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魔王とプリンセス  作者: 藤ともみ
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2-3 苦手な男 オードリー・メイプル

ルーク・ダーリングという男はどうも苦手だ。

 容姿端麗で、教養深く、社交界の憧れの的でありながら、非常に付き合いが悪い。お世辞も冗談も通じない堅物で、なんだか一緒にいるだけで息苦しい。確かに美しい顔をしてはいるが、どうして若い女性たちの多くはこの男に夢中なのだろう、とメイプル校長は内心うんざりしながら目の前の紳士を見つめた。

 二週間前の放課後、学校の隣の森林で生徒が魔物に襲われる事件が発生したため、その森林をどうするか、ということで校長のメイプルは市長室に招かれていた。せっかく隣の森林を伐採して新しい校舎を建てようとしていたのに、事件のせいで計画は白紙である。

 そうした、ただでさえ頭を抱えるような事案なのに、市長室にはなぜか自分の苦手なダーリング氏が居て、メイプルは非常に不快だった。しかし、心のうちではそう思っていても、経営者としてメイプル女史は温和な笑顔を絶やさなかった。市長もいることだし、かなりの財力を持っているというダーリング氏に悪い印象を抱かれるのも厄介である。

「それで、学校の隣の森のことなんですがね…」

後頭部までつるりと禿げ上がった頭部の汗をハンカチで拭きながら市長が切り出した。

「もう何年も魔物に襲われる事案も発生していなかったので、大丈夫だろうと思っていたのですが…事件が発生した以上、こちらも警戒を強めざるを得ない訳でありましてね……。」

 弱々しそうに発言する男には、まるで貫禄が無い。眼鏡越しに不安気な小さい瞳がこちらをちらりと見るのを見逃さずに、メイプルは市長の眼を見据え、意見を述べた。

「市長。わたくしとしては早く危険な森を焼き払って広々とした新校舎を建てたいのですが。」

「そんなことをしたら、魔王の怒りを買うだけです。おとなしく、様子を見るのがよろしいでしょう。」

 予想通り、ダーリング氏が口を出してきた。彼は元々、あの森林を伐採することにずっと反対の立場をとってきた人間である。

「ダーリングさん・・・森を放っておいて、また人が襲われるようなことになったらどうするんです?現在は立ち入り禁止の看板を市で立てていただいていますけど、いつまでも立ち入り禁止にしておくわけにも参りませんわ。」

「危険性が認められるなら、ずっと立ち入り禁止にしておけば良い。ここは下手に動かない方が。」

 内心、この男は魔物の被害が出て喜んでいるんじゃなかろうかと思う。格別貴重なわけではないあの森を、どういうわけかダーリング氏は守ろうとしていた。一応、公共の所有物ということで法律的には市長に話を通せば済む問題だったのだが、ダーリング氏が反対するので彼の合意を取るためにメイプルは随分苦労したのである。

「ダーリングさん……あなたの自然環境を大切にしようというお気持ちはご立派ですが、人的被害のことを考えますと、危険は早く取り除かなくてはならないと思いますわ。わたくしは校長として、生徒を守る責任がございますの。」

「人的被害を考えればこそ、森を焼き払ったりして、魔王を刺激するほうがまずいと言っているんです。人の命が自然よりも尊いなんて私だって思っていませんよ。何より、襲われたのは私の妹ですよ。学校側でももう少し森林に入るとき警戒するよう学生たちに指導していただきたかったものだ。」

 この男が自分に向ける言葉にはいちいちトゲがあるように感じる。しかし学校に対する多額の資金をダーリング氏から寄付されている事情があるゆえ、メイプル校長は微笑みを崩してはならなかった。しかし、二人を包む空気は氷のように冷たい。

「まあまあお二人とも!」

不穏な空気を感じた市長が声をあげた。顔には情けない笑顔を浮かべて二人を交互に見比べている。まるで道化のようである。

「取り敢えず、今のところは様子を見ることにしましょう。公国も応援の兵士を派遣してくださるそうなので、警戒をし、安全が確認できましたら立ち入り禁止を解除するということで…」

「…まあ、仕方ありませんわね。市長の提案通りでよろしゅうございますわ。」

「…私もそれで結構です。」

 市長は、ホッとしたようにため息をつくと、メイドを呼び寄せてお茶を出すように指示した。

 メイドが茶の準備に下がってしまうと、またしても重い沈黙が流れる。

一番最初に口を開いたのは、メイプルだった。

「今回のことは別にして…ダーリングさんはどうしてあの森にこだわっていらっしゃるんですの?」

「メイプル先生、もうそのお話は…」

「いいえ、こだわっているわけではありません。ただ、あの森の奥にあるタマユリソウの群生地を取り払ってしまっては惜しい。だから最終的にはタマユリソウの群生地より手前を伐採範囲とすることで我々も合意したではありませんか。」

「タマユリソウ…確かにかわいらしい花だとは思いますけれど、そんなに貴重なものでもないでしょう?昔は薬草としての効能も重宝されてきましたが、今ではもっと病気に効く薬が外国でたさん開発され、安く買えるご時世ですのに。」

「……確かに、外国の薬は劇的に病気をなおす力があります。でも、昔からの薬草の煎じ薬をまだ信じている人々もたくさんいる。その人たちにとって、タマユリソウの群生地がなくなってしまうということは、とても不安なことではありませんか。」

 淡々とした様子で民衆の気持ちを代弁するようなことを言っても、まるっきり説得力がないとメイプルは思った。また、自分がこの男が苦手なのは、いつも淡々と無表情で、とらえどころがないからなのだと改めて思う。

 それでも、取り敢えずお世辞で、ダーリングさんはお優しいのですねと言ってみたが反応は無かった。

 気まずい沈黙が流れそうになったところで、メイドが湯気の立ち上るティーカップ3つと、クッキーの盛り合わせを盆に乗せてやってきた。

 市長は自らの紅茶にミルクと砂糖をたっぷり入れてかき混ぜながら、場を和ませるために話し始めた。

「ところで……魔物から少女たちを守ってくださった、アレクサンダー・ベルクールという青年に、メイプル先生はお会いになりましたかな?」

「いいえ、まだですわ。学校にいらしたのはその方の部下という、無骨なお人でございました。」

「そうでしたか。ダーリング殿はお会いしたんでしたね。彼はたいしたものでしょう。」

 市長はなぜか、まるで自分のことのように誇らしげに言う。

「市長はどんな青年だとお思いになりましたか?」

逆に、ダーリングが尋ねた。

「いや、素晴らしい青年だと思いますよ。弱冠18歳という若い年齢で、よくあれほどの兵団をまとめあげているものです。また、自分のことではなく、いつも周りの部下や、初めて会うこの街の人々を気にかけてくれています。彼が心底願っているのは、多くの民の平安であると、そのために魔王を倒す聖剣を手に入れたいと…彼のような人のことを聖人というのでしょうなあ。彼なら本当に神話に伝えられている聖剣を携え、この世界を救うかもしれません。」

 甘い紅茶をすすりながら、市長は何気なく、ぽつりとつぶやいた。

「もしもメリーノ女史が男だったら、あんな青年になっていたのでしょうかねえ…」




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