3-4 姫と騎士
アレクはサラが腰をおろせそうな大きな石を見つけると、自分の上着をサラに着せたり、背中をさすったりした。
その甲斐あってか、サラの顔には赤みが戻り、かなり落ち着いてきたようである。
「ありがとうございます、アレクさん……私、いつも助けてもらってばっかりですね。」
「いえ、魔王の手から人々を救うことが、僕の役目ですから。」
「でも……今回はまた運がよかっただけで、いつ死んでもおかしくないんですよね、私……。」
サラの背中をさするアレクの手が止まる。
「……ええ、僕も貴方を必ず守ると、お約束はできません。今回もたまたま通りかかっただけですから。」
「……アレクさん、あれって……もしかして”白の魔王”なんですか……?」
彼は一瞬、迷ったような素振りを見せたが、こくんと頷いた。
「あの白い魔物たちは確かに“白の魔王”のモノです。しかし、使い魔だけで、まだ運が良かった。」
「……え……?」
「奴は、本気で殺そうとしたら自ら剣を持って向かってやってきます。使い魔など使わずに、魔剣の力だけで街一つを吹き飛ばし、大勢の人々を殺す……奴にはそれだけの力と残酷さがある。」
「わたし……白い髪の人、見ました。あれが魔王じゃないんですか?」
「え?それは……どんな様子でしたか?」
アレクは驚いた顔をする。彼には、見えていなかったようだ。
「真っ白な髪に真っ白なマントと服を着て、紅い瞳でこっちを睨んでいました。……眼があっただけで、寒気がして。」
「そう、でしたか……いや、それなら何故襲ってこなかったんだ……。」
「アレクさんが居てくれたからじゃないでしょうか?」
「いや、奴から見れば僕などほんのヒヨッコです。殺そうと思えばすぐ殺せたはずだ…。」
「…そんなとんでもないモノと……アレクさんは戦うんですか?」
「はい。でも私にはオットーはじめ多くの部下がいてくれます。だから、僕のことは心配しなくていいんですよ。それより……ご自分の心配をなさってください、サラさん。」
「やっぱり……武器、もったほうが良いんですよね?」
「……でも、あなたのお兄様は反対なさるでしょうね。」
そうだ、たぶん兄は反対するだろう、とサラは思う。しかし、もしまたあんなめに遭ったとしたら……。
「……先ほどあの教会で話したように、僕は皆さんが自分や家族を守れるようにと、銃を売っています。それは、サラさんもわかってくださいますよね?」
「はい。」
「しかし、使い方を誤れば、人を傷つける凶器になることもまた事実です。軽々しく、手にしていいシロモノじゃない。だから、あなたのお兄様がおっしゃることは非常にご最もなんですよ。……平和な時には、ですが。」
「私は…小さいころからずっと、兄に守られてばっかりでした。兄は、その……私の将来のことをいつもすごく心配しているんです。強い男と結婚しなきゃだめだ、っていつも言っていて。」
まさか兄が夜毎に花婿候補を探しているらしいとは言えないが。
「私は、戦争や魔王の襲来なんてもう起こるわけないから、強さにこだわらなくてもって言いました。でも兄は……私を守ってくれるような、強い男じゃないとダメだって、いつも可笑しいくらいに頑固で。」
サラが思うに、ルークは、平和がもろいことを恐らく誰よりも早くわかっていた。だから、兄は戦うことは乱暴だからダメだ、という理想論を持っているわけではなく、強い男が戦うべきで、一般人は武器を取るべきではないと、考えているのだと思う。
「兄は、私を守ってくれる人が必要だって言ってくれました。でも、私やっぱりそれだけじゃダメなんですよね…やっぱり、自分の身を守るくらいは、出来なきゃいけないですよね。」
「ぼくとしては、そう思っていただけたほうが嬉しいですね。」
「…アレクさんが武器を教会で見せてくれたとき、ちょっと怖いと思ったけど、でも銃があれば私でも魔物と戦えるかも、ってちょっと思いました。でも、銃を見たときの、あんな兄の様子を見て……他にも、友達の尊敬する人で、一般人が銃を持つことに反対する人もいるらしくて。もう何が正しいのかわからなくなっちゃって。」
「サラさん…」
「私、無力だから、……だから魔王に付け入れられるんでしょうか……。」
「……うーん、そうですね……」
少し、顎に手を当てて考えるアレク。それからふとサラを見て、おもむろに口を開く。
「サラさんは恋をしたことはありますか?」
「はい?」
突然の発言に、固まるサラ。
「……その様子だと、本当に無いんですね。勿体ないなあ……お兄さんの教育が厳しかったんでしょうねぇ。」
そう言って、くくくとおかしそうに笑うアレク。
「えーと、もしかして、私のことからかってます?」
「ああ、申し訳ない。そんなつもりではなかったんですが…。」
なんとか笑いを抑えて、アレクが真面目そうに話し出した。
「一般的に、魔王は無垢な少女を好むモノなんです。若く清らかな少女の肉体と魂をエネルギーにして、魔王たちは邪悪な魔力をいっそう増幅させることができるようです。ですから、あなたのような年頃で、恋もしらない女性というのは、非常に狙われやすいんです。」
「そう、なんですか……」
なんだか釈然としない表情のサラだが、取り敢えずは素直に受け取る。
「なんにせよ、サラさん、あなたが狙われやすいのは事実のようです。今日は銃を差し上げるわけにもいかないでしょうから……よかったらこれをお持ちください。」
そう言ってアレクは自分の首元のチェーンを取り外して、ペンダントをサラの手に載せた。小さいが、神聖な魔力を持つ白い石が十字架の中心に嵌め込まれている。二頭のライオンが十字架を取り囲むような姿で描かれている。
「十字架を取り囲むライオンのエンブレム……これは、ザガイア帝国の紋章です。これに魔力のある石をはめ込みました。銃のように攻撃はできませんが、魔除け程度には普通のロザリオよりも役に立つと思いますよ。」
「え!でもこれ大事なものなんじゃ……!いただけません!」
「私には強い武器もありますから、大丈夫ですよ。」
「でも、そういうことじゃなくて……アレクさんの古里のものなんでしょう?わたしがいただくわけには…」
「なら、こうしましょう?サラさんが自分の身を守れるほどの力をつけるか、その前に僕が魔王を倒したら、そのペンダントは返していただきます。それまで、あなたに預かっていただきたい。」
アレクは笑って、サラにペンダントを握らせる。
「仰る通り、これは僕にとって大事なモノです。だから闘いの最中に傷ついたらどうしようと、実は気にしていたんですよ。サラさんに預かっていただければ安心だ。心置きなく戦えそうです。だから……僕が魔王を倒すまでに、あなたは決して死んではいけない。ちゃんと、僕にこれを返してください。」
「アレクさん……わかりました。私なんかでよかったら、責任を持ってお預かりします。」
サラもアレクに対して、にっこりと微笑んだ。




