第31話 せめて俺の手で
参ったな。
いや、本当勘弁してくれ。
これは、シャレにならない。
俺は脇腹から伝う尋常ではない痛みに耐え切れず、膝をついた。
ポタリ、ポタリと生々しく血が垂れる。
このナイフ抜いたら、間違いなくあの世行きか……?
いや、もう手遅れの可能性も――
「邦彦……しっかりしてよ、邦彦っ!?」
椿が咄嗟に、俺の体をゆさゆさと大きく揺らした。
心配なのはわかるが、今はマジで落ち着いてくれ――
ヤバイ、意識が遠のく――
「椿ちゃん、落ち着くんだ。 ひとまず救急車を呼ぼう、それまでは絶対安静にするんだ」
「あ……そ、そうだね……わ、わかった……」
対して京は、冷静に俺の状況を判断した。
こういうときにあいつみたいなのがいると、助かるな……。
クソッ、まさかこんなヘマしちまうなんてよ。
「……刺された、俺が? 何故、だ? 俺は、違う。 お前を、刺して……そんな」
未来の俺は、目の前の俺を見て戯言のようにそう呟いた。
……さっきまで俺を殺そうとしていた奴の台詞か?
やっぱり、こいつは何かおかしい。
「邦彦……動かないで、今止血するから――」
そうか、そういや椿が近くにいるんだよな。
ということは、何か未来的な技術で……この傷何とか、してくれるかもしれん。
ああ、ダメだ……マジでクラクラしてきたぞ。
呼吸も荒くなってきた、とてもじゃないがもう立つこともできねぇ。
「何故、庇った? あんなに、逃げ回って、守られてばかりなクセに、何故?
いや、違う、椿は俺が守って、やるべき、正しい、行動? 何が、正しい?
俺が俺を殺すことは、正しい? 何も矛盾は、ない。 おかしく、ないじゃない、か」
意識が朦朧とする中、不思議な事にあいつの声だけははっきりと聞こえた。
一人で何を呟いているんだ。
もう、誰もお前の言葉なんか聞いちゃいないぞ。
椿だって京だって、もうそれどころじゃねぇ。
お前は、あったのかよ。
『殺す覚悟』ってヤツが、さ。
何後悔してんだよ、ようやく念願が叶ったってのに。
おかしいじゃねぇか。
結局こいつは、せっかくの親睦会を滅茶苦茶にして、野月を無意味に拘束させて
京の命までも、奪いかけた。
あいつは、そこまでしてどうして俺を殺すことに、拘ったんだ。
何故急に、椿を殺そうと考えやがったんだ。
椿との関係はどうなっている?
……いや、わかりきっているさ。
少なくとも、あいつにとって椿は『殺す対象』じゃなかったはずさ。
だったら最初から、椿を狙ってる可能性だってあるさ。
なのに、何故手をかけた?
「教えて、くれ。 俺は、正しいのか? 正しいことをしたはずなのに、モヤモヤとする。
俺はただ、俺を刺しただけなのに、何故こんなにも、苦しいんだ。 切ない、悲しい、苦しい――」
やはり、あいつの声だけ……はっきりと聞こえてきやがる。
何となく、わかっちまったよ。
あいつ、未来では……独りだったんじゃねぇか?
今の俺はこんなにも、仲間に囲まれてるってのに。
だから、間違えても
誰も、正してくれなかったんだ。
悲しいな、未来の俺。
そうやって、今まで間違いに気づけなかったんだろ。
悔しい、俺は悔しいぞ。
俺の未来がこんな悲しい人間に成り下がってるだなんてよ。
誰も叱って、やらねぇなら。
せめて、『俺自身』が――
その時、俺は足を思いっきり踏ん張らせた。
腹筋に思い切り力が入り、ナイフから血がブシュッて飛び出した。
「く、邦彦っ!? だ、ダメだよ? 動かないで――」
構うもの、か。
俺は今、未来の自分に腹を立ててるんだ。
何もわからずに、はっきりとした意思も持たないで、ただ過去だけを振り返った。
よくもまぁ、未来で時間を巻き戻そうだの誘拐事件おこすだのしまいには俺を殺そうだの思いやがったな。
「どうした……ナイフ1本で俺を殺せると、本気で思ったか?」
クソッ、頭がフラつく……
辛いってもんじゃねぇ……
だが、負けてたまるかよ。
見せてやれ、『弱い俺』に今の『強い俺』を。
「何でそんなに、ビビってんだよ……お前が望んだ、結末だろうが。
それとも、『誰か』が止めてくれると思ったか? 自分の行動、だろ……責任、持てよ」
野月が誘拐されたと知った時、俺は自分の行動を死ぬほど恨んだ。
だけど、周りが支えてくれたおかげで俺は前を向くことが出来た。
こいつは、できなかったんだ。
あいつは言葉を失い、俺の姿を見て後ずさりをしていた。
くるな、くるな。 と震えた声で、呟く。
「お前は現実を認めたくないだけなのさ、だから時間を巻き戻そうとする……全て無かったことにしようとした。
……受け入れろよ、現実を。 全てを受け入れることが何故、できねぇんだ?」
俺が野月の人形で、皆を必死で誤魔化そうとしていた姿と
狂気に満ちた未来の俺の態度が、重なった。
それと、全く同じことにしか見えなかったんだ。
「お前は、受け入れることができなかった。 理由は知らんが、独りになったから誰も間違いに気づいてやれなかった。
だからお前は歪んだ。 誰も気づいてやれないんなら、せめて俺がお前を、正して……やる」
気がつけば脇腹からの出血は悪化していた。
かまわねぇ、俺は今こいつを正さなきゃ気がすまねぇ――
ようやく、あいつに追いついた。
地べたに尻をついた未来の俺の胸倉を、持ち上げた。
よくもまぁ、俺の力がここまで残ってるもんだ。
じゃ、倒れる前に……一発だけな。
「目ぇ、覚ませっ!!」
ガンッ!!
俺は力の限り、ヤツの右頬を強く殴り飛ばした。
その時、俺の視界は暗転した。
アイツがどうなったかは、わからねぇ。
多分、俺はその場でぶっ倒れたからな。
もう……意識はほとんどねぇ。
微かに椿の声が、聞こえた気がした。
多分、今俺のこと抱きかかえているか?
奴のことだ、もしかすると泣いているかもしれねぇ。
あいつの涙見るの、何回目だろうな。
こんなに泣かせてばかりで、男として情けないね。
脳裏には、色んな過去の出来事がめぐった。
俺の小学生のときとか中学生のときとかの思い出
体育祭でまぐれで1位とれたときとか、スカートめくりでビンタされたとき
親父に殴られるほど怒られたときや母さんが慰めてくれたとき
これって、走馬灯ってやつじゃねぇか?
バカだな、ほんと。
もっとマシな死に方だって、あったろうに。
ま、おかげでこの公園での出来事を、はっきりと思い出した。
そういや、こんな出会い、だったか――
そこで、俺の意識は途切れた――




