2-5 留守番 サラ・ダーリング
「え?兄さんもセリアもいないの?」
「はい、二人とも公爵家のパーティーに行かれましたよ。今夜は遅くなるかもしれない、とのことでござんした。」
家に帰ると、セリアではなく料理人のマルコが迎えに出てくれた。二人とも今夜は、フェトラ公国の国主である、アーク公爵家のパーティーに招待されているらしい。そういえば、アーニャも早く帰っていったっけ。アーニャのおじいさまがかつて公爵家に長年仕えていた忠臣だったそうで、公爵家には何かと気にかけてもらっているらしい。アーニャはパーティーに呼ばれるのはめんどくさがっていたけど、でも……
「いいなあ。私も一回でいいから行ってみたいなあ。」
「疲れるだけで何もいいこと無いって旦那様は仰ってますがね。今夜の集まりは公爵のお呼びで仕方なくってことでございますから。」
マルコは、地方の出身なのか、どこか訛りのある独特な話し方で応える。いつもは厨房にいることが多くてあまり話す機械が無いけれど、たまに話すとおもしろい。
「それでも憧れちゃうけどなあ…綺麗なドレス着て、美味しいもの食べて、いろんな人とお話しして…」
「おや、あっしのつくる料理にご不満がございますか?」
マルコがふっと寂しそうな視線をこちらに向けてくる。
「えっ?ち、違うよ!マルコの料理は美味しいわよ!」
「そうでしたか。良うござんした。」
マルコは大きなお腹をゆらしながら快活に笑った。
「今日はお嬢さんの為にあっしも特別な料理をこしらえますから、期待していてくだせえ。必ずや公爵家の料理人に負けない料理を用意してみせます。」
「うん、ありがとうマルコ。」
兄さんと、セリアが出かけて、マルコも厨房にかかりきり、となると……馬車の御者はもちろんいないし、あとは給仕やら掃除やらをしてくれるメイドさんが5人いるばかり。そのうち二人は兄さんとセリアに付き添ったとのことだ。残るは三人だけど、この三人は夕食の給仕が始まるまではだいたい自分の部屋で休んでいる。
つまり、今夜は自由に動ける貴重な夜、ということになる!
「おっと、外に出ちゃあならんですよ。もしものことがあったらあっしが旦那様に叱られます。」
心を見透かされたのか、マルコに注意をされた。
「こんなチャンスめったに無いのに~…ねえマルコお願い、マルコには迷惑が掛からないようにするから!」
「ダメです。旦那様が怒ったらおっかないことは、お嬢さんも、よおくわかってらっしゃるでしょう?それに、夜は本当に危険なんでございますよ?また魔王の手下に襲われるようなことがあったら、あっしは…」
「ご、ごめんなさい。わかったよ…」
確かに、また魔物に襲われるようなことになったらイヤだ。魔物は闇を好むから夜に積極的に活動するって、アレクさんも今日言っていたし…。
「外には出ないから安心して。」
「お嬢さんがいい子であっしは果報者でございますよ。」
マルコが安心したように、ため息をついて、腕まくりをしながら厨房に向かっていった。
そんなマルコの姿を横目に、私は3階にある部屋に戻ってカバンを置くと…すぐに部屋のドアを開けた。
外に出られないなら、せめて家の中を探検してみよう。
一階は皆が集まる大広間、客間、浴室、メイドさんの二人部屋。二階には兄さんの寝室と書斎、セリアの部屋。そして三階には私の部屋と、メイドさんの二人部屋、そのほか空部屋兼物置がふた部屋ほどある。
家の外観は塔のように細長いのだけど、実は自分の部屋より上の階に登ったことがない。兄さんやセリアもほとんど使っていないと言うので、今まであまり気にしたことがなかったけど、どんな風になっているのか、ちょっと見ておこうと思った。夕方になって中が少し薄暗くなってきたので、一応ランタンを持っていく。
部屋を出て右手にある扉から、石の螺旋階段が伸びる所に出る。
階段の壁には等間隔で燭台が備えつけてあるけど、誰が置いたんだろう、なんだかセンス悪いものばかり飾ってあるなあと思った。猛獣や鬼なんかが口をくわっと開いた表情をデザインした燭台ばっかりで、はっきり言って気持ち悪い。
階段をしばらく登っているけど、なかなか部屋のある場所に着かない。それどころか窓も見えないし、自分の家なのになんだかだんだん怖くなってきた。何もないと言っても、てっきり物置くらいしか無い、って意味かと思っていたのに、本当に部屋そのものが無い。
どこかにドアは無いのかな……。
息があがってきたところで、観音開きの大きな扉が目の前に立ちふさがった。鉄製の、頑丈そうな扉だ。
そこには、綺麗な内装が施された部屋が広がっていた。部屋の真ん中に、ちょうど人が一人入れそうなガラスのケースが置いてある。近づいて中身を見てみると、中には紅色のビロードでできたベッドのようなものが敷かれている。
蓋を外してみると、花の香りが中から漂ってきた。自分の髪につく匂いと同じものだ。
え…兄さん…いつも私をここまで運んでるの?ていうか花婿候補の男の人っていつもこんなところまで登ってくるの?え?え?
混乱しそうになって、ふとガラスケースの置いてある床を見てみると、切り込みが入っているのがわかった。よくよく見てみると、切り込みはガラスケースを囲むように、円状に入っている。
ああこれは……もしかしたら、舞台装置の仕掛けと同じような構造なのかも。きっと、下から何かしらの操作をして、ガラスケースを上下に移動できるような工夫がされているんだろうと予想がついた。……あれ?これひょっとして私の部屋と直接つながっているのか?なんて手間のかかる事をしているんだろうか……
それにしても、ここの部屋の内装は、階段の悪趣味なものとは違ってすごく良い。礼拝堂みたいに釣鐘状の部屋で、天井には小さめのシャンデリアが飾られている。この部屋には窓もあって、円形の窓は黒いふちどりがされていた。壁には金の…さすがにメッキだよねこれは…額縁にはめこまれた絵画もいくつか飾られている。ただ一つだけダメだしするとしたら、照明の明かりが蒼白いことだろうか。なんていうか、温かみが感じられる部屋じゃない。
壁に備えられた窓から、何気なく外を眺めてみた。
窓から見える光景は予想以上の展望で、足がすくみそうになった。真下には、家を取り囲む樹木が植わっているのが小さく見えて、遠くには、学校やお店のある街が一望できる。更に遠くには、今夜パーティーが開かれている公爵家のお城がそびえたっているのが見えた。
うわっこんなに高い所にあるんだ、ここ……。
壁に飾った絵を見ながら歩いてみる。飾られている絵はどれも油絵の風景画で、とっても上手だ。冷たい部屋の内装とは対照的に、この絵からはなんだか絵を描いた人の温かみが感じられるみたいだ。一体誰が描いたんだろう。
壁伝いに歩いていると、ある壁に小さな切り込みがあるのを見つけた。また何か仕掛けがあるのだろうか?
少しその壁を押してみると、すっと向こう側に開いた。回転扉だ。
隠されていた部屋を覗いてみると、中はあまり広くなく、何か板のようなものが無造作にたくさn押し込められているのがわかる。窓や明かりは無く、このまま扉を閉めたら真っ暗になってしまうだろう。
ランタンに明かりを灯して、後ろ手で扉を閉めた。ランタンをかかげて近づいて見ると、そこには無数のキャンバスが納められているのがわかった。見たところ、壁に飾ってある絵と同じタッチだ。
そこに描かれているものは様々だった。壁には風景画ばかり飾りつけてあったけど、ここには動物の絵や人の肖像画なんかもしまわれている。描かれている人は老若男女様々だったけど、どれもみんな暖かい笑顔を浮かべている。
壁の絵に比べてこっちの方が劣っている、ということは決して無い。むしろ、こっちの方が個人的には生き生きとしていて好きだと感じる。どうしてこんなに粗末に扱われているんだろう…。
無造作に置かれたキャンバスの中で、一枚だけ、丁寧に布がかけてある絵を見つけた。
この一枚だけが大切にしまわれているのか…一体どんな絵なんだろう…。
好奇心に駆られて、保護用の布をそっとはがしてみる。ペリペリと布をめくってみると、そこには、見たことがない女の人の肖像画が飾ってあった。
栗色の髪を肩に垂らした、青い瞳の綺麗な女性だ。普段着だったのだろう、白いブラウスを着てこちらに微笑みかけている。とっても、穏やかで優しい微笑みだ。
……なぜだろう、絶対にそんなこと、あるわけないのに……。なんだか、とても懐かしい顔だ。
目頭に、どういうわけか熱いものがこみ上げてくる。
「あれ……私、なんで泣いて……。」
自分でもどうしようもないくらいに、涙が溢れてくる。どうしてだか、全然わからない。ただ、悲しくて泣いているんじゃないことは、自分でわかる。私……この人の絵を見られて嬉しいの?どうして?
どうしようもなく溢れる涙をなんとか袖で拭って、私はもう一度絵に向き直った。この女性が誰なのか、知りたい。どこかに、なんでもいい、手掛かりはないだろうか……。
よくよく見てみると、絵の右下に、何かうっすらと文字が書いてあるのが見えた。眼を凝らして文字を読み取る。
「愛するライラへ贈る」
そう、絵には書かれていた。
ライラ…?ライラときいて思い浮かぶ人物はたった一人しかいない。ライラ・メリーノ……女学校の創設者だ。でも、なんで一枚も残っていないと言われているメリーノ女史の肖像画がこんなところに?
そして、私はそのメッセージの側に書いてある、更に薄い文字で書かれた何かを見つけた。ランタンの薄暗い明かりではどうにも読み取れない。
回転扉を開けて先程の部屋に戻ると、その文字を確認する。
そこには、L・Mと書いてあった。これは……イニシャル?この絵を書いた人のイニシャルだろうか。
「一体、何がどうなってるの……?」
呆然として、思わず独り言を漏らすと、自分の声が思いの外部屋に響きわたった。
「やあ、何をそんなに困っているのかな?」
突然、背後から声がして、私は驚いて後ろを振り返った。
いつのまに窓が開いていたのか、窓枠に少年が腰掛けている。青い服をきた、青い髪の少年…まだ子供だ。その子供がこちらに向かってにっこりと微笑んでいる。
「だ…誰!?というかどこから入ってきたの!?」
「おやおや、お兄さんから聞いてないの?僕、お兄さんのオトモダチだよ。」
「き、聞いてない……。」
思わず後ずさる。なんだろう、なんだかこの子……怖い。微笑みが怖い。
「そんなに怖がらなくたっていいじゃないか。失礼しちゃうなあ。」
「……あなた、一体何ものなの…?人間、じゃないの……?」
青い髪はもちろん、いつの間にか部屋に現れて、街を展望できる塔の最上階の窓枠に腰掛けているなんて、人間ができることじゃないと思った。
「おや、ご明察だね。確かに僕は人間とは違う生き物さ。…やっぱり髪の色くらい変えればよかったかなあ。」
「あなた……魔物?私を襲いに来たの?」
もしかして、“青い魔王”の魔物なの……?やだ、誰か……
「おっと、勘違いしないでほしいなあ。僕は君をどうこうするつもりはないよ。」
少年はひらひらと手を降ってみせた。
「君、何か重要な秘密を握ってしまったようだね。」
言われて、慌てて持っていた肖像画を後ろに隠す。もう遅いことはわかっているんだけど…
「しかし、それは君のお兄さんや使用人たちに相談できそうにない…違うかい?もし僕でよかったら、君の相談に乗ってあげてもいいよ?」
「だ…誰が魔物なんかにお願いするもんですか…」
「お?ただの箱入り娘かと思ってたけどなかなか言うじゃない。…ま、そのうち気が向いたら、いつでも力になってあげるよ。僕は君の知らないお兄さんのことをたくさん知っているんだ。」
じゃ、今日は心を開いてくれそうにないから、このへんで失礼するよ。
そういうと、青い髪の少年は、窓から外へ飛び降りた。
はっとして少年が飛び降りた窓の下を見ると、そこに少年の姿は無く、代わりに青い大きな鳥が、月光に翼を照らしながら雄大に飛んでいるのが見えた。
ば……化物……。
私は腰をぬかして、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。




