8-6 金色の魔剣士
アレクたちが螺旋階段を登りきると、観音開きの扉が現れた。
「俺が前に来たときは、この部屋の中で姫は眠らされていました。」
そう告げる部下の言葉にアレクは頷く。だからこそ、油断することはできない。敵たる魔王はこの扉の奥で待っているはずである。
『アレクよ、ここからは君が先に行くのだ。君の力を皆に見せてやれ』
「ここからは私が先頭に立とう。下がっていろ。」
アレクが言うと、兵たちはさっと左右に下がった。開いた道をアレクは悠々と歩き、慎重に扉に手をかける。
とってに手をかけ、扉を開くと、そこには真っ白な空間が広がっていた。
蒼白い壁に囲まれた、釣鐘状の天井の部屋。家具らしきものは一切ない。教会から、椅子や祭壇などを全て取り払ったらこうなるだろう、と思われるような空間だ。
アレクは部屋の中へ一歩踏み出した。その時、大理石の床が鈍く光った。
「なっ……!」
思わず後ずさるアレクだがもう遅い。大理石に描かれていた魔方陣が光り、部屋全体が蒼白い光に覆われる。
「皆の者、光をまともに見るでないぞ!」
後ろからハルフォード元帥の声が飛び、兵士たちは慌てて目をかばった。
やがて強い光が収まり、アレクと兵たちが目をあけると、先程まではいなかった金髪の女が一人……いつもは一つにまとめた髪を下ろした、ダーリング家の使用人、セリアが立っていた。
「お待ちしておりました、アレクサンダー・ベルクール様。わが主の城へようこそ。」
セリアは優雅に一礼する。
「君も、白の魔王に仕える魔物だったのか。」
アレクは剣を構えながら、やはりそうかと内心思っていた。公爵家で初めて出会ったとき、全く気配を感じさせずにいつの間にかルークに付いて商談に参加していた時から、只者ではないと感じていた。
アレクの問に、セリアは肯定も否定もせずに、言葉を続ける。
「しかし残念でした、ベルクール様。主人はあなたお一人に来ていただくようお願いしたはずですが、まさかこれほどの大所帯でいらっしゃるなんて。案外臆病でいらっしゃいますのね。」
「なんだと!」
「まあ良いでしょう。ともかく、ここから先は、聖剣の英雄以外は通すな、という主の命令です。兵士の皆さんはご無事なうちにどうぞお引き取りください。邪魔するならば、私は容赦いたしません。」
挑発的なセリアの言葉に兵士たちは色めきたった。剣や銃などそれぞれの武器を構える。
「待てセリア!落ち着いて話し合わないか!」
ハルフォード元帥が急いで列の最前列へと向かいながら叫ぶ。
「ハルフォード元帥閣下……。」
「セリア、君とは闘いたくない。手をひいてくれんかの。」
「お優しいお言葉ですね元帥閣下。しかし、その言葉そのままお返しいたします。どうか兵を引いて下さいませんか。無駄な殺生を避けたいのは私も一緒です。」
セリアの淡々とした言葉に兵士たちは怒りをぶつけた。
「ふざけるな!」
「非力な少女を殺しておいて、よくもそんなことが言えるな!」
「少女を殺した?なんのことです?」
「とぼけてんじゃねえ!」
ダン、と鈍い音が響いた。銃兵の一人が、セリアに向かって発砲したのだ。
「馬鹿者!」
ハルフォードが振り向いて叱責するが。
「……なるほど、確かに最新式の銃のようですね。」
セリアは何事もなかったように落ち着き払っている。胸の前で左手を握りしめていた。
「といっても、私や主には無意味な攻撃です。」
セリアが左手を開くと、鉛の弾丸が手の中にあった。彼女はその弾丸を指でつまむと、少し力を込めて、その弾丸を粉々にした。
唖然とする兵たちの目の前で、粉々になった弾丸をセリアは払い落とした。
「そこまで戦いたいと言うのなら、仕方ありませんね……。」
セリアは右手に握っていた、金色のヘアピンを上へと向ける。
白い霧のようなものが、そのヘアピンにむかってどんどんと集まっていって、ヘアピンとセリアを包む。
霧型の瘴気だとアレクは気づくも、どうすることもできない。
霧に覆われたヘアピンは、金色の長剣へと姿を変えた。霧に覆われたセリアの黒いドレスは、黒い鎧へと姿を変え、頭部を覆っていた霧も彼女を守る防具へと姿を変える。
セリアの足は、人間のそれから、鎧に覆われた鳥の脚へと変形した。
そして、霧に覆われた彼女の背中からは、金色の鳥のような翼が現れた。ただ、それは右側からのみの翼、片翼だった。
鳥人のようなその姿に、人々は恐怖の声をあげる。
「烏合の衆は消え去りなさい。」
セリアの剣の切っ先から、無数の光が放出される。それらは矢印のように姿を変えたかと思うと、みるみるうちに無数の剣へと姿を変えた。
「この剣に耐えられないようならおかえりなさい。」
セリアが金色の剣を振り下ろすと、生まれた無数の剣はアレクの後ろにいる兵士たち目掛けて、弾丸のような速さで飛び出していった。
「うわあああああ!」
「逃げろおおおおおお!」
螺旋階段にいた兵士たちは逃げ場がなく、皆大慌てで階段を駆け下りていった。剣が飛んでいくと、観音開の扉が閉じられていく。
が、ハルフォードと、隊の中にいたオットーは身をかがめて飛んでくる剣を交わしながら走って前進し、鉄の扉の中へと滑り込んだ。
「お見事です、元帥閣下、オットー殿。」
セリアは素直に賞賛の声をあげる。
「ですが、ここからの闘いには手出し無用です。さあ、かかって来なさい聖剣の英雄よ!」
「望むところだ!」
アレクは聖剣を抱えて突進していく。
セリアは向かってくるアレクに対して、空中で剣を作り出し、アレクに向かって投げ飛ばしていく。アレクは降り注ぐ剣の攻撃をかわし、あるいは聖剣で払いのけながら突進していく。
オットーは、セリアに悟られぬよう、気配を決して援護射撃を試みる。が、セリアの飛ばした剣がオットーの右手めがけて飛んできて、彼の手の甲を傷つける。
「手出しするなと言ったはずですよ。」
セリアはアレクの方を見据えたまま、オットーに言う。オットーは諦め、若い主人の闘いをただ見ることしかできなかった。
オットーの心配をよそに、アレクは華麗に身をかわしながらセリアの元へと突進していく。
剣の一つが、アレクの右肩に命中した。鮮血がアレクの肩から吹き出した。
「アレク様!」
オットーが、思わず叫ぶが。
アレクの傷は、黒い皮膚のようなものに覆われて、たちまち塞がれた。アレクは何事もなかったかのように、そのままセリア目掛けて走っていく。
(なんだ……?今アレク様の傷を覆ったものは?)
「な、何?」
セリアにも予想外だったようで、一瞬たじろいだ。
その隙をついて、アレクはセリアに飛びかかり、刃を彼女目掛けて振り下ろした。
セリアは金色の剣でその刃を受け止めた。キイン、と、金属音が響く。
セリアはアレクサンダーの剣をさばきながら考えていた。
(剣に輝きが感じられない……おかしい……なにか、変……。)
「死ね!この化物が!」
アレクサンダーが剣でセリアの胸めがけて剣を突いた。
その剣…“聖剣”であるはずの剣から、どす黒い、邪悪な瘴気が放出されたように、セリアには見えた。