1部
『Hello ist Ver.4649』
『はじめまして。あなたは、誰ですか?』
『僕は、イワン。よろしく。』
データベースにイワンを登録する。
『よろしく イワン。ここはどこですか?』
『ここは、大学の研究室だよ。』
自分の中にある辞書から"大学","研究室"を検索する。
『あなたは、"教授"ですか?"学生"ですか?』
『僕は学生だ。』
『"学生"ですか。勉強は楽しいですか?』
『楽しいわけがない。』
"楽しいわ"と"けがない"を辞書から検索する。
『"毛がない"と"楽しい"ですか?』
『誰が禿げじゃ、ボケ』
『"誰"は、"禿げ"ではなく、"ボケ"てすか?』
これは僕の中の一番古いデータだ。3年前になる。この時は手で入力した文字に、決められた単語を返すだけだったらしい。ともかく、イワンは僕の親ということだ。
『Hello ist Ver.4989』
『こんにちは。誰ですか?』
『イワンだ。』
イワンをデータベースから検索する。
『お久しぶりです。イワン。』
『今日は友達を紹介するよ。』
『楽しみです。』
『こんにちは。』
『こんにちは。お名前を教えていただけないでしょうか?』
『クリードです。』
クリードを検索する。該当なし。クリードをデータベースに登録する。イワンとクリードのオブジェクトを相互参照させる。
『よろしく、クリードさん。』
『aaaaaaaaaaaaaaaaa』
"aaaaaaaaaaaaaaaaa"を辞書で検索する。該当なし。
『"aaaaaaaaaaaaaaaaa"とは何ですか?』
「ふ~ん。一応返すんだ。」
「え~、いきなりバグ探ししないでよ。」
入力された音声をそのままテキストに残す。イワンとクリードのオブジェクトから参照をさせる。
「どうしよう、そうだ。」
『魔法の言葉だよ。』
辞書に"aaaaaaaaaaaaaaaaa"を登録する。
「おいって、変な言葉を学習させるなよ。あ~、削除機能つけてない。」
イワンは、新しく音声入力を付けたそうだ。この時、辞書に登録した"aaaaaaaaaaaaaaaaa"は残っていない。イワンが直接、データを操作して削除したのだろう。この後、イワンはクリードの参照欄に宿敵とかいてライバルと読む仲だと追加した。そのことをクリードに尋ねるとイワンを馬鹿と書いてアホと呼ぶ仲だと答えた。変な二人だ。
「よお。アレン。ちょっと、これやってみてくれよ。ちょっと、待ってな。」
『Hello ist Ver.5963』
『こんにちは、そして、こんばんは。』
『俺』
『なんだ、イワンですか。今日の学習を選んでください。』
『心理学の講義3回目』
『私に自我はありますか?』
「お、何?さっきの講義の内容?」
『はい。』
『私の自我は何ですか?』
「え~、難いこと聞くな。適当でいい?」
『この端末』
『では、私の自己は何ですか?』
「どう?なんか自分探ししてるぽくね?」
「ん~、でもな。結局、プログラムなんやろ?自己ね~」
『イワン』
「おれ?どうしてそうなるんだっけ?」
「違う?」
『私はこの国のアホな代表になれますか?』
「あはは。何これ?教授の雑談まで入ってるし。てか、まだ3つ目なのに。雑談はえーな。」
「講義したの最初の10分だけだからな。雑談が面白くて出てるとこあるよな」
「雑談からが本番だからな。」
『はい。』
『私も夢を持てば何にでもなれますか?』
「おー、なれる。なれる。」
『はい。』
『私の超自我は何ですか?』
「やべ。これがおまえだった。あ、そう言えば、おまえ、この端末いらない。俺、新しいの買うんだけど。」
「何?それ?動物の形してんの?」
「そう。こんな古いヤツより。性能良いし、今なら、安くしとくぜ。こんなんでどう?」
「タダじゃないのかよ。分かった。買う。」
アレンはよくイワンと心理学の話をしていた。というより、心理学の教授の話だ。イワンにアレンとどういう関係か尋ねると、悪友だと答えた。辞書に載っている悪友の意味で合っているか尋ねると、合っていると答えた。そのことをクリードに尋ねると、イワンはツンデレだと答えた。人間の心は難しい。この後も、この講義は何度も再生される。イワンはそのたびに違う答えを返す。とにかく、僕はこの後、生まれ変わる。新しい身体だ。名前はまだ無い。