第32話 未来人の常識は恐ろしい
あれは小学生ぐらいのときだったか。
俺がたまたま一人でこの公園で遊んでたときだ。
真っ黒な長い髪の女の子が、隅っこに座って泣いていた。
何で声をかけたかなんて、別に深い理由はないさ。
ただ、泣いてる奴を放っておけなかっただけだ。
「よう、 泣いてんのか?」
俺がこんな風に声かけてやると、女の子はビックリして顔をあげた。
目は真っ赤だった、やっぱり泣いていた。
いやまぁ、わかりきっていたことだけどな。
イジメだとかケンカだとか、どんな理由で泣いてるかしらねーけど。
まぁ、元気付けてやろうとしたんだ。
一緒に遊んでやろうって思った。
「どーしたんだよ、泣いてちゃ面白くないだろ? そうだ、何かして遊ぼうぜ、ここには遊び場がいっぱいあるさ」
「……いい」
「いい、じゃねぇよ。 メソメソすんな、こういうときはぱーっと遊んだほうがいいんだって、泣いてたことがどうだってよくなるぞ」
「……わ、わかった」
今思い返せばとんでもなく強引だな、デリカシーのかけらもない。
で、俺は正体不明な謎の女の子と適当に遊ぶことになった。
まぁ滑り台で遊んだり、砂場で山作って崩したり好きなゲームの主人公のマネとかしてみたり
結果的に、俺一人が好き勝手に遊んでいただけだったんだけどな。
でも、あの子笑ってくれた。
あんなに泣いてたクセに、俺の遊んでる姿を見ていただけなのに笑ったんだぜ。
遊びまくって疲れた俺はもう家に帰ろうとした。
「おい、もう帰ろうぜ。 かーちゃんが心配すんだろ」
「……私、帰れないの」
滅茶苦茶深刻そうな顔してそんなこと言うもんだから
俺は何かその子が家出とかしちまったんじゃねぇかって直感で思ったんだ。
このまま家に帰れないんじゃ可哀想すぎるだろ、そこで俺は名案を提案した。
「うち、来いよ。 一晩ぐらいなら遊んでやるぞ」
「え?」
なんともまぁ、思い切った行動にでたもんだ。
俺はあの子を家に誘ってやったのさ、まぁその日は遊び足りなかったってこともあったんだけどな。
「決まりな、お前に拒否権はないぞ。 俺が招待してやったんだからありがたく思え、そうだお前、名前は?」
「……つ、ばき」
「ん? 鈴木? ありきたりだな、まぁいいや。 俺は遊馬 邦彦だ、よろしくな鈴木」
全国の鈴木さんに失礼な事を平然と言いながら、俺はそんな感じで家へと案内していった。
今思えば、俺の完全な聞き間違いだったんだな。
ほら、ちょっと似てるだろ?
「つばき」と「すずき」
俺は家に、まぁ一応鈴木にしておこう。
鈴木を連れて行って、親に事情を説明したんだ。
「こいつ何か複雑な家庭事情らしく家にかえれねーんだってさ、俺の家泊めてもいいだろ?」
当然ながら、俺は物凄く怒られた。
いやぁ、ゲンコツ何発貰ったんだか。
いいじゃねぇか、泣いてて一人ぼっちじゃ寂しいだろうが。
全く、大人は融通利かないなってつくづく思ったね。
まぁ、鈴木も俺の両親説得に加勢してくれたおかげで、何とか家に泊めることはできたけどな。
その日は、俺自身の学校生活とか両親のこととかいっぱい話してやった。
とにかく、世の中は楽しい事だらけだって教えてやろうと思ったのさ。
俺は泣いてる奴は人生損してるって思うような子供だったからな。
泣き虫な奴にはよくそんなことを言ってやった。
鈴木と語り明かした俺は、そのまま疲れて布団もしかずに寝ていた。
俺が最後に目を覚ました後には、鈴木の姿は無かった。
何も言わずに去るなんて、まぁ近所の子だろうし次も逢えるさ。
そんな感じに思ってたけど、結局再会することもなかった。
んで、いつの間にか鈴木との記憶はほぼ忘却の彼方へぶっ飛んでたワケ。
ああ、なんてこった。
今思えばこんな大切な記憶、何でここまで忘れることができたんだろうね。
ちゃんとこのこと覚えてれば、『奴』が初めて俺の家に……いや、実際は2回目になるんだろうけど
俺絶対、気づけただろ。
あの時の鈴木っ!? みたいに。
……ま、わかってるさ。
多分、椿の仕業だろ。
何で思い出せたかは知らんけどさ。
しかし、よかったな。
死ぬ前にこの出来事を思い出せて、かなーりすっきしてるぜ。
まさにもう、悔いがない状態。
もう、別に死んだっていいや。 なんちて。
「ところが生きてるんですねー」
と、俺は病室で呟いた。
「な、何言ってるの邦彦?」
「ああ、すまん。 つい今の状況が信じがたくて妙な事を口走っちまった」
隣では椿が呆れた顔をしながらりんごの皮を剥いてくれていた。
こいつ意外と器用だったのな。
しかし目を覚ました時は、正直信じられなかったぞ。
あんなに無茶したのに、意識も失ったし血も大量に流したってのに。
この通り、体は別に異常もなく輸血と点滴ぐらいで済んでるんだ。
まぁ脇腹はまだ痛むけどな。
椿から聞くとあの後はかなり大変だったらしい。
俺の顔は真っ青になっていて、もう本当に死んだって誰もが思った程やばかったんだってよ。
そりゃ走馬灯の一つや二つは見るよな。
救急車が来る前に、椿が何とかして俺を回復させようと未来的な技術を使ってたらしい。
何をしたか知らんけど、ひょっとしたらそのおかげで生きているのかもな。
しかし椿は俺にばっか構ってる暇もなく、救急車には京が付き添いでいったらしい。
椿といえば未来の俺を拘束したり野月の容態確認して爆破された体育倉庫の復旧を行ったりとかなりドタバタしてたとか。
悪いな椿、お前にかなり迷惑をかけちまった。
で、俺は三日ぐらい目を覚まさなくてその間にずっと奴が俺を診ててくれたんだってさ。
これは親父から聞いた話だけどな。
しかし病院は退屈ですることがない、病院食もあんまりうまくないし。
綺麗なナースはいねぇし、全部おばちゃんだしよー。
もっと夢のある入院生活を送りたかったね。
「そういやさ、未来の俺ってどうなったんだ?」
実は目が覚めてからは、はっきりと聞いていない。
椿が拘束したままだとすると俺の家にでもいるんだろうか。
……まさか両親にまた変な記憶植え付けて誤魔化してないだろうな。
「あ、えっとね。 自分から未来宣告を取り消して未来へ帰ったの。 今は大佐の管轄で監視されているところかな
これからすっごく大変だよ、事情徴収とか行ったり警察も介入してくるしね、あ、勿論全部未来で後処理は済ませるよ」
「……自分からねぇ。 一体どういう風の吹き回しだよ」
「邦彦のパンチがきいたんじゃないかな、まるで人が変わったかのように反省してたよ。
なんか、今の邦彦に近い雰囲気だった、あの時の未来の君」
……過去の自分に殴られるとそこまで自分を見直せるもんなのかね。
正直あの時、俺が何を言ったか良く覚えてないけど。
まぁあいつに腹を立てていたことだけははっきりしてる。
ってことは、もう全部終わったと思っていいんだよな?
「未来の俺はさ、結局何があってあーなっちまったんだよ。 何か話は聞けてないのか?」
「あのね、未来の君はね……実は未来人じゃないの。
平行世界から移りに移ってこの時代に流れてきちゃった放浪者だったの」
「へ、平行世界だぁ? そ、そういや実現するとか話してくれたな」
おいおい、改めて聞くとすっげー話だな。
ってことは実際は『未来の俺』ではないってことか。
「公園での出来事って覚えてるかな? ほら、邦彦が小さい頃に……そ、その、私と出会ったときの」
「すまん、正直忘れてた。 でもはっきりと思い出せてはいるぜ、死に掛けたおかげで」
ん? なんだよ、お前が記憶消したんじゃないのか。
じゃあ、本当に俺が忘れていただけなのか。
悲しいな、おい。
「そこでまずね、私が未来に帰れない世界が出来上がるの。 あの邦彦は、その世界に邦彦が大人になった姿なんだよ?
でね、その世界の私は自分が未来人であることと、私が未来に帰れないって言うことを教えてみたいなの。
邦彦は必ず未来へ返してやるって約束して、私が持つ『タイムマシン』を使って、うーーーんと未来の技術を集めて回ったの」
「……随分思い切ったことをするんだな、俺」
椿を未来へ返すため……か。
んーでも確かにあの時の俺もそれを知ったら、平然と話を信じそうだな。
何かやれるんだったら、必ず力になってやろうって思っただろう。
「でもね、私その……ううん、なんでもない」
「ん? なんだよ」
椿は突然、何だか歯切れを悪くして言った。
何か言いたくないことでもあんのか?
「え、えっと……とにかくね、その世界の私は未来へ帰ることを諦めたの。
で、邦彦は今度は自分達の世界を私のいた時代に追いつかせてやる、とか言い出したの」
「……マジなのか、それ。 でもおかしいだろ、いくらなんでも個人の力だけでそんなことできるはずないだろ?」
「うーん……どうも未来人の助っ人がいたみたいで、その人が邦彦をサポートしたの。
で、結果的に世界は劇的に技術が進んで『クロックス』も作られた。
だけど、それが間違いの始まりだったんだって」
「間違い? どういうこと?」
「私の為に未来の技術を集めて世界を革新に導いている間に、なんだか目的を見失っちゃってね。
技術を求め続けて、いつのまにか私のことは放置していたみたいだったの」
「なんじゃそりゃ、いくらなんでもそりゃ酷いだろ」
世界を未来へ追いつかせようとしたら、いつの間にか自分は未来技術にはまっちゃったってことか?
それで椿を放置するとは……何か俺ってダメなやつじゃねぇか。
「でね、私は自殺しちゃったみたいなの」
「……マジかよ」
笑えない、マジで笑えないぞ。
椿の為だったんだろ、その為に技術を求めて世界を変えてやったんだろうに。
……世界を未来に染めた結果、椿が自殺をしちまったのか。
「そこからね、椿のあの時点で未来へ返すべきだって改めて思い直したみたいなの。
邦彦は長年の研究を重ねて、ついに『リンク切れ』が起こった際の修正方法を見つけ出した。
それを以ってね、邦彦は過去に戻って私とであった公園にたどり着いて、こっそりと『私の元の時代』との同期を取り直してくれてたの」
「……ん、それだと全てが無事に終わってるじゃないか。 どういうことだ?」
「そう、じゃないの。 私を無事未来に戻したのはいいんだけど――」
「……いいんだけど?」
「……その先は、聞いてないよ」
「は? な、なんだそりゃ」
おいおい、ここまで引っ張っといて……。
でも椿の様子何かおかしかったぞ。
さっきも何か歯切れが悪かったし。
……まだ隠していることが、あるのか?
「よ、要はね。 時間を巻き戻そうとしたのも、君を殺そうとしたのも
君が作ってしまった未来を、全てなかったことにしたかっただけなの。
君はこれから何らかの理由で、私達の時代を作るきっかけを持っていて、その大元を断てば新たな未来が見出せる」
「ああ、なるほど……さっぱりわからん」
「あはは、やっぱり過去の人間には難しいよね。 未来では常識なんだけど」
「その台詞聞くの久々だな」
畜生、何だか頭が痛くなってきたぜ。
未来の常識は随分と高度なんだな。
イマイチすっきりしないこともあるが、要は全部解決したってことだよな。
ああ、よかった。
無事に終わって、よかったよかった。
「……それでね、邦彦」
「なんだよ」
椿は、目を逸らしながらも改めて俺の名を呼んだ。
「……私も、未来へ帰らないといけないの」
あ
俺はその時、思わず呆然とした。
未来へ、帰る。
椿が、未来へ?
「あ、ああ……そ、そうだよな。 そりゃお前未来人だしな」
「うん……でも、君が退院するまでは責任とって面倒は見るからね」
「わ、わかった。 あ、ありがとうな」
何だか途端に、目を合わせ難くなった。
なんだろうな。
別に何も矛盾はない。
ごく当たり前な事を言われたはずなのに。
俺は心のどこかで、その言葉を信じられずにいた。
「……」
「……」
俺達の沈黙は短いようで、とても長く感じられた。
そうか
椿は未来へ、帰るのか。




