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未来宣告  作者: 海猫銀介
36/37

第36話 最後は笑おうぜ


翌日、結局ろくに眠れずに深夜までゲームにふけっていた。

頭がすっきりしないまま、体を起こしてふと押入れに目を向ける。

珍しく、戸が開いていた。

あいつのほうが早く起きるなんてな。


寝れなかったんだろうな。

今日の送別会が楽しみすぎて寝れないって理由だったらいいんだが。

……ま、先に未来に帰ってしまっているんじゃないかという不安もあったけど

少なくとも今は椿に関する記憶がはっきりと残っている。

俺の記憶を放置して帰ることはないだろう、とすぐに解消された。


重い体を無理やり起こして、リビングへとゆっくり降りる。

すると元気そうな母さんの声と椿の声が聞こえてきた。


「明日から寂しくなるわねぇ」


「うん、ちょっと寂しいけどこのままお世話になりっぱなしはよくないし」


「なんだかね、椿ちゃんを見ていると自分の娘だと思っちゃうのよ。

不思議よねぇ、確かに昔から邦彦の世話はしてくれていたけど」


俺は足を止めて、二人の会話に耳を傾ける。

明日から親父と母さんは椿のことを綺麗さっぱり忘れてしまう。

それは俺自身もそうだし、京や先輩、先生や野月……学校のクラスメイト達もそうさ。

寂しいよな、自分がいた痕跡が一切消えてしまうってのは。


「私、頑張るからね。 応援してくれる?」


「勿論よ、でもちょっとだけお願い聞いてくれる?」


「なんですか?」


「邦彦ね、口は悪いけど椿ちゃんの事とっても心配していると思うの。

多分、私やお父さんよりもいっぱい椿ちゃんのこと考えてるのよ。

だからね、邦彦を安心させる為にも、時々家に顔をだしてくれる?」


おいおい、母さんからはそんな風に見られてたのか俺は。

まぁ確かにあいつは何をするかわからんし、目を離さないことは多かったけどさ。

しかし、椿……答えにくい、だろうな。


「……何言ってるんですか、私は邦彦の幼馴染なの。 急に顔を出さなくなるなんて事ないんだからね?」


「そ、そうよねーごめんね、椿ちゃん。

何だかもう、椿ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかなってふと思っちゃったのよ」


母さんは、まるで椿の事情を知っているかの如くそう返した。

女のカンって奴だろうか、椿の奴余計な反応しなきゃいいけど。

しかし……その『嘘』はちょっと辛いだろうな。

もう、二度と遭うことはないというのに。


「大丈夫ですよ、おばさん。 もう、心配性なんだからー」


「年取るともう駄目なのよー色々と心配になっちゃって」


やれやれ、俺が余計な心配するまでもないか。

母さんの言うとおりだな、俺はあいつがちょっと心配なのかもしれん。

……この調子なら大丈夫だろ、送別会までは時間はまだあるしもうちょい寝るか。


俺はリビングへは入らずに、そのまま階段へとユーターンした。

部屋に戻ると、部屋からは俺が好きなバンドの曲が流れていた。

あ、しまった。 携帯持ち歩いてなかったな。


俺は急いでベッドに放置していた携帯を手にした。

携帯の着信を確認すると、どうやら京のようだな。


「もしもし、どうした」


「やあ、寝ているところ悪いね」


「ん、いや起きてたぞ」


「3回ぐらいはかけなおしたんだけどなぁ、何かしてたのかい?」


「ちょっとトイレにな、何か用か?」


「うん、ちょっとだけ君の心を覗かせてくれよ」


「相変わらず気持ち悪いぞお前、最近言葉までキモさが滲み出てきているぞ」


言葉使いまでキモくなったら流石に外見だけじゃカバーできないぞ。

お前はあの性癖さえなければ、クールなイケメンなんだからさ。


「ごめんごめん、椿ちゃんが明日未来に帰ると聞いてね」


「明日皆で笑ってお別れ、って話だろ。 当然さ、あいつが笑って未来に帰れるようにがんばらねぇとな」


「そうそう、それでいいとは思うけどね。 ただ、君自身は納得しているのかい?」


「ん、妙なことを聞くな。 しんみり別れたほうがいいって話か?」


「違う違う、このまま椿ちゃんと別れちゃったら二度と逢うことはできないじゃないか。

そこをどう思っているのかなってね」


いきなり電話をよこしたと思ったら、こんな答えにくいことを聞いてきやがって。

だが俺はもう、自分が納得行く答えを出しているんだ。

全く、お前は一体俺の何に期待しているんだよ。


「仕方ないことさ、未来人は未来へ戻る。 俺達は俺達の時代に留まらなければならない。

本来出会わなかった俺達が出会ったことだけでも奇跡だろ?」


「じゃあ君は、納得しているってことかい?」


「どうだかな、受け入れるべき事だろ。 俺達にできるのは、あいつに最高の思い出をプレゼントするだけさ」


「本当に、いいのかい?」


京は、ゆっくりと……俺にもう一度そう問いかけた。

何かを伝えようとしているが、あいつは決して言葉には出さない。

俺も何となく、理解できているかもしれないけどな。

でも、ダメだ。


「……ああ、あいつが笑ってくれるなら、それでいいさ」


「そうか、わかったよ。 なら僕も君に協力しよう、椿ちゃんに最高の思い出をプレゼントしようじゃないか」


わかって、くれたんだよな。

そうさ、未来の俺みたいな過ちを繰り返さない為にも。

あいつを未来に送り返す義務が、現代を生きる俺達にあるのさ。


「当たり前だろ、嫌だとは言わせないぜ」


「君の気持ちが聞けてよかったよ、じゃ、あんまりのんびりし過ぎると遅刻しちゃうからね。 また、後で」


ピッと、電話が切れた。

口ではああは言っていたけれど、京は何処か歯切れが悪かった。

まぁいいさ、後悔だけは……しないつもりだ。


「あれ、邦彦。 起きてたの?」


椿は暢気に自室へと戻ってきた。

あの電話の会話聞かれてないだろうなって思ったけど、あの顔見る限りでは全く聞いてないな。

あいつ隠し事できないタイプだし、すぐ顔に出る。


「それは俺の台詞だろ、お前こそ随分早いじゃないか」


「早くないよ、もうお昼過ぎてるし」


「ん、ちょっと待て」


あれ、今思いっきり7時ぐらいだと思ってたんだが……。

俺は携帯の時計を確認する、よく見たらデジタルの数字は「12:30」を指していた。

マジかよ……確か先輩の家に1時だよな。 のんびりしてらんねーぞ。


「おい椿、支度しろ、さっさと出るぞっ!」


「あれ、邦彦ご飯どうするの?」


「食ってる暇なんかあるかっ! 先輩を待たせるとかあってはならんだろうがっ!!」


「そうだね、じゃ、いこっか♪」


俺はここでふと違和感を覚える。

こいつ普段なら維持でも飯を食おうとダダをこねる奴だと思ったが、今日は違う。


「……お前、ちゃっかり飯すませたな」


「うんっ! とっても美味しかったよ」


畜生、不公平だっ!

何で俺を起こしてくれなかったんだっ!

何でこんな寝覚め悪かったんだよぉぉっ!











例の豪邸へ辿り着くと、例の執事が例の広間へと案内してくれた。

今度は前回とは違って、既に豪勢な料理がたくさん並べられていた。

先輩が言うには専属シェフが用意した特別な料理らしい。


ああ、よかった。 そういや飯用意するって話だったの忘れてたぜ。

既に済ませちまってたら、ここの飯食えずに終わるとこだった。

まぁ、先輩の手料理だったら例え満腹だろうが――って俺死に掛けたんだった。


「遊馬くん、体はもう大丈夫なの?」


「ええ、ちょっとまだ本調子じゃないですけど」


「ならよかったわ、今日は貴方の退院祝いも含めてるんだからね、いっぱい楽しんでね」


くぅ……俺は先輩の優しさに感動して涙を流しそうだ。

退院してからも俺の体を心配してくれるなんて。


「あ、そうそう。 ごめんね、本当は遊馬くんに渡そうと思ってた皆で買った花束があるんだけど

それをね、椿ちゃんに渡そうと思ってるの。 本当は二人分用意できればよかったんだけど……」


「俺のことは気にしないでくださいよ、その花束は椿にこそ必要ですから」


「うふふ、そうね。 ありがとう遊馬くん、そう言ってくれると安心するわ。

今度こっそりケーキぐらいご馳走するからね、ごめんね」


せ、先輩ぃっ!? それはひょっとして喫茶店で二人きりでデートを誘ってっ!?

お、俺待ってますよ、いややばいな、ちょっとこう心の準備をしないと。

そうだな、まずは髪型を整えて……えーっとどうするか、口臭とか大丈夫だろうな。

むしろ万が一のときの為に体をよく洗っておくか、うんそれがいいな。


『またエロヒコはモモコで変な妄想してやがるぞ、あの顔』


「先輩の前で変なこと口走るな、クソワニ」


またしてもこのクソワニに妄想の邪魔をされたぞ。

いや、今のは逆にありがたいぞ。

何か途中から変な方向に暴走しつつあったからな。


「はっはっはっー! 遊馬よ、今日は貴様をギャフンと言わせてやろう、私の素晴らしい特技に跪くがいいっ!」


もう死語だろ、それ。

というかいつから俺がライバルみたいなポジションになったんだ。


「やあ、邦彦。 君の出し物には期待しているよ」


「だしもの? 何のことだ?」


なんだ、食い物のことなのか?

よくわからんぞ、誰か説明しろ。


「それじゃー、みなさーん。 今日は遊馬くんの退院祝いと椿ちゃんの送別会をまとめて行いますー。

それじゃ、乾杯しましょー」


前回の親睦会と同じように、先輩が乾杯をして皆でワイワイと騒ぎまくった。

そして俺は冒頭からクソワニこと野月に連れ出され、何故かどじょうすくいを強要させられた。

しかも衣装までばっちり用意されてやがる、先輩が用意したらしい。 ちなみに提案はクソワニ。

こいつ後で覚えてろよ。


拒否権はなく、俺が嫌だといっても強引に進行が進み舞台へと立たされる。

俺は仕方なく、どじょうすくい (踊り方知らんから適当だけど)をやったら、それがもうバカ受け。

特に椿なんて足をバタバタさせて腹を押さえながらマンガみたいなテンションで大爆笑してた。

ちゃっかりパンチラしてたけど、色気も何もありゃしない。 こんなのパンチラとは認めん。

俺のアドリブな出し物はある意味成功したが、内面的にはやられた感が強すぎる。


そして俺に続いて今度は他の奴らが舞台へと次々あがった。

野月は何故か無表情でフラダンス踊ったり、ついでにバック二人に京と先生が入ってたりして珍妙な光景だった。

どっちかというと、呪いの儀式のようにも見えたぞ。


今度は先輩が椿に対抗して現代の手品を披露しようとして、シルクハットに杖を入れたら謎の爆発が発生して

アフロヘアーのアヒルが出てきたりと、未来人もビックリな手品をやりやがった。

先生は某漫画の名シーンを一人で一字一句擬音まで間違えずに、一人で再現するという荒業を披露しやがるし

トドメは京は女装してきやがったぞ、しかもあいつ顔が美形で違和感がなさすぎるのがムカツク。

だが、はっきり言ってやった。 このド変態がっ! とな。

ついでにキモイも付け加えてやったぞ、こうでも言わないとあいつは道を踏み外すぞ。

真性な変態ではあるが、更にワンランク上へ辿り着いちゃいそうな勢いだ。


というか俺以外は全員事前に用意してたのな、不公平すぎるぞ。

俺だけなんかしょぼいし、恥ずかしいし散々だ。


ちなみの椿は何もしない、今日の主役ではあるし楽しんでほしいっていう先輩の気遣いさ。

俺も入院してたんですけど……ま、どっちかというと椿がメインだからしゃーない。


その後は何かオーケストラの披露が始まったり、映画視聴会が始まったりと、本当先輩が色々用意してくれた。

こんな感じで、俺達は楽しい一時を過ごしていた。


椿はずっと笑顔だった、凄く楽しそうにしていた。

俺はその笑顔を見るたびに、安心感を覚えたと思う。

あいつは今、どんな気持ちなんだろうな、とか

そんな余計なことを考える必要がないと思えるぐらいだ。


夜も更けて、いよいよ送別会の締めが訪れた。


「皆さん、楽しい一時もあっという間に過ぎてしまいましたが、間もなく送別会も終わりが近づきました。

そこで、最後に椿ちゃんにプレゼントがありまーす。 あがってきてくださいね、椿ちゃん」


先輩はマイクを持ちながら舞台へと上がり、天使のような笑顔で椿の名を呼んだ。

ああ、先輩が舞台に立つ姿は似合っているな。

やっぱ絵になるってのはこういうことを言うんだろう。

これ以上は、そろそろクソワニから例の言葉を言われそうなので慌てて頭を切り替えた。


『誤魔化そうとしてももう遅いぞ、エロヒコ』


「うっせ、黙って先輩の話を聞け」


クッ、遅かったか。

侮れないなクソワニ。

くだらないやりとりをしていた間に、椿が舞台へと上がった。


もう輝かしいぐらい素敵な笑顔だな、あいつ。

大丈夫だ、俺は何も心配することはない。

最後は笑って、あいつを見送れるよ。


「椿ちゃんには、綺麗な花束を用意しましたー。 プレゼンターは、遊馬くんでーす」


ブッ――


俺がコーヒーを口にした途端、突如先輩に指名されて思わず噴出した。

な、何で俺?


『おい汚いぞ』


「悪かったな」


文句なら先輩……いや、先輩は悪くないぞ。 俺が全面的に悪い、もっと気をつけるべきだったな。

俺は気持ちを切り替えて舞台へとあがった。


「はい、お願いね」


先輩から笑顔で花束を渡されると、何だか俺は今退院祝いを受けてるような感覚に陥る。

ああ、先輩の笑顔は癒される……。

じゃなくてだな、俺は椿へと顔をあわせた。


何故か、椿は俺と目をあわせようとしない。

まぁ、そういってる俺自身も逸らしているんだけど。


「……椿、未来に持って帰れよ」


「……うん、ありがと」


ぶっきらぼうに俺は渡すと、周りからは拍手が響き渡る。

何だか照れ臭いな、俺は顔をちょっと赤くしながら舞台をさっさと降りた。


「皆、ありがとうっ! 私、皆のこと絶対忘れないから……大好きだよ、皆っ!!」


俺の背中越しから、椿はマイクを使わずに大声で叫んでいた。

……いい思い出、作れたな。

椿にとって最高のプレゼントになったはずだ。


別れまで後数時間、か。

やっぱり、寂しいな。












全てが終わった。

後は、こいつを見送るだけ。

俺達の記憶が消されちまっても、椿なら覚えててくれるさ。

こんなに最高なプレゼントをしてやったんだからな。


「……あのね、邦彦」


「なんだよ」


「今日はね、凄くうれしかった。 この時代に来てから、一番楽しい時間を過ごせたよ」


「当たり前だ、皆最高の思い出をプレゼントしたかったんだからな、絶対に忘れるんじゃねぇぞ」


「……うん、そうだね」


俺があまり使わない勉強机には、今日先輩達からもらった花束が花瓶に飾られていた。

明日には椿に持って帰らせる、俺にはもったいなさすぎるプレゼントだしな。

こんなのこの時代ならいくらでも手に入るさ、未来は知らんけど。


「私、この時代に来れて凄くよかったと思ってる。 未来の邦彦や、今の君のことは勿論だけど

……初めて、家族ってものを知ったし友達というのも知った」


「いいもんだろ、家族も友達も」


「うん、毎日が凄く楽しかった。 未来では、こんな生活送ってなかったし」


「送れるさ、お前なら友達だっていっぱい作れる。 家族なら大佐もいるだろ、後はまぁ未来の俺とかな」


「……うん、そうだね。 ありがとう、邦彦」


そうだ、この時代で楽しいと感じたことを忘れるなよ。

未来にその気持ちを持ち帰れば、お前の現状だって変えられるかもしれないだろ?


「ねぇ、邦彦」


椿はふと、身を俺に寄せてきた。

俺の心臓が少しだけ、高鳴った。

二人は背中合わせで、お互い顔を合わせていない。

今、どんな顔をしているんだ椿は。


「……どうした」


俺はそう、呟いた。


「初めて遭ったとき、私のことを信じてくれてありがとう。 私ね、邦彦に嫌われちゃうんじゃないかって凄く心配だった」


「そんなの今更だろ、そりゃあの未来宣告って奴にはびびったけどな」


「……邦彦が私を受け入れてくれたおかげで、私はこんなに楽しい思い出をたくっさん作れたんだよ。

本当に……本当に、ありがとう」


「お礼を言いたいのは俺のほうさ、結果的に俺は椿に救われたからさ。

それに俺が刺されたとき、ずっと看病してくれただろ?」


「と、当然……だよ、私に責任があるし」


「それでも、さ。 俺こそ、その……あ、ありがとうな」


久々に、椿とまともに喋った気がする。

未来へ帰ると聞いたときから、何処か俺達はぎこちなかった。


お互いが複雑な思いでいて、今まで向き合う事ができずにいたが

今、ようやく全てが終えようとした時に、こうやって向き合うことができたんだろうな。


ふと、椿がギュッと俺の手を握り締めた。


「未来でも……友達作れるように、頑張るから、ね。 幸せに、なるからね」


椿は、鼻声でそう呟いた。

啜り泣きも耳に飛び込んでくる。

心が痛む、俺までも辛くなってきたぞ。


「……なんだよ、泣いてるのか? どうしたんだよ、別に悲しむこと、ないだろ?

今日は、一番楽しい日になったんじゃないか。 笑おうぜ、ほら」


「うん、そうだね……笑わないと、ちゃんと笑ってお別れ、しないと」


言葉を漏らす度、椿は何度もしゃくりをあげた。

今まで我慢していたんだろうか、椿は一気に泣き崩れてしまった。

俺は静かに、手を握り締め返してやった。


「椿……」


お前の辛さが、この手から伝ってくるようにわかる。

……そんなに、この時代が好きか。

そんなに、恋しいのか?


「邦彦ぉ……」


背中越しからでもわかる。

あいつは今、顔を膝に埋めて泣いているんだろうな。


「私、私……ね」


……そうだよな、寂しいに決まっているよな。

当たり前だ、こいつが泣くことを誰が責められるかってんだ。


「……帰りたく、ないよぉ――」


「……っ!」


俺は、自身の耳を疑った。


こいつ、今何て……?


即座に俺は、振り向いた。

そこには俺が思ったとおりの姿で、椿が泣いている後姿があった。


未来へ、帰りたくない?

何を、何を言ってんだよ。


嘘だろ、つい勢いで言っちゃっただけだよな?


「……私ね、未来にはお父さんもお母さんもいない、邦彦や皆みたいなお友達も……いない。

学校も一度も行ったことないし、未来へ帰っても……学校へは通えない……本当の家族にも、遭えない……っ!

私に待っているのは、クロックスの立派なエージェントとして働く為に、ひたすら辛い訓練を受けるだけ……っ!!

もう、やだよ……たくさんだよっ!! 私、もっと普通な女の子でいたいのっ! もっともっと、皆と楽しく過ごしたいっ!!」


「……椿――」


椿の力強い叫びが、胸に突き刺さった。


ダメ、だ。

お前の痛みは、よくわかる。


大佐や未来の俺からその話は聞いたさ。

でもな……お前をこの時代へ引き止めちまうと、また俺が間違えるかもしれねぇだろ。


確かに正してくれる仲間はいるさ、それだからこそ未来の俺を救えた。

だが、確実にお前を幸せにできる保障が、ないだろ。

俺が未来の技術に溺れて、お前を捨てちまった未来があったように、だ。


「……未来には、大佐以外にも未来の俺が味方についているさ。

あいつなら……何とか、してくれるかもしれない、だろ」


「でも……でもぉ……私、今の邦彦と離れたくないよ……ずっと、一緒にいたいの……っ!!」


椿は顔を上げて、振り返って見せた。

真っ赤な目をして鼻水を垂らしている椿のだらしない顔が目に飛び込む。


目線があった。


椿……。


さっきまで、あんなに笑ってたじゃねぇか。

何だよ、急にそんなひどい顔しやがって。

最後は笑顔で、って言っただろうが。


……頼むから、笑ってくれよ。


俺は耐え切れず、正面から椿をガシッと強く抱きしめた。


「……大丈夫、だ。 落ち着いてくれ、そんな悲観的に……なるなよ。

せっかく俺達が最高の思い出をプレゼントしてやったじゃねぇか、そんな顔するなよ」


「うぅっ……邦彦ぉ……邦彦ぉ……」


俺の胸の中で、椿は泣き続けていた。

参ったな、泣き止んでくれやしない。


相変わらず泣き虫な奴だ。

せっかく、笑顔で最高なお別れができそうだったのに……どうしたもの、か。


「……お前が泣き止むまでこうしててやるから。 だから今のうちに全部辛いモン吐き出しちまえ。

全部……全部俺が受け止めて、やるから……さ」


俺の言葉が椿に届いているか、わからない。

椿はただ俺の名を戯言のように呟いて、ひたすら泣き続けるだけだったから。


どんだけ長くこんな状態でいただろうか。

気がついたら、夜が明けていた。


ついに、訪れてしまったんだ。

別れの日が。


悲しみに包まれた俺達に、僅かな朝日が差す。

その光は、果たして何を意味しているんだろうな。


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