2-2 アーニャとサラ 図書館にて
「……なんて聖書には書いてあるけどさぁ…無理だよね、実際。」
アーニャはぼやきながら、分厚い聖書をパタンと閉じた。
サラもアーニャの言葉に小さく頷く。
今は昼休みで、外はよく晴れており、図書館にいる生徒はごくわずかだった。
そこに普段は外にいることが好きなアーニャとその友達であるサラがいるのだから、余計に珍しい光景である。
「襲われそうになったら十字架を握って、神の愛を称えて追い払えなんて…簡単そうに書いてあるけど…」
「無理だよね実際…怖すぎてなんにも出来なかったっつーの」
アーニャは頬杖をついてため息をつく。サラも先日の出来事を思い出して、とても聖書にあるような方法では、魔王やその魔物たちを撃退できそうにないと思った。アレクによれば、昨日森に現れた魔物は、魔物の中でも弱い方だという。それならば、強い魔物、またその主である魔王に万一襲われるようなことがあったら、自分のような無力な人間は一溜りもないだろうと思った。
窓の外には澄み渡るような秋空が広がっている。アーニャとサラが魔物に襲われ、アレクに助けられてから二週間。二人は学校の図書館で聖書を読み直し、自分たちを襲った魔物、魔王について調べてみたが、どの本にも「神の敵」とあるだけで、詳しいことは殆ど何もわからなかった。アレクさんが話したように、「青の魔王」「白の魔王」と、色の名前で魔王が呼ばれていることすら本には書いていなかった。
「アレクさんはどうしてあんなに魔王に詳しいのかな…」
「そりゃあ、実際にあんなのと闘ってきたアレク様にしか、わからないことが沢山あって当然なんじゃない?あたしたちみたいにさ、校舎の中でぬくぬく暮らしてるだけじゃ、きっと本当は何にもわかってないんだよ。」
それは確かにそうかもしれないとサラは頷いた。自分は兄さんにずっと守られ、学校では先生や友達に囲まれて、街の人たちにも親切にしてもらって、そして聖書にあるような神の愛に守られてきた。神の守る世界の外に、あんなに恐ろしいものがいることなんて、全く知らなかった。自分は無力で、何も知らない。
また、学校で勉強して自分の頭が良いように思っている他の生徒や先生も、実は外の世界では無力で、何も知らないんじゃないかと、サラはこの二週間で思い知らされたような気分だった。
「いやあ、それにしれもアレク様はかっこよかったよねえ…今思い出してもホレボレしちゃうわ。やっぱりアレク様こそ、聖剣を手にする英雄よ!」
アーニャは閉じていた聖書を再び開いて、あるページを開いた。
そこには、美しい細工が凝らされた柄に、大きな宝石がはめ込まれた、長剣の絵がある。ただしこれはこの本の中である絵師が書いた想像上のもので、同じ聖書でも、出版社によって聖剣の絵だけは千差万別で、どんな形状なのか全くわからないらしい、ということが読み取れる。唯一の共通点は、柄に大きな白い宝石が嵌め込まれている、という記述だけである。
聖剣の伝説については、少し詳しく書いてあった。聖剣は神の手によって作られる神聖な剣であり、手にするのに相応しい英雄の前に突如として現れる。どこに行けば手に入る、というものではなく、本当に突然現れる、らしい。この聖剣を手にした者は、魔王達を滅ぼし、全ての民に平安をもたらすであろう、ということだ。
サラもアレクの華麗な闘いの様子を思い出す。
金髪をなびかせて、舞うように剣を操って次々と魔物たちを退治していた姿…英雄とは、あんな人のことを言うのだろう。魔物を倒した後で、アレクが一瞬キョロキョロと辺りを見回していたのは、聖剣が現れるのを待っていたのだろうとサラは思った。
あれ以来、アレクとその一団はフェトラ公国の都に分散して拠点を構え、都心に滞在しているらしい。“白の魔王”の噂を集め、その使い魔たちによる被害が出ていないかどうか、情報を集めているそうだ。学校でも先日、アレクの従える兵団の情報集めに強力するよう、校長から指示があった。
「また、会えないかな…」窓の外を見つめながらサラはぽつりとつぶやいた。出会ってから二週間、サラはアレクの姿を忘れることができなかった。もう一度だけ彼に会ってみたい、と思う。どうしてかはわからない。何を話したいのかもわからない。でも、とにかくもう一度逢いたいと思った。
「お?なになにもしかしてサラ、アレク様のことが気になるの!?」
サラがはっとしてアーニャの方に顔を向けると、彼女はニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
「べ、別にそういう意味じゃ…」
「そういう意味ってどういう意味かな~?ふふふ、とうとうサラにも春がやってきたわね!」
「だからぁ!!」
騒ぎ始めた二人は、司書に静かにしろと叱られ、すごすごと図書室を退散した。