2-8 アレクサンダーの告白
アーク公爵は驚いて声も出せないでいた。ルークも眼を見張って固まっている。
そんな中、先程からずっと黙って主の側に控えていたセリアが、冷静な様子で口を開いた。
「ザガイア帝国と言うと…かつて、新教を奉じて、圧倒的な軍事力で北の国から南へと領土を広げたが、8年前、オルフェリア王国との戦争中に、敵国ともども全てを白の魔王によって滅ぼされたというあの帝国でございますね。」
「…ザガイア帝国の領土だった広大な北の大地には、今は青の魔王ブラウが住みつき、もう人間はほとんど住んでいないそうだな。」
アーク公爵がセリアの後をうけて言葉を続ける。それにアレクは毅然として応えた。
「お二人のおっしゃる通りです。8年前…僕はまだ子どもでしたが、まさか自分の国が魔王に滅ぼされるなんて、思ってもいませんでした。」
かつて、世界の宗教はたった一つであった。……大いなる“神”が存在し、この美しい世界を作った。その神に敵対する存在が、“魔王”と呼ばれる存在とその眷属であり、人々は神に帰依することにより、魔王らの脅威から守られる、というものである。
“帰依”というのは、毎日神に祈りを捧げること、聖職者を仲介に、神の御告や訓戒をいただき、それに従う事をさしていた。要するに、生活上の制約は、特に制限されることは無かったのである。
ところがあるとき、もっと人間は神に対して謙虚になるべきだ、という神の御告を聞いた、と訴える宗教家が北の大地にあらわれた。その宗教家が言うには、毎日神に祈りを捧げるだけで良い、というのでは、人々の神に対する信仰心が薄くなる恐れがある、ひいては魔王の被害が大きくなる恐れがある、と神はのたまったとその宗教家は訴えた。しかし、一般の人々全てに厳しい戒律を課すのは難しかろうから、聖職者に戒律を課す、と神は告げたというのである。
例えば、聖職者は神に仕える者として清らかであるべきだから、肉食することや妻帯することは相応しくない、とか、魔王の脅威に対して、いざとなれば人間代表として聖職者が武器をとって戦うべきだ、といったことを唱えたのである。また、聖職者として神に使えれば、死後に最大の幸福が得られるだろうとも唱えた。
この宗教家の預言に対して、不思議にも対立するものや疑う者は現れず、続々と賛同者が現れた。北の大地で生まれた、新しい教義はやがて“新教”と呼ばれるようになった。
それから、信者を増やした教団は一気に力を付け、やがて、北の大地に自分たちの国家を築き上げ、名前をザガイア神聖帝国、とした。ただし、新教を唱えた宗教家自身は、政治の表舞台には一切かかわらず、政治能力のある弟子に全てを任せていた。
しばらくは北の広大な大地で力を保っていた帝国であるが、アレクが生まれる少し前、およそ二〇年前から、他国の領地へ“聖戦”と称して侵略行為を行うようになった。
「今になって思えば、帝国の侵略は横暴で、非道なものだったことは否めません。だから、正直、フェトラ公国に来るのは、少し怖かった…オルフェリア王国と親交の厚かったお国でしたからね。」
「いや……もう昔のことだよ、アレク殿。それに戦争の時、あなたはまだ十歳の子供だった。誰も貴方を恨んでなどいない。」
「公爵……ありがとうございます。」
「……うむ、白の魔王によって被害に遭った、という点では、オルフェリアもザガイアも同じだからな……。」
「僕は今でもあの光景を忘れることができません。…白い髪を振乱した化物が、一心不乱に剣をふるって、次々と人々を斬り殺していった、あのおぞましい光景を。」
アレクは脳裏に、あの時の光景を思い浮かべていた。




