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魔王とプリンセス  作者: 藤ともみ
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1-3 剣士アレク

 しかし、いくら走っても目は覚めない。

…いや、やっぱりこれは現実なんだ。夢じゃ…ないんだ。

ああ、最近お祈りを真剣にしていなかったから…魔物なんていないってバカにしていたから…ばちがあたったんだ…。

「あっ…きゃあああ!」

手をつないでいたサラがつまずいた。…いや、後ろから来た青いドロドロに足首を捉えられてしまった。

「サラ!」

慌てて手を引っ張るけど、青いドロドロは足からどんどんサラの体に絡みついてくる。

そして青いドロドロをまとった狼…いや、魔物が牙を向いて唸りながらこちらにじりじりと近づいてくる…怖いよ…どうしようどうしよう…!

「アーニャ!手を離して!アーニャだけでも逃げて!」

サラが叫ぶけどいやだ!!まだ死にたくないけど!!サラも置いていけない!

「誰か助けてえええ!」

サラの手を引っ張りながら叫んで森の入口を振り返るけど、前方の足元も青いドロドロに侵食されていた。

ああ…もうだめなんだ…。

涙が溢れてきて、ぎゅっと目をつむった。足にも力が入らなくなって、その場に座り込んでしまう。

その時、後ろからパアンと大きな音が鳴り響き、前方にドサリと何かが倒れる音がした。かすかに焦げ臭い臭いがする。

何が起こったのかわからず、おそるおそる目を開けて、音のした方を振り向くと、茂みの中に細長い鉄の棒のようなものを構えた、口と顎にヒゲを蓄えている屈強な体躯の男性がいた。鉄の棒からは煙が立ち上っている。

あの鉄の棒は…本でしか見たことがないけど、銃だ…。

私の目の前には銃弾を打ち込まれた魔物が一匹、転がって倒れている。仲間たちはそれに驚いたのか、こちらをにらみながらもじりじりと後ずさっていく。魔物が後ずさっていくのにしたがって、サラに絡みついていた青いドロドロが少し後方へと下がっていく。青いドロドロを払って、這いながら私の方へ近寄るサラを引っ張って抱き寄せて、背中を抱きしめた。

「サラ!大丈夫だった!?」

「うん…!ごめんアーニャ、ありがとう…」

「危ないところでしたね。でも、もう大丈夫ですよ。」

 凛とした男の人の声がかかって、私とサラは声の方へと振り返った。

銃を構えた男の人の後ろから、私たちと同じくらいの年であろう青年が現れた。

この辺りでは見たことがないような人だ。背がすらりと高くて、輝く金髪に、エメラルドのような綺麗な緑色の瞳をしている。銀色の鎧に赤いマントを羽織って、右手には剣を、左手には銀色に光る盾を構えている。幼いころ読んだ絵本に登場した王子様がそのまま絵本から飛び出してきたようだった。

「お怪我はありませんか?」

白い手袋に包まれた右手で、その人は腰が抜けている私をひっぱりあげて立たせてくれた。

引っ張り上げられてその人の顔に一瞬近づく。本当に、絵本に出てきた王子様みたいに、綺麗で惚れ惚れするような美しい顔だった。

 しかしそれも一瞬のことで、王子様は銃をもった中年の男性…おそらく家来の人なんだろう…に私をあずけて、続いてサラを助け起こす。

「そちらのお嬢さんは魔物の瘴気にあてられたようですが…立てますか?」

「は、はい…ありがとうございます!」

サラも私と同じように引っ張り上げられ、そして一瞬、王子様の姿に見とれたのが傍目からわかった。そして私と同様に、家来の人へとあずけられる。家来の人も、私たち二人を自分の背中へと匿ってくれた。

「“青の魔王”の使い魔か?なんでこんなところに…」

「アレク様、ご用心くださいませ。“青の魔王”の使い魔は主同様容赦がありませんからな。」

王子様…アレク様の独り言に、ヒゲをはやした男性が銃を構えながら警告をする。青の魔王?聖書で聞いたことがあるような…

「はは…今まで容赦無しじゃない魔王なんて、いたこと無かっただろう?」

綺麗な顔の青年は、不敵な笑みを浮かべると、剣と盾を構えて青い魔物の群れの中へと単身突っ込んでいった。

 アレク様は剣を持ちながら踊るように立ち回って、次々と襲いかかる魔物を華麗に斬っていく。銃をもつ家来の人は、アレク様の死角に回り込んで不意打ちをかけようとする魔物を正確に銃で打ち抜いていく。魔物からは赤い血のかわりに、黒い液体がほとばしった。

すごいことに、二人は声を掛け合ってもいないのに、魔物は俊敏な動きでアレク様に襲い掛かり、また、アレク様もすごい速さで動いて魔物を切り裂いていくのに、銃はまったく誤射することなく狙い通りにアレク様の後ろに回り込む魔物だけを打ち抜いていく。

いや、アレク様のような剣さばきも見たことがない。その立ち振る舞い、剣さばきは華麗で、遠くから見ている私とサラは思わず見とれてしまった。アレク様もこの家来の人も、常人の動きではない。

そして、とうとう最後の一匹を、アレク様が下から切り上げて、浮き上がった体を男性が銃で狙い撃ちして、魔物たちは全滅した。辺りは魔物から出た黒い液体でいっぱいになったけど、青いドロドロはすっかり消えていた。

 アレク様は魔物がすっかり居なくなってしまった後も、少しだけキョロキョロと辺りを見回して、何かを探しているようだった。

 しかし、目的のものが見つけられなかったのか、諦めたような目をした。でもそれも一瞬のことで、私たちの方に向き直ると、笑顔で私たちに話しかけてくれた。

「お二人とも、大丈夫ですか?」

「え、ええ。どうもありがとうございます…あの、あなたは?」

「僕は旅の剣士で、名前はアレクサンダー・ベルクール。アレクと呼んでいただいて構いません。こちらは私の忠実なる部下で、オットーと言います。」

 銃を抱えたオットーさん…髭を生やして、体も筋肉質で、ワイルドな容貌の大男が丁寧に頭を下げる。見た目は荒々しそうだけど、丁寧な人なんだろう。

「アレクさんにオットーさん、ですか……助けてくれてありがとうございました。あの生き物たちは一体…」

「おや、あれに襲われたのは初めてでしたか?…あれは、魔王の使い魔ですよ。おそらく、北に住む“青の魔王”ブラウの使い魔でしょう。どうしてこんな所に現れたのかはわかりませんが…」

「魔王……本当に、魔王っていたんですね…。」

「あんなの見たの初めてで…すごく怖かったです…。」

「おや、魔王にも出会ったことがありませんでしたか……この街は魔王に襲われたことがないのですか?ならばここの国王は実に優秀だ。」

 アレク様は心底驚いたように、エメラルドの瞳を丸くする。なんとかアレク様とお話したくて、私は声をあげた。

「あ、でも聖書では聞いたことあるんです。魔王は、神様たちがお守りになっている世界の隙間をついて、魔物を放ったり邪悪な魔法を使ったりして、人々に災いをもたらす存在って…。」

「そう。聖書でそのように伝えられていますね。そして、魔王にはそれぞれ色に基づいた呼び名があり、中でも“白の魔王”ブランと、“黒の魔王”シュバルツが強大な力を持っていると言われています。…いや、このような話を女性にお聞かせするのはいけませんね。」

オットーさんの方を見てアレク様が慌てたように言葉を濁す。私たちは気がつかなかったけど、オットーさんがしきりに目配せして注意していたんだろうと思った。

「で、でも…!私たちを襲ったものが一体何なのか、ちゃんと知りたいです私…」

サラが声をあげた。そうだ、サラはさっき私と違って直に魔物に触られたんだ。正体がわからないときっと気持ちが悪いだろう。

「うむ、そうですね…長い話になりそうですから、御宅にお送りしながら参りましょう。」

「えっ!?え、ええと…大丈夫ですよ?」

「え!?いいんですか!?お、お願いします!」

遠慮するサラと対照的に、積極的にお願いする私。恋のチャンスは待ったなしなのよサラ。

「ふふ、どうぞ遠慮なさらずに…ええと、お名前は…」

「あっ…サラ・ダーリングです。」

「私は、アーニャ・ハルフォードです。」

「お二人とも、御宅はどちらにあるのです?」

「私は近いんですけどサラは…」

「かなり遠くて……」

「それならばなおのこと、お送りさせてください。魔王が出なくとも夜の一人歩きは禁物ですよ。オットー、馬の準備を。」

「はっ、すでにこちらに。」

私たちが話している間に、オットーさんはいつの間にか馬を二頭連れてきていた。い、いつのまに…本当に如才無い人だ。

「我々が愛用している軍馬ですがご勘弁ください。さ、肩にお掴まりになって、どうぞお乗りください。」

オットーさん、アレク様に手伝ってもらいながら、私は黒い馬、サラは白い馬にまたがった。


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