの!私が連れていってってお願いしたの!」

「どちらから行きたいと言ったにせよ、か弱い少女が森に入って危ない目にあったのは確かだろう?ハルフォードのお嬢さん、あなたも一人で森にはいかないほうがいい。どうしても用があるなら、誰か戦える人を一緒に連れていくべきだ。」

「す、すみませんでした!」

そして、私から目線を外すと今度はちゃんとアレクさんたちの方に向き直る。

「…ベルクール殿、だったか。私はルーク・ダーリングと言う。妹を助けてくださったこと、礼を申します。」

「いえ。人として当然のことをしただけです。」

そう微笑んだアレクさんだけど…兄さんの顔を見て、ふっと怪訝そうな表情を浮かべた。

「あの、ダーリング様…私、あなたにどこかでお会いしたことがありましたか?」

妙なことを尋ねるアレクさん。

「…いや?そんなことはないと思うが…」

「そうですか…失礼いたしました。では、私どもは失礼致します。」

「あ、あのアレク様!旅をしていらっしゃるんですよね?今日のお宿はどうするんですか?なんなら私の家の空部屋にでも…」

「いえ、ハルフォードさんお構いなく。すでに見つけた宿に、150人の部下を待たせてございますから。」

「ひゃ、ひゃくごじゅうっ!?」

「まさか二人きりで魔王討伐の旅などできませんよ…さきほどは買い物のついでにたまたま瘴気を感じて通りがかっただけでしたから。」

 そうか…強かったからてっきり二人で旅してると思っていたけど、やっぱり沢山の部下を率いて戦っているんだ…。

「では、失礼いたします。サラ・ダーリングさん。」

「あ、あの…!またお会いできるでしょうか?」

思わず、声をかけてしまった。アレクさんは驚いたように振り返って、ゆっくり微笑んで行ってくれた。

「はい、もちろんですとも。近いうちにぜひお目に掛かりましょう。」

そうして、アレクさんは白馬にまたがって、アーニャとオットーさんを引き連れて、颯爽と駆け出した。

 アレクさんたちを見送ると、当たりはもうすっかり暗くなっていた。兄さんに帰るぞと促されて、私はその後に従った。

右手にカンテラを掲げて歩く兄さんの後ろを私はそっと着いていく。さきほどのお店の曲がり角から家までの道には、街灯はひとつもない。夜空に浮かぶ月と星、そして兄の持つカンテラ以外に、頼りになる光はない。暗い夜道をしずしずと二人で歩いていく。

兄さんはなんにも話さない。黙って、家に向かって歩いていく。

「あ、あの…兄さん……。」

「なんだ。」

あ、やっぱり怒ってる…。うう…。

「兄さん…ごめんなさい。」

白いシルクの手袋に覆われている左手を後ろから握って、私は謝った。兄さんの顔がまともに見られない。遅くに帰ってきて怒られたんだから変な話だけど、今が夜で良かった。

手を握られて兄さんは立ち止まった。うつむいてしまった私の方に向き直って、兄はかがみ込むとカンテラを地面に置いて、右手で頭をポンポンと撫でてくれた。

「…心配したぞ。」

その声はとても優しくて、安心できて…こらえてきたものが一気に溢れ出して、私は兄の首に抱きついてわんわんと泣いてしまった。

 怖かった。死ぬかと思った。さっきは怖すぎて泣くこともできなかったけど、兄さんが傍にいてくれることで、初めて安心して、涙が止まらなくなった。

 兄さんはただ黙って、私を抱き寄せて頭を撫でてくれていた。



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