第6話 誰のせいだと思ってやがんだ
俺が質問してから時が止まっていたかのように場が凍った。
そっぽ向いていた奴も顔をハッとさせた俺と目を合わせた。
するとどういうワケか奴は困惑した表情となり、
目を泳がせて、辺りをキョロキョロしたりと急に挙動不審となった。
そんなの関係ないね、さっさとこいつに洗いざらい吐いてもらうぞ。
「……うん、嘘じゃない。 でも、でもね」
「なら、ちょっと腑に落ちねぇ点があるんだけどさ」
奴はまだ全て言葉を言い切ってはいなかったが、俺は気にせずにぶった切った。
今の俺は目的が事実であるかどうかの確認が取りたかっただけだ。
だけど、やっぱり目的が本当だとしても腑に落ちない点があるんだ。
いやそれだけじゃなくて、他にもいっぱいあるんだけどな。
特に気になる点、とでも言えばいいだろう。
ここまで来ちまった以上、ちゃんと答えてもらうからな。
「お前が未来から俺を殺しにやってきた。 ここまではいいんだ。
だけど何でお前は俺にわざわざその事を伝えるんだ?
別に奇襲に失敗したわけでもなければ、最初から殺す素振りも見せていなかった。
俺がお前の立場なら『相手を騙す』か『有無も言わさずさっさと殺す』かのどちらかしか有り得ない」
これが違和感の一つだ。
例えば俺が殺しの命令を受けたとしよう、ターゲットはこの際奴と仮定するか。
これから俺の部屋に来る奴を殺せ、といった命令を受けてたとする。
俺だったら相手のことを知る前に殺す、迷いが生じる前にな。
下手に相手のことを知ると感情移入しちまうし、
結局は任務を遂行できなくなる危険性が強まるわけだ。
それは人間誰にでも有り得る可能性だろう。
だけど奴はそんなことしなかった。
俺を殺すとか言いながら普通に接してきて何故か家族とまで仲良くなった挙句、
俺の家に泊り込もうとしやがった。
狙いは何だ?
俺を油断させる為なのか?
「うーんとね……あれは未来の世界に決まり事なの。」
「決まり事?」
「例えばね、君の時代から遡って歴史上の重要な人物を連れ帰っちゃったりするとするよね、
そうするとその世界の歴史は変わってしまう。」
「あ、ああ……」
何だか突然ぶっ飛んだ話になっちまったが、俺は何とか理解しようとした。
奴の表情、さっきとは打って変わって強張っている。
ようやくその気になって俺に説明してくれるようになったということだ。
ならば俺も脳を切り替えて何とかこいつの話についていくまでだ。
「未来の世界……私が来た時代だけど、そこでは過去から現代までの時間軸の管理を行う
時空管理特務機関、通称『クロックス』と呼ばれる組織があるんだけどね。
私もそこから来た人間なんだ。 そこでは過去で何かしら未来へ影響を及ぼす出来事が
予測される場合に、辻褄合わせをするための処置を施しているの」
「な、何だか凄そうなとこがあるんだな……」
正直スケールがでかすぎて全然ついていけない。
しかも過去から現代までの時間を管理ってどういうことだよ。
つまり未来の人間が、全ての時代を管理しているって言いたいのか?
そんなこと不可能だろ……どんだけぶっ飛んだ話をしているんだ。
まるで俺はSF映画でも見ているような気分に陥った。
しかし、奴の目は真剣そのものだ。
この話も決して嘘じゃないんだろうな。
「その辻褄合わせとして考えられたのが……『未来宣告』という理論なの」
「未来宣告?」
「うん、未来の人間が過去の人間に自分がこの時代に来た目的を告げるの。
そうすることによってまずは、未来の人間が過去の世界にいる意味を得ることができる」
おいおい……なんだよ、意味って。
さっぱりイメージができないが、要は宣言みたいなものか?
「で、過去の人間は自分の時代に未来の人間が来たというのを認識し、
未来の人間が何かしらの手を使って過去へ影響を及ぼそうとしていることを知る。
そうすることによって結果的には未来の状況を維持したまま過去を変えることができるんだよ。」
わからん、正直さっぱりわからん。
いや、奴が言いたいこと自体はよくわかるんだ。
要は過去を変えるために未来からやってきた奴が、未来への影響を及ぼさないように
過去を変えるための手法ってのが未来宣告って奴らしい。
俺がわからないのはその理屈だ。
仮に過去を自由に変えれる力があるとしよう。
で、未来宣告って奴で影響なく過去の世界を変えることができる! とか馬鹿げた話はないだろ。
「だよねー、そう言うと思ったけど大丈夫だよ。 目的はクロックスが全て管理しているし、
過去へ行ける人間もクロックスに承認を得ないといけないんだよ?」
「……ん、あ? あれ、もしかして俺今口に出してたか?」
「うん、バカだとかそんなこと私に言ってた」
いかん、マジで気づかなかった。
俺はちょっと恥ずかしくなり両腕で顔を隠した。
「続き、いいかな?」
「あ、ああ……ちょっと頭痛がしてきたが気にしないでくれ」
「やっぱり過去の人には難しい話だよね、私達の時代だと常識的なことなんだけど」
えへへ、と笑みを見せながら奴はそう言った。
だが、奴からは先程までのはちゃめちゃっぷりは嘘のように消えていた。
「でね、私はちゃんとクロックスから承認をもらってこの世界にやってきたの。
ちなみにこの世界に来ている間は私に行動は全てクロックスに監視されているの。
あ、君は別に監視の対象になってないから大丈夫だよ。」
「監視か、何か嫌な感じだな」
「でもしょうがないもん、時間軸の管理って想像以上に神経使うんだからね」
「わかったわかった」
「で、私は君に未来宣告をした。ここでまたクロックスは宣告内容の審査を行うの。
否認なら強制的に未来へ返され…承認されたなら、私はここに残ったまま」
つまり、奴の目的は『クロックス』も承認しているってことなのか。
おい、待てよ。
それって……。
「なぁ、ひょっとして俺はクロックスって奴らからかなり敵視されているんじゃないの?」
俺はふと疑問に思った。
もし、奴の目的が本当に俺の殺しだとすればそれは同時に『クロックス』っつー組織が
俺を殺すことを承認しているって事になる。
聞いた感じかなり力を持った組織っぽいし、
事実上俺は未来から『死刑宣告』されたようなもんじゃないか?
俺はその真実を確かめたくて、あんな聞き方をした。
「……えっと、ごめんね、機密情報は守らないといけないの」
「目的は話しても理由までは教えられない…ってことか」
それじゃ意味ねぇよ……と、俺は深くため息をついた。
大体なんで俺がこいつに命を狙われなければならないんだ。
というか、そんな奴と同居しなきゃいけねぇのかよ……
本気で笑えないぞ。
「未来宣告は口頭であればどんな形であれ、相手に自分の目的を伝えられれば成立する。
クロックスから承認された途端、私は目的を達成するまで未来へ帰る事は許されない。
未来へ帰るには未来宣告を破棄するか目的を達成するかしないといけないの」
「破棄したらどうなるんだ?」
「破棄をしたら過去の世界へ行く権利を剥奪され、二度と時空間移動を許されなくなるよ」
「あー、わかった。 大体理解できた」
他のわけわからんことはとりあえず置いといて、こいつの目的がはっきりしたのは救いだ。
要約すると奴はこう言いたいわけだ。
『未来から俺を殺す許可を得たけど、俺を殺すまでは未来へ帰れない』と。
色々と聞かされたことでもやもやは晴れていったが、まだまだ不審な点はいくつかある。
ま、下手に騙されるより堂々と宣言されたほうが気持ちがいいや。
実感がわかないせいか、まだ死に対する恐怖ってもんを感じちゃいねぇ。
そもそもこいつが、あんまりやる気があるように感じられないのが原因なのだけど。
「信じてもらえるかわからないけどさ、今は君を殺すなんて事はしない」
「その理由も教えてくれないんだな」
そう、腑に落ちない点はこいつの曖昧な言動だ。
俺を殺すと言っておきながら、こいつは俺を『生かそう』としているように見える。
ここまで説明されて今更俺を『騙す』って事は有り得ないだろう。
どうせ、いつか奴に殺されるのは確実。
ならば、まだ俺が生きているうちに聞きだせることは聞き出したい。
「じゃあ、聞き方を変えようか」
このまま理不尽に殺されるのも嫌だからな。
せめて俺は自分の命が狙われている理由をどうしても知りたかった。
俺が未来に影響を及ぼすようなことをしでかしちまうのか?
未来の人間が俺の一族を恨んでいる為の復讐?
というか時間移動が可能な未来とかどんだけ先なんだ。
数百……いや、数千?
案外近いのかもしれないけど、とにかくそんな先の時代で俺が生きているはずもないしな。
とにかく俺は何としてでも、奴から理由を聞きだしたかった。
「仮に今の俺を殺さないことを信じたとしよう……それ、何でだ?」
「え?」
「いや、仮に俺がこの先とんでもねぇことをしでかしちまうなら放っとけないだろ、未来人としては。
いいのか、俺を拘束とかしないで自由にしていても?」
「う、うーん……そ、それは私が監視するし……」
「お前が監視しているからといって俺の行動が抑止できるのか?
正直俺は何も聞かされていないんだ、何時何処で俺が『お前達』にとって
マイナスな行動にでるかわからないっつってんだよ」
機密事項だから何だかしらねぇが、本人に何も知らせないってのが良い気分じゃねぇ。
だから俺はあえて強気な態度に出てみた。
下手するとこの時点で奴に殺される危険性もあった。
でも実際毎日殺すタイミングってのを計られるんだろ?
冗談じゃねぇよ……何もわからずに死ぬつもりはないね。
「そ、それは……えっと……じょ、上層部からは監視しろって、言われていて……」
奴の言葉は歯切れが悪く、何だかはっきりしない。
これすらも、答えられないと言うのか。
俺は深くため息をついて腰を落とした。
片手で頭を抱えて、このぶつけようのない怒りをどうにかしようと床をドンッと殴りつけた。
奴は肩をビクつかせ、子犬のようにビクビクしながら俺のことを見ていた。
そんな顔すんなよ、誰のせいだと思ってんだ。
俺は自分の置かれた状況に更に混乱するだけだった。




