第7話 正直非現実的すぎるだろ
相変わらず空気は重たいままだ。
奴はずっと喋らないし、俺のモヤモヤも晴れん。
だが、正直俺は腹を立てている。
マジで奴の行動が矛盾しすぎてワケがわからん。
お前は一体、何しにきたんだよ。
「すまない、君の疑問は尤もだな。その質問には私が答えよう」
俺は突然何処からともなく男性の声を聞き取った。
空耳にしてははっきり聞こえた。
だが、辺りを見回しても部屋にいるのは奴と俺だけだ。
親父もこんな若い声じゃないし、俺の家には俺と親父以外に男はいない。
外から聞こえたにしてもはっきりと聞こえすぎている……何だこの声は?
「私はクロックス所属の『フェイズ・アーケネイター』、階級は大佐だ」
「クロックス……んなっ!?」
俺は声の正体を聞かされて思わず仰天した。
さっき奴が話してた組織の人間じゃねぇか。
しかも大佐だって? 大佐って確かかなり偉いんじゃなかったっけ。
なんだってそいつの声が俺の頭の中に聞こえてくるんだ?
「今は彼女の端末を通じて君の頭に直接声を送っている。
彼女には気づかれないようになるべく普通にしていてくれ。
ちなみに君達の会話は彼女の端末から聞かせてもらってはいるが、
決して私の声には反応しないで頂きたい。」
よくわからんが、テレパシーみたいなもんか?
もうかなりリアクションしちまったし今更じゃないのか。
とにかく俺はこの大佐ってやつの話に耳を傾けりゃいいんだな。
「彼女の言っていることには嘘偽りはない。
君を殺すことが任務であり、この過去の世界にやってきた理由だ。
だが、現時点での君を殺すことは決して目的の一つとして入っていない」
まぁ奴もそこらへんのことは言っていた、俺も別に疑っていたわけではない。
問題は、その先か。
「詳しい事を君に告げることは残念ながらできない。
それは今の君に大きな影響を与えてしまう危険があるからね。
例えば、過去の人間に「君は三日後に死ぬ」と告げたらどうだい?
その三日間のうちに大犯罪を起こしてしまうかもしれないだろう。
それと似たような理由で教えることはできないんだよ」
結局俺が何で命を狙われているか教えてもらえないのかよ。
この大佐何のために出てきたのか理解に苦しむな。
ってことは少なくとも俺は…
『今の時点』では無害ってことなんだろうな、こいつの言い方から察するに。
「彼女は確かに君を殺しに過去の世界に来た。
でも、それ以外にももう一つ目的がしっかりとあるんだよ」
「……それは?」
俺は思わず声を出してしまった。
ハッとして俺は口を塞いだが、奴は不思議そうな顔で俺を眺めるだけだった。
バレてないか?
しかしあいつずっと黙ったままだな。
俺がさっきイライラして床を力任せに殴ったっきり、奴は一言も喋ってはいない。
この無言のプレッシャーがヒシヒシと伝わっているのだろう。
実際はこの大佐さんとやらの声に傾けているだけなのだが。
「彼女は、君を殺すと同時に君を『守り』に来たんだ。
そう、君を狙うもう一人の『刺客』と対峙する為にね」
もう一人の刺客……?
奴以外にも俺の命を狙ってる奴がいるってことなのか?
いや、でもそれはおかしいだろ。
だって奴は俺を殺すっていってるんだぞ。
それなのに俺を『守る』って…一体どういうことだ?
「君が疑問に思うのも無理はない。 何故彼女がもう一つの理由を明かさないのか。
何故殺す相手を『守る』必要があるのか?
勿論それは、先程言った通り君に教えることのできない事態の一つである。
コレを教えてしまったら……本当に『君』を殺さなくてはいけなくなる可能性が高まるからね」
なんだよ……わけわかんねぇよ。
ますます混乱するばかりじゃねぇか。
とにかく俺は二人から命を狙われていて、奴はそのもう一人から俺を守るために俺をころ……す?
ダメだ、全く理解できない。
頭がどうにかなりそうだ。
なぁ、お前が出てきたせいで話が余計こんがらがっちまったじゃねぇか。
どう責任とってくれんだよ。
俺は頭を更に悩めるばかりか、更にイライラ感が増した。
「私が提供できる情報はここまでだ。 後は自分の目で確かめてほしい。
君ならきっと、自分の運命に立ち向かえるはずだ」
何だよ、何だ俺の運命って。
元はと言えばお前らが俺に手を出さなければこんな事態になってなかったんだろ。
運命とかそんな言葉で綺麗に片付けてんじゃねぇよ。
お前らの力でその運命とやらは上手く操作できるんだろうが。
時間の管理をしてるってことは、逆にお前らの思惑で過去を動かせるって事なんじゃないか?
何だか俺はクロックスって奴が好きになれそうにねぇな。
「あまり長期間通信していると彼女に気づかれるのではな、私はここで失礼するよ」
プツンッ――
テレビの電源が消えるような音がすると、既に大佐とやらの声は聞こえなくなっていた。
ムシャクシャする……結局何がしたかったんだろうな、と言ってやりたかった。
俺は今怒りを抑えるので精一杯だった。
「ねぇ、君…大丈夫?」
「……ん、ああ……悪い。ちと考え事してた」
気づけば右手は出血していた。
俺はあの大佐とやらの話を聞きながらも何度か無意識に拳を振るっていたようだ。
今頃になって痛みに気づいた。
奴は消毒液とガーゼを手にし、心配そうに俺と目を合わせていた。
俺は無言で手を差し出した。
すると奴は何も言わずに俺の手を治療してくれた。
消毒液がちょっと染みたけど、何だか温もりが伝わってくるのだけはわかった。
それにしても、未来にいながらもこの手のものって進歩しないんだな。
一瞬で傷を治したりとかできるもんだと思っていたぜ。
こんな優しい奴が、俺を殺す……ねぇ。
「なぁ、お前どうしたいんだ?」
「え?」
長い間沈黙が続いていた中、俺は一言そう言った。
奴は驚きを隠せずに目を点にさせていた。
「俺は正直よくわかんねぇよ。 何時殺されてもおかしくねぇ状況だし……
でもお前は何だか曖昧な事しか教えてくれねーし」
「ごめんね、いえ……ないの、まだ」
奴はやっぱり俺に理由を教えてくれなかった。
そしてさっきの大佐とやらが言っていたもう一つの理由についても。
聞いても……いいのだろうか。
だが、『彼女に気づかれないように』といっていた辺り、黙っておけということだろう。
「そうか……俺はいつ俺を殺すかわからねぇやつとわけがわからないまま
一緒に過ごさねぇといけねぇわけだな」
俺の表情は疲れきっていた。
ため息交じりでそんな事を呟くと、奴は顔を俯かせた。
「私ね、ここにいたい…かな」
「ん、まぁそりゃ俺の命を狙うなら――」
「違う……よ、私もっと君や君の家族の人と話していたい。
た、確かに君の事を監視しやすかったりそういった理由もないわけじゃないけれど……」
奴は何時にも増して強く言い切っていた。
何だろうか、何処か悲しげな目が俺の心に突き刺さる。
「ほ、本当だよ? 君の両親凄くいい人だったし、君とももっとお話をしたいだけ。
ごめんね、時が来るまでは絶対に何もしない……だから、ほんのちょっとだけここにいさせてほしいの」
奴は切羽詰った表情で俺にそう訴えかけた。
確かに奴はそんな気なさそうだし、嘘をつかないやつだってのもわかった。
大佐ってやつの話も真実だとしたら…どんな理由であれ、俺の護衛をしなけりゃならないからな。
だが、そういった理由で言っているようには俺は聞こえなかった。
正直こんなこと言われた後に『はいそうですね仲良くしましょうか』って言える奴がいるわけがない。
いるとしたらよほど人を信頼するバカか何も考えていないバカのどちらかだ。
ま、こんなあぶねーやつは、さっさと追い出して俺は日常を取り戻すのが一番だろ。
当然俺が出す結論ってのはな――
「いやいや、信じられるわけねぇだろっ!
どーせ俺の寝込みを狙って襲うつもりなんだろこの悪魔っ!!」
「あ、悪魔じゃないもんっ! ほ、本当に何もしないよっ!」
とりあえず、答えは出た。
俺がこいつをどうするべきなのか。
「うるせえっ! 大体何処で寝るつもりなんだよ、布団1枚しかねぇんだぞっ!」
「じゃ、じゃあ君と一緒の布団がいいっ! 暖かそうだしっ!」
いつの間にか、俺と奴のテンションは戻っていた。
何があの空気をぶち壊したんだ。 俺か、俺が悪いのか?
「いやいやいやいやそれは問題大有りだろうがっ! 大体そういって俺が寝静まったところに
…グサッ!!ってやるつもりだろっ!」
「じゃ、じゃあこの縄で縛って! 私が朝まで何もできないようにっ!」
そういって奴はまた何処からともなく、この時代にもありそうな縄を取り出した。
いや、だから何でそうやって変なもんまた持ち出すんだこいつは。
「はいっ!」
両手で縄を握り、奴は真剣な眼差しで俺の目の前に差し出した。
当然俺は困惑したまま、縄には触れずにいた。
「……えっと、なるべく優しく縛ってね」
そしたら奴は目を背けて顔を紅潮させながら何か言いやがった。
おい、一体どんな縛り方想像したんだこいつは。
「顔赤くしてんじゃねぇよっ! お前が自分で縛れっ!」
「できないもんっ! だから君にお願いしているのっ!」
また不毛な争いが始まってしまったぞ。
夕方のパターンを考えると強烈に嫌な予感がする。
「とりあえずその縄どっかしまえっ!」
「やーっ! 待って待って心の準備がぁぁっ~~~」
「だーっ! そうじゃねぇっ!!」
俺は咄嗟にその縄を取り上げようと、奴から縄を奪おうとした。
「何騒いでいるんだ、邦彦っ!」
バタンッ!
夜、俺達が騒がしかったのか親父はドアを強く開けて俺の部屋に侵入してきた。
やっべ騒ぎすぎたか……と思い俺は周りを冷静に確認してみた。
今俺の両手には奴が取り出した縄が一つ。
で、ちょっと争っていたもんだから服装を乱して倒れている奴の姿が目の前。
何か丁度俺が押し倒しているような形になってる。
「……」
「……」
親父と俺の目が合った。
何か冷たい目線が突き刺さる。
奴は何が起きたのかわかっておらず、辺りをキョロキョロ伺っていた。
今日何度目の沈黙だよ。
勘弁してくれ……俺は心の中で嘆いた。
「すまん、邦彦……お前がそんなものに目覚めていたとはな……椿君とゆっくりな」
「んなっ!? ちょっとまて親父――」
俺は素っ頓狂な声を上げて、親父の誤解を解こうと引きとめようとした。
だが、親父は静かに部屋を立ち去っていってしまった。
最悪だ……この状況だ、親父が勘違いするのも無理はねーけどさ。
それでも俺は何だかやるせなかった。
「吃驚したね……お父さん怒ってたよ?」
「いや、お前のせいでややこしくなったぞ……
なぁ、今の記憶って外部記憶媒体ってのに記録されんのか?」
「私に関すること以外はしっかり残るよ?」
「よしわかった、綺麗さっぱり消えてくれることを信じるぞ」
何か引っかかる言い方だが、完全に記憶に残らないことがわかって俺はちょっと安心した。
「……ねぇ、君」
「ん、何だよ」
奴は改まって俺の目の前で正座をした。
一方俺は胡坐をかいたまま奴と目を合わせるだけだった。
何処か吹っ切れたような清々しい表情をしてやがる、もっともそれは俺も同じだが。
「いいかな? 私、ここにいて」
「いいんじゃねーの、まだ俺を殺さないっつーんなら」
「……本当に?」
「何度も言わせるなよ、確かに殺されるかも知れないっつーのはあるけどさ。
今のお前見てるとそんな気まるでなさそうに見えるし……追い出すわけにもいかねーしな」
よほど人を信じすぎているバカか、何も考えていないバカか……俺はそのどちらなんだろうな。
何でこんな奴を同居すること、許しちまうんだろうな。
自分の気持ちがまるで理解できやしねぇ。
奴のことが気になるってのも理由としてはある。
逆に奴を目の届く場所に置かないと俺が不安すぎるってのもあるかもしれねぇ。
だが、そんな感情抜きにしても……
奴の『悲しそうな表情』を見過ごせなかった。
あいつ、俺に『だから、ほんのちょっとだけここにいさせてほしいの』って訴えたとき……
今までに見せたことのない顔してやがった。
食事のときの演技とは比べ物にならないほど、俺にはその表情の重みが圧し掛かったんだ。
本当、モテない男ってのは可愛い女の頼みに弱いよな。
例えそれが俺を殺すかもしれない女だとしても、
あの顔一つで許しちまうなんて…男はバカな生き物だ。
だが、バカでいい。俺は女を泣かす真似だけはしたくねぇ。
「信じてくれてありがとうね、よろしく邦彦♪」
奴は飛びっきりの笑顔で俺にお礼を言った。
よせよ、そんな顔されると恥ずかしいだろ。
俺は別にそこまで感謝されることをしたつもりはないってのに。
「あーこっちもよくわからんけど宜しく……なんだっけ、黒……」
「もう…名前ぐらい覚えてよ。 『黒柳 椿』だよ、椿って呼んでね?」
「な、なんでいきなり名前なんだよ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし。それにさっきはちゃんとそう呼んでくれたよ?」
「……わぁーったよ、よろしくな椿」
「うんうん、よろしくっ!」
やはり名前で呼ぶのは抵抗がいるが…こいつが作った記憶に合わせるためにも仕方ない。
まぁ一人っ子だった俺にとっては丁度いい遊び相手ができてよかった、とでも思えば救われるかもな。
……で、何がよろしくなんだろうな。
これから俺、どうすりゃいいんだ?
「じゃ、風呂はいってくる」
そんな疑問を抱きながら、俺は風呂へと向かった。
「私も――」
「ダメに決まってんだろうが俺の後にしろっ!!」
間髪いれずに俺は叫んだ。
ああ、こんな日常がしばらく続くのか。
文字通り命を懸けた生活を送ることになっちまった。
どういうわけは実感がなく、緊張感もないけどな。
多分、あまりに現実離れしすぎた話だからだろう。
人間ある程度の領域まで達すると、驚くほど冷静になったり
色々な事がどーでもよくなったりする、それと同じだ。
本当、俺の身に何も起きなければいいんだが。
こうして俺は1日を終えるのであった。




