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魔王とプリンセス  作者: 藤ともみ
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1-0 サラの朝

 昨日までの荒れ模様が嘘のように、青空が広がる気持ちのいい朝だった。

 私は暖かいベッドの上で目を覚まし、大きく伸びをした。

 黒い巻髪を丁寧にとかしていると、自分の髪からかすかに花の香りがした。

 こんこん、とノックが聞こえたので、返事をすると、兄の秘書であるセリアが部屋に入ってきた。

「おはようございます、サラお嬢様。昨日はよくお休みになれましたか?」

「ああ、おはようセリア。ええ。よく眠れたわよ」

時計を見ると、7時ちょうど。セリアは毎日毎日正確な時刻に私を迎えに来る。

「それは何よりです。朝食の準備ももう整っておりますよ。」

「はあい。……あ、ねえセリア。昨日も誰か来たの?」

「え…、ええ。まあ……」

 セリアの曖昧な返事は、この場合は肯定を表している、というのは長年の付き合いでよくわかっている。 ああ、またやったのね、兄さん…

 私は学校の制服であるワンピースに着替え、階段を降りた。いつものように平和的な朝だ。

「おはようございます。兄さん」

「ん、おはよう。」

 テーブルには既に、兄がついていて、優雅にコーヒーをすすっていた。

 まっすぐな黒髪を紅いリボンで束ね、白いシャツに黒いベストを着ている。兄の青い瞳は今日の空の色に似ていて、ああ綺麗だなと思った。

 今日の朝ごはんは目玉焼きか。マルコが作ってくれる料理はいつも美味しい。

「ところで…、昨日も誰か来たの?」

「おお、よくわかったな。」

「起きたとき、髪から花の香りがしたから。ねえ、私まだお嫁にいく気ないんだけど。」

「何を言っているんだ。嫁入りは早ければ早いほどいいのだ。」

 兄は、私のお婿さんを探すために、たまに夜に私を花で覆われたベッドに移して、男の人の品定めをしているらしい。

 自分が知らないうちに知らない男の人に寝顔を晒しているなんて初めて知った時にはさすがに怒ったけど、すっかり慣れてしまった。でも、一般的な感覚とは明らかにずれていておかしい、というのはわかる。それを訴えてなんどもやめさせようとしたけど、兄は一向に聞く耳をもたない。兄は私に男性が不埒なことを働かないようにいつも見守っているというけれども、そういう問題じゃない気がする。兄いわく、うちは由緒ある貴族の血をひいているから、変わったお見合いの方式をとっているとのことだけど、変なものは変だ。

「昨日は嵐だったのに、それでもくる人がいるの?」

「行くのに大変な状況の方が、男の方も来る甲斐があるというものだ。まあ昨日の奴はダメだったので途中で返したがな。」

「ふーん、せめて会わせるだけでもしてくれたらいいのに。」

「ちゃんとこちらで相応しい相手を見極めたらちゃんと会わせてやるから心配するな。それに…結婚前の貴族の女性がむやみに外の男と会話するものではないぞ。」

 毅然としてコーヒーをすする兄。やっぱり兄は過保護、なのだろうか…。

 でも、実の妹でもない私をここまで大切にしてくれていることには、もちろんとても感謝しているのだ。

子供の頃、昨晩のような嵐の夜に、一人で路頭に迷っていたところを助けてくれたのが兄だった。不思議な話だけれど、路頭に迷う前まで、自分はどうやって暮らしていたのか、両親はどんな人だったのか、そもそも家族はいたのか、全く思い出すことができない。

 兄は、戦争のショックできっと記憶を失ってしまったのだと言った。

 そして、塔のような自分の家へ連れて帰り、お腹を好かせた私にご飯を食べさせ、16歳の今日まで、私を育ててくれたのだ。夜には一歩たりとも外に出られないことと、奇怪なお見合いさえ除けば、兄は何不自由なく私を育ててくれた。

 私が12歳になったころから、兄は急に私の結婚を意識するようになってきた。

 お前は英雄が迎えに来ら、喜んでその男の妻になれと散々言い聞かされてきた。

 たまに夜に私をぐっすり眠らせて、花でいっぱいにしたガラスの棺に運び、私の婿選びをするという奇行…兄に言わせれば伝統らしいが私には奇行にしか見えない……を、するようになった。

 現在私は16歳。兄の気にいる男性は一向に現れないらしく、婿選びのおかしな習慣は今も時々行われる。ちょっとくらい私自身に選ばせてほしいのだけど、兄は頑として聞き入れてくれない。

兄は、私の夫が勇敢な英雄であることを望んでいるらしい。私をしっかり守ってくれるような男でなくてはダメだという。

「でもね兄さん…もう戦争なんてこの街では起こりそうにないし、そこまで屈強な男の人を探さなくてもいいと思うんだけど。それに、兄さんが気に入っても私がその人を好きになれなかったらどうするの。」

「大丈夫だ。必ずお前を幸せにできる男を探し出してみせる。」

 そういうことじゃないんだけどなあ…

 まあ、変な婿選びさえ除けば、本当にいい兄なのだ、この人は。

「お嬢様、そろそろお時間ですよ。」

セリアが声をかけてきた。もう7時半だ。始業時間は8時45分だけど、私の家は学校からかなり遠いので、この時間にはもう家をでなくてはならない。そういえば以前、もっと学校に通いやすいところに引っ越そうと兄を促したこともあったけど、断られたっけ。

 私はコーヒーを飲みほして、カバンを持って外へ飛び出す。

「いって参りまーす!」

爽やかで青い空。変な婿選びのことは取り敢えず忘れよう。いい一日になりそうだ。


 

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