第33話 何故俺はエロヒコなのか?
あの後、椿は一旦俺の家へと戻った。
着替え持ってきたりついでに大佐と通信したりしてくるらしい。
俺は誰もいない病室でボーッとしていた。
思えば椿と出会ってから、そんな日が経ってないはずなのに
なんだか昔からずっと一緒だったような感覚だな。
色々世話になったこともあったし、あいつと一緒にいる時間もそんな退屈しなかった。
そりゃ最初来たときは、何だこの電波女とか思ったけどよ。
でも、椿は本来は未来人だからな。
未来に帰るのは当然だろ?
寂しいけど、ちゃんと受け入れなきゃな。
コンコン
控えめなノック音が聞こえた。
椿だったらノックせずに入るし、看護婦はもっと乱暴。
ってことは、先輩以外有り得ないなっ!
「どうぞー」
テンションが一気に上がった俺だが、あくまでも病人だ。
この膨張するテンションを抑えながら平常心を保ち先輩にたっぷり心配してもらって甘えちまうぜ。
「やあ、邦彦」
「お前かよっ!?」
ガッカリだよ、俺の期待返せよっ!?
俺はぶつけようのない怒りを、何の罪も無い京へとぶつけるのであった。
「いきなり酷いじゃないか。 でも思ってたより元気そうじゃないか、あんだけ死に掛けてたのにピンピンとしてるね」
「ま、まぁな。 たっぷり寝たからだろ、きっと」
「そんな単純じゃないと思うんだけどなぁ」
京はさっきまで椿が座っていた椅子に腰をかける。
俺が目を覚ましたといってお見舞いに来てくれたんだな。
先輩じゃないのがガッカリだけど、嬉しいぜ。
「ん……?」
「ど、どうした?」
京は突如目付きを変えて、俺のことを睨みつけた。
な、何だこの鋭い眼光は?
まるで異物を観察するかのような――
まさか俺の体に異常が……?
「……君の鎖骨、更に美しくなってるじゃないか。 一体何をしたらこうなるんだい?」
「知るかボケ」
結局こいつもいつも通りだな、おい。
「でもよかったよ、邦彦が死んでしまったら先生や先輩、君の両親に合わせる顔がなかったさ」
「ああ、悪いな。 心配かけちまったな」
思えば京にはかなり世話になったな。
あの豪邸を抜け出してから、ずっと一緒に行動してくれてたし。
あいつのおかげで、俺がどうすべきなのかとか決めていけたし、最終的には『未来の俺』を無事更正させたわけだ。
『全く、これだから後先を考えないバカは……命がいくつあっても足りねーぜ?』
「……いたのかよ、野月」
久々に聞いたアル中ワニの声とその姿を見て、俺は安心感を覚えた。
よかった、こいつも無事だったんだな。
『最初からいたぜ、勿論モモコだってきてる』
「マジですかっ!?」
俺はガバッを体を起き上がらせた。
ズキーンッ! と、腹部に激しい痛みが走った。
「ぎょうおおおおっ!?」
「ゆ、遊馬くん大丈夫?」
「へ、平気です先輩……あ、いやダメかも」
『鼻の下伸びてんぞ、エロヒコ』
クッ、また俺の邪魔をするかクソワニがっ!
でもマジで痛かった今、傷開いちまうとこだったぜ。
いかんいかん、気をつけないと。
「ハァーッハッハッハッハァッ! この私も忘れてはならんぞ、同士よ」
「せ、先生もいたのかよ。 なんだ、文芸部揃って俺のお見舞いか」
こんな狭い病室によくもまぁ、皆でお見舞いに来てくれたもんだな。
「僕は文芸部じゃないさ」
「あら、京くんは正式に入ってもらう予定よ」
勧誘する気満々だよ、先輩。
あいつ誘うのは骨が折れるぞ、やめとけ。
「実は邦彦が楽しそうにやってるみたいだし、僕も正式に入ってみようと思ってたところさ」
「なんとーっ!?」
「キャッ……遊馬くんどうしたの?」
いかん、取り乱してつい変な声をあげた。
あの部活嫌いな京を引き込むとは……。
先輩の手腕は侮れないぞ。
「でもよかったぁ、遊馬くんが元気そうで安心した」
「そうだな、遊馬が刺されたって聞いたときは自分の監視の甘さに何度嘆いたことか」
……まぁ、あれは先輩が頑張ってくれたおかげなんだけどな。
『ってことで、お前退院いつできるのか教えろよ』
「ん……あー、何か一週間ぐらいで退院できるってさ」
「あれだけ重症なのに随分早いんだね」
『どーせエロヒコのエロパワーが炸裂したんだろ、ナースで欲情したりとか』
お前は俺を何だと思ってんだこのクソワニ。
誰がババアのナース姿見て興奮するんだ?
こんな感じで俺達は久々の再会を楽しんだ。
俺にとってはそこまで時間あいてるように感じてないけどな。
おかげでちょっと寂しかった気分がぶっ飛んだ。
そんな時、次の一言で俺は現実に引き戻された。
「じゃあこうしましょう、退院したらすぐにお祝いしましょ、また私の家で親睦会の続きはどうかしら? 椿ちゃんも誘いましょ?」
「……あ、ああ。 そう、だな」
俺の退院後、ねぇ。
その時は、あいつが未来へ帰る時なんだけどなぁ。
「随分と浮かない顔をしてるね、邦彦」
「まぁな」
……ま、隠したってしょうがないか。
せっかく全員が集まってるし、俺は椿が未来に帰ることを教えた。
一応野月の奴も、椿の事情については知ってたらしい。
余計な手間が省けて助かるな。
で、俺が話し終わるとやっぱり場の空気は重くなった。
「そうか、椿ちゃんが自分の時代へ戻るか……それは確かに寂しくなるね」
『……椿は相方のお気に入りだってのによぉ、何だかつれぇな』
「黒柳はクラスでも中心的な人物となりつつあったからな、ムードメーカーが消えてしまうのは悲しいぞ」
「……なら、こうしましょうよ。 椿ちゃんを笑顔で未来へ送る会も含めましょ?
ほら、最後に皆でいい思い出を作るのよ。 そうすればきっと、椿ちゃんだって寂しくないはずよ?」
先輩……。
やっぱり先輩って優しいな。
確かにそれは名案かもしれん。
特にあいつはこの時代を気に入っていたからな。
何も言わないで去るよりもいい思い出を作って、笑顔で未来に帰ってほしいもんさ。
……そうだ、見送ろう。
あいつに最高の思い出を、プレゼントしてやるんだ。
「先輩、賛成です。 絶対にやりましょう、椿にもそう伝えておきますから」
「うふふ、よかった。 遊馬くんも元気が出たみたいね、じゃああんまり長居しても迷惑かけちゃうだろうし
私はそろそろ失礼するね、また今度来るよ」
先輩ありがとうっ!
是非次は二人きりであまーい一時を俺に提供してくれっ!
『また鼻の下伸ばしてるな、このエロヒコが』
「だーなんでお前はいちいちそう突っかかるんだーっ!」
「パーティか、楽しみだね。 それじゃ、僕も帰ろうかな」
いい感じの空気に戻ったところで、お開きか。
まぁ病院に長居するわけにもいかんだろうしな、こんな大勢。
ちょっと物足りないが、仕方ない。
早く退院して学校にでもいきたい気分だ。
「む……今宵は満月か、狼男に気をつけろ。 奴らは人に紛れて、密かに貴様達を狙っている。
ハッ……まさか機関の奴ら、この満月を利用してウルフーンプロジェクトを発動しようとしているのではっ!?
こ、こうしてはいられんぞ、今すぐに委員会と連携して奴らを阻止するんだっ!!」
あの担任は本当懲りないな、何か嬉しそうにそんなことを語りながら病室出て行ったぞ。
いい大人が何してんだろうな、あれ……。
グイッ
突如、俺の腕が引っ張られた。
「……なんだよ?」
「……」
わかってはいたが、腕を引っ張ったのは野月だった。
「美羽ちゃん、私達帰るわよー」
先輩と京は一緒に病室を出ようとしている中、野月は何故かここに留まっていた。
『さっきいっててくれよ、ちょっとだけ用事があるからさ』
クソワニで二人にそう伝えると、先輩は笑顔でわかったっていいながら退室する。
誰もいなくなったことを確認すると、野月は例の如く息をつきながら人形を外した。
「……キミ、私のことで随分と頭を悩めたようだと聞いたが」
「何だ、何かと思ったらそのことか。 そりゃな、お前を巻き込んじまったのは俺のせいだったし――」
「バカモノが、だからといって……こんな」
珍しく、野月は顔を俯かせていた。
いつもなら俺を見下すかの如く鋭い目つきで睨むというのに。
「これは俺の不注意だっつーの。 お前は気に病む必要はないだろ」
「私も迂闊だった。 ふとトイレにいこうと昼間を出たら、例のキミがいたのさ」
「しょうがないだろ、お前があんな奴がいることを想定する術は無いだろ?」
何だ、こいつもしかして気にしてたのか。
だとしたら悪いことをしたな。
俺は俺の為にあいつと向き合って、その結果刺されたってだけなんだよ。
まぁ実際は椿をかばった感じだけどな、思えばあいつ俺が庇わなくてもあんぐらい避けてただろうに。
「私はあの時、例のキミが私を誘拐したのは咄嗟の判断だと思ったよ。
私が声を上げると思ったんだろう、慌てて口を塞がれた。
きっとキミか椿を探していたんだろうね、だからあんな場所指定も無い紙切れしか残してなかったのさ」
「ん……咄嗟の行動、か」
野月の話を聞いて、俺は何となくその考えは正しいと思った。
未来の俺は、椿から今まで姿を隠していたはずだしかなり用意周到だったはずだ。
でも、誘拐の件といい体育倉庫爆破といい派手な行動を急に立て続けに起こした。
実際は俺にかなり効果的だったけどな、おかげであいつにビビリまくりの何の。
……そうか、だからアイツ後悔したんだ。
冷静になってから、俺以外の人に多大な迷惑をかけてると気づいたとか、そんなんじゃないのか?
「……キミが生きてて、本当に良かったと思う」
「俺も生きてて良かったと思ってるさ、お前のクソワニの声が聞けなくなるってのも寂しい」
「私の声は、嫌なのか?」
「いんや、そんなことねーけどさ」
「……そ、そうか。 ところでキミ、椿が未来に帰ることについてどう思っている?」
「ん、なんだよいきなり」
今日の野月は随分喋るじゃないか。
今までこんなに喋ってたことあったっけ? ワニ以外で
「嫌じゃないのか? 私は凄く嫌だ、椿はいい友達だと思ってるし、離れたくないって思ってる」
「ああ、まぁ……でもよ、あいつだって未来人さ。 自分の時代へ帰れないと寂しいだろ?」
だから、あの公園で泣いていたんだよな。
未来へ帰れないことに絶望したから。
「……キミ、椿から家族について聞いていないのか」
「家族? いや、別に」
「そ、そうか……な、ならいいんだ」
ん……。
何だ、野月もまた歯切れが悪くなった。
何か隠している……のか?
「何だよ、気になるだろ」
「本人が話さないのなら、私の口からは言うことは出来ないな」
「どういうことだよ?」
「……キミは一度、椿を知るべきだ。 さもなくば、キミは後悔すると思う」
野月はいつもの鋭い目とは違い、真剣な眼差しを俺に向けてそう告げた。
椿を、知るべき?
なんだ、まだ俺の知らないことが……あるってのかよ。
「それと、キミ。 その、だな。 助けてくれたことには感謝している、ありがとう……」
野月は顔を逸らしながら、もじもじとさせてそう俺に告げた。
いやまぁ、照れくさいのはわかるけどその仕草だけはやめとけって。
お前のキャラじゃないぞ。 ちょっとだけ可愛いと思ってしまったが。
「ん? あ、ああまぁ実際は俺だけの力じゃねーさ。 お礼なら椿や京にもいってやってくれ」
「……では、告げることは告げたし私も帰るとしよう」
何故か顔を赤くしたまま、野月は再びワニの人形をはめる。
するといつもの無表情へと戻った。
何て早い変わり身なんだこいつ。
『また逢おう、エロヒコ』
「またな、クソワニ」
やれやれ、今更だけど野月って変わり者だな。
ちょっと疲れたし、一眠りするか。
俺はそのまま目を閉じると、本当に疲れていたようで
30秒もしないうちに眠りに入った。




