第29話 冗談じゃねぇぞ
俺と京は、体育倉庫へと辿りついた。
椿には万が一の時に、俺達の救助をしてもらうべく一緒に行動はしていない。
それに、未だにはっきりとしない未来の俺が外から襲撃する危険性もある。
最優先すべきは野月の救出、恐らくこの中にいるはずだ。
無事なんだろうな、あいつ……。
引き戸に鍵はかかっていない、どう考えても中に入って来いと言わんばかりだ。
「い、いくぞ」
俺は体育倉庫の引き戸を手にして、京に声をかける。
京は無言で頷いた。
その瞬間、とてつもない緊張感が俺にのしかかった。
この先に、何が待っているのか正直わからん。
もしかしたら開けた途端に刺される可能性だってある。
そんなことが頭に過ぎってしまうと、俺は恐怖を感じて中々力が入らなかった。
そりゃそうだろ、怖いもんは怖いんだ。
手は震えるし、変な寒気を感じるし何故か呼吸だって乱れてくるさ。
「……邦彦、僕が開けよう」
「いやいい、俺にやらせてくれ」
京に心配をかけちまったようだな、情けない。
俺は一呼吸おいて、思いっきり深呼吸をした。
少し気分が落ち着いた。
大丈夫、いける。
俺は思いっきり引き戸を引いた。
ガラガラガラ
重い体育倉庫の扉が、開かれた。
中は、真っ暗で何も見えない。
幸いいきなり刃物が飛んでくるという事態は起きなかった。
しかし、明かりがなければ何も見えやしない。
「真っ暗だね……確か電気のスイッチがなかった?」
「ん、この辺か?」
不用意に電気なんかつけて大丈夫だろうな。
俺は手探りでスイッチを探しつつ、そんな不安を頭に過ぎらす。
ダメだ、こんなんじゃあいつと逢ってもビビって身動き取れなくなるだけじゃねぇか。
しっかりしろ、俺。
自分に強く言い聞かせると、俺はようやく電気のスイッチを見つけた。
暗いままだと逆に俺達が不利に決まってる、なら電気をつけるべきだ。
俺は迷わず、スイッチを押した。
……
電気が、点かなかった。
おかしいな、壊れてんのか?
「よう、俺。 よく来てくれたな」
すると、聞くだけでゾッとするような声が耳に入る。
来た……未来の俺だ。
真っ暗な体育倉庫の中から、確かに聞こえた。
「中に来いよ、野月なら暢気に倉庫の中で寝てやがるさ」
「わ、わかった。 指示に従うから野月には手を出すなよ」
「ああ、わかってるさ。 俺のターゲットはお前だけ、さ」
ま、まぁすぐに俺を殺しにはかからんだろ、多分。
とにかく、俺は体育倉庫の奥深くへと足を運ぼうとした。
『待て、中に入るな』
突如、頭の中に大佐の声が響いた。
こ、これはいつかのテレパシーとやらか。
『ここは中に入ったフリをして様子を見よう』
どういうことだ?
だってあいつが中にいるんだろ、入ったフリなんかしてもバレるに決まってるじゃないか。
それに下手にあいつを刺激して野月に危害が加わったら……。
いや、あの大佐のことだ、何か考えがあってのことだろう。
俺は大人しく、大佐の指示に従った。
「おい、入ったぞ。 野月は何処だ?」
「おう、そうかそうか。ちぃーっとまってな」
中に入らずに、俺は未来の俺にそう告げた。
気づいている様子はない、おかしい。
未来の俺がこんなマヌケとは思えないんだけど。
ビシャンッ!
突如、体育倉庫の引き戸が強く閉まった。
「うおぁっ!?」
俺は驚きのあまりに、思わず尻餅をついてしまった。
なんだってんだ、いきなり閉まりやがって。
「邦彦、下がろう」
「ん? なんだ?」
何かを察した京は、突如俺の腕を引っ張って体育倉庫から離れた。
すると、突如何かが焼けている臭いを感じ取った。
何と言うか、焦げ臭いというべきか。
体育倉庫のほうへ目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
突如、燃え盛る火炎が容赦なく体育倉庫に襲い掛かっていたのだ。
いや、違う。 良く見ると周囲には破片が飛び散っていた。
とてもじゃないが、ただの家事とは思えない、
俺は思わず、腰を抜かした。
な、なんで?
ここに移動するまでの間、そんなに時間は経っていないぞ?
な、なんだよこれ……俺が入ったことを確認してから火をつけられたのか?
……あのときに中に入っていたらと思うと、それを想像しただけで俺の背筋はゾッとした。
慌てて俺は通信機を手にして、大佐と連絡を取った。
「おい、突然体育倉庫が燃えたぞ、どういうことだ?」
『音消しと呼ばれる未来の技術さ。 あの体育倉庫を爆破したんだろうね』
「お、音消しに爆発? な、何言ってんだよ」
『要は周囲の音を拡散させないように1点に集中させる技術さ
その1点に集中した膨大な音エネルギーを装置に蓄積させて、後で好きなときに使えるのさ』
「また未来技術かよ……で、俺ってやっぱり狙われたのか?」
『彼は我々がバックについていたことに気づいていないようだね、君達だけであれば彼の罠にかかっていたさ。
体育倉庫の中に、いくつかの機器の反応を確認した。 一つ目は通信機に二つ目は音消し装置、最後は小型爆弾さ』
じょ、冗談じゃねぇぞ。
もはや手段を選ばないって事か、あいつ。
……やばい、本気で震えが止まらん。
『ちなみにどれも遠隔操作が可能となっていてね、そんなに離れた位置では起動することができないのさ。
おかげで彼の位置が把握できそうだよ、君達の勇気に感謝しないとね』
「し、死に掛けたけどな」
あまりに現実味がないせいか、超越しすぎた話のせいか、俺は思った以上に冷静でいられた。
京もそれは同じで、あの燃え盛る体育倉庫を見ても『恐怖』よりも『驚き』のほうが強い。
「邦彦……ごめん、まさかここまでして未来の君は――」
「今更だろ、俺は退くつもりはない。 それより野月は無事なんだろうな、まさかあの爆発に」
しゃれにならねぇよ……。
一刻も早くあいつを見つけてやらねぇと取り返しがつかねぇことになるかもしれん。
すると、突如聞きなれたメロディーが聞こえ出した。
俺のズボン越しから聞こえてくる『着信』。
番号を確認すると、さっきのと全く同じだ。
今度は迷わずに、俺は電話を取った。
『やっぱり生きてやがったか、椿を味方につけたか?』
「お前……俺以外のヤツが入ってたら、どうするつもりだったんだよ」
『不慮の事故だ、多少の犠牲はやむを得ない』
「なんだって……」
俺は思わず耳を疑った。
こいつ、今何て言った?
遠まわしに俺に脅しでもかけたのか?
……いや、違うな。
明らかに、俺以外も『殺す気』でいるじゃねぇか――
「何が、何が俺を狂わせたんだよ、何でこんな事平然と出来るんだよっ!?」
『ハッハッハァッ! 聞きたいかよ? そうだよな、そりゃしりてーよなぁ?
この頃の俺は純情で素直で正義感強いバカだからなぁっ!』
気がついたら『未来の俺』に対する感情が、恐怖から『怒り』に変わっていた。
俺は構わず、怒鳴り散らしてやった。
俺に何があったかしらないが、これは許されるべきことじゃないだろう。
人が平然とやっていいことじゃ、ないに決まってんだろうが。
「その腐った根性、絶対叩き直してやっからな?」
『俺が憎いか? 面白い、やってみろ。 だが、やるんだったら殴るじゃ済ませんなよ。
『殺す気』で、かかってこいよ。 あの『公園』に来い、そこで全てを終わらせようぜ?』
「その前に野月を返しやがれ」
『まぁ落ち着けよ、すぐ返してやるさ。 今度は小細工なしだ、それに椿のヤツもそろそろ俺に気づくだろうしな。 じゃあな、『遊馬 邦彦』』
ヤツはそういい残すと、強引に電話を切った。
……最初に俺と出会ったあの公園へ呼び出しか。
同時に椿と初めてあった箇所でもある。
奇妙な縁だな、あの公園とは。
「邦彦、落ち着いてくれ。 君は一番慎重にこの先を考えなければいけないんだ、どうやって『君』を説得するか、とかね」
「悪い、だって許せねぇじゃねぇか……平然と俺の身内に危害を加えやがるし、
あの爆発だって下手すりゃ京が巻き込まれた可能性も高い。
それについて、何とも思ってねぇんだよ……あの俺は」
「……それでも、元は優しい君のはずさ。 彼を正すことが、最終目的なんだろう?」
未来の俺を正す、か。
あんなに変な方向にネジが飛んじゃってる俺に、どうしろってんだろうな。
だが、確かに俺も決意したのは事実だ。
どんだけ、難しいことをやろうとしてんだ俺は。
『邦彦、聞こえる?』
突如、通信機から椿の声が聞こえた。
俺は慌てて返答する。
「椿か、なんだ?」
『……凄く心配した。 やっぱり危ないよ、今度は本当に死んじゃうかもしれないよ……?』
「頼む、今度こそもしかしたら話せるかもしれねぇんだ、ちゃんと」
『……今ね、体育倉庫から遠隔操作可能距離を割り出して範囲を搾り出してみたのね。
そしたら、公園にちゃんと未来の君の反応があったんだ。 一応他の箇所も回ってみるけど
……今度こそ、本当に対面することを覚悟してね』
「ありがとう、椿。 俺は大丈夫だ、根拠はないけど……何とかできると思う」
本当に根拠はない。
自分に大丈夫だと言い聞かせることだけが、俺の精一杯だ。
『私もすぐ、追いつくからね。 絶対に、無茶だけはしちゃだめだよ?』
「ああ、わかってるさ。 椿も無茶はするなよ」
『私は君と違って訓練受けてるから平気。 君と京くんが一番危ないんだからね」
「そうだな……悪いな、俺のわがままにつき合わせて」
『……それ、私の台詞だよ。 本来なら、君たちを巻き込むつもりはなかったのに』
「細かいことは気にするなよ、おかげで俺は未来を知るという特権を得たんだからさ」
未来を知る、ねぇ。
自分で口にして思ったが、それって凄くつまらないことだな。
これから先の自分が見えていたら、俺はどう生きていくんだろう。
いつ、あんな変化が訪れちまうのかわかっていれば、俺はあんなことにならずに済むのだろうか?
「……それじゃ、私は先に他のポイントも確認してくる。 絶対に、気をつけてよ」
プツン
そこで椿の通信は途切れた。
未来の世界、か。
俺が生きているということは、そう時間は進んでいない。
これから世界が急加速な進化を遂げるってことだよな。
想像、できない。
一体何が起きて、そんなことになっちまうんだか。
考えても仕方ない、今は目の前の『課題』を攻略することが先決だ。
俺と京は自転車に乗って、公園へを足を運んでった。




