第23話 白い悪魔ならず白い豪邸だ
椿の過激な妨害を受けながらも、俺は何とか集合時刻に間に合った。
いやぁ、かなりギリギリだ。
本来なら1時間ぐらい前にスタンバっといて
先輩が『ごめん、おまたせ』みたいな形で登場して、そこですかさず俺が
『俺も今きたところだぜ』
って決めようと思っていたが、計画は失敗に終わった。
既に先輩は待ちあわせ場所に到着しており、俺が一言謝ると
『時間ぴったりじゃない、遊馬くん流石よ』と微笑んでくれた。
それ誉められてるのか? 密かに怒ってない?
いや、あの笑顔に嘘偽りはないだろう。
でも先輩、こんなギリギリな時間になっちまったのは俺の後ろでツーンとしている
黒柳 椿というやつのせいなんですよっ!
俺がせっかく起こしてやったのに恩をあだで返すような真似をしたんですよ、奴はっ!
クソッ、そこをわかって貰いたいが何も言えないこの悔しさ。
このまま奴を不機嫌にしておくと、『未来の俺』より先に『こいつ』が俺の命をとりかねん。
今後の活動に大きな影響を与えかねないな、後でおにぎりでも与えてやるべきか。
「あら、椿ちゃんも一緒なの?」
「うん、そうだよ」
「椿ちゃんも元気そうで何よりね、安心したわ」
「あははっ、私はいつでも元気だよー」
「それにしても遊馬くんは随分やつれているわね、今朝の電話は元気そうだったのに」
「朝ごはんも食べて元気いっぱいのはずなんだけどなぁ、どうしちゃったんだろう?」
誰のせいだと思ってやがるんだ、クソッ!
俺は椿を睨みつけてやったが、あいつは全然動じなかった。
覚えとけよ、あんにゃろ。
「それじゃ早く買い物を済ませちゃいましょ」
「はーい」
椿のせいで先輩との擬似デートをし損ねたなぁ。
こんなことされるぐらいなら放っておくべきだったか?
どーせ後から会場に連れてくりゃよかったし、あいつ昼まで寝てただろうし。
今更ながら俺の選択が間違っていたことに気づいたぜ。
まぁ、平常心だ平常心。
ここは先輩との親交を深めるために、何気ない会話で心を通じ合わせようじゃないか。
「しかし今日は先輩の家で親睦会とはビックリしましたよ」
「あら、そう? うふふ、昔から皆をお家に招待するのが大好きだったのよ」
「桃子ちゃんの家って広いの?」
先輩をちゃん付けか、お前っ!
くそ、俺も名前で呼びたいぜ……。
「そうねぇ、それなりってところかしら? 前は親戚が50人集まったこともあったの」
「ご、50人っ!?」
お、おいおいおい……一軒家に50人って何よ?
実はお嬢様だったりするのか?
この上品な雰囲気はその為か……。
ま、まてよ。
すると、あれか? かなりの豪邸なのか?
や、やばい、無駄に緊張してきたぞ。
「それでね、今日は皆に手料理をご馳走しようと思ってるの」
な、なんだってっ!!
せ、先輩の手料理だと……
そんなものまで頂けるというのかっ!
いやまて落ち着け、俺の夢が一気に叶いすぎて逆に怖いぞ。
これはもしや俺が殺される運命が確定していて、
神様がせめてもの情けとして僅かな幸福を与えてるだとか
そんな話なんじゃないかってぐらい都合がいい展開じゃないか。
「……遊馬くんどうしたの?」
「んー、たまにブツブツと独り言呟く事があるの。 気にしないであげて」
「ん、もしかして今口に出してたか俺?」
「ええ」
「うん」
先輩と椿は口をそろえて、頷いた。
うおおあああああああっ!?
な、何しでかしてんだ俺……
「いやぁ、何でもないっすよ、ハッハッハッ」
俺は乾いた笑いで誤魔化した。
心がちょっと痛むが。
「私もね、料理は得意なんだよ。 一緒に作ってもいい?」
「ええ、いいわよ。 皆にたくさん食べてもらわないとね」
「やったー」
何を勝手な事を言っているんだこの未来人。
お前の手料理なんて想像したくないぞ。
どーせでっかいおにぎりでも作って、『はい、完成♪』とか言うんだろ。
んで何故か俺が2、3個ぐらい食わせれて、フードファイター遊馬再来とか騒ぐんだろ?
冗談じゃない、これは全力で阻止だ。
「お前は作るな椿、どーせおにぎりしか作る脳がないだろう」
「失敬な、卵焼きぐらいできるもん」
「お前なぁ、卵焼きをバカにしてるだろ。 簡単そうに見えて意外と奥が深いんだぞ?」
「ごちゃごちゃまぜてびーって焼くだけじゃん」
何だそのビーって擬音は。
まさか未来ではレーザーか何かで卵を焼くのか?
「あらあら、レンジでチンでいいんじゃないかしら?」
「へっ!?」
せ、先輩?
それはギャグで言っているんですよね?
「あはは、そうだねー」
お前も納得してんじゃねぇ、おい。
あれ、もしかして先輩……。
い、いやなんでもない。
先輩の心優しいギャグだと信じよう。
俺達はワイワイと会話を楽しみながら、順調に買出しを行った。
ようやく買出しを終えた俺達は、先輩の家へと真っ直ぐ向かう。
俺は男だからってことで重たい荷物を持たされている。
まぁ当然であるが、そこの椿ならこんなの軽々持っていってくれるんだろうけどなぁ。
先輩の家は、学校からそう遠くはなかった。
というか、かなり見覚えのある家だ。
そう、俺が帰り道に良く見かける真っ白な豪邸。
こんなところに、よくまぁ豪邸があるもんだーって思ってたけど
まさか先輩の家だったとは……。
中に入れてもらうとこれまた豪華だった。
本物の執事が俺と椿を迎えて、客室っぽいところへ案内された。
高そうな装飾物の数々にシャンデリアといい何処かで見たことがある名画がいくつか。
白を中心とした配色は、ヨーロッパとかその辺りが連想できそうな造りだ。
こ、こんなところで親睦会か。
小規模な部活にしては豪華すぎないか。
「さあ、椿ちゃん。 料理の準備をしましょ」
「うん、わかった」
「あ、俺も手伝いますか?」
どーせ一人でいても暇だし、というか逆に落ち着かん。
だが、先輩は
『遊馬くんを驚かせたいの、待っててね』
と、それはもう天使のような笑顔で台所へ向かっていった。
隣で騒いでいる椿の言葉は無視した、お前には期待しとらん。
さて、暇だな。
無駄に広い客室は広いテーブルと椅子が数個用意されているだけで、暇をつぶせそうなものがない。
こんなところで堂々と寝るのもなんだかなぁ。
テレビ……いや、せめて本でもあればよかったんだが。
「おや、邦彦もう来ていたのかい?」
「……あ?」
俺は耳を疑った。
何故なら突如俺の耳に飛び込んできた声の主は
そう、文芸部でもなんでもない『京』だった。
「何でお前がここにいんの?」
「冷たいなぁ、僕達親友だろう?」
「そういいながらさり気無く鎖骨に手だそうとすんな」
そーっと寄せてきた手をバチンッと払いながら、俺はそう言った。
こいつ本当油断も隙もないな。
「……ふむ、思ってたより元気そうじゃないか」
「何がだよ」
はぁ、とため息をつきながら俺は京にそう返す。
「神野さんがね、君の事をとても心配してたのさ」
「え? 先輩が?」
「実はね、今日のこの会は君と椿ちゃんの為でもあるのさ。
僕はまぁ、特別ゲストってことで招待されたんだけどね」
「お、俺と椿の為……? な、何でだよ」
どういうことだ?
ただの親睦会じゃないのか?
「その様子だと何も聞いていないようだね」
「な、なんだよ。 隠すことでもないんだろ?」
「ふふ、どうだい。 君の鎖骨と引き換えに」
「だからそれやめろ」
無駄に息荒くしやがってこのド変態が。
どうやったらお前は男の鎖骨にそこまで興奮できるんだ?
女の子ならまだわからんでもないが。
「冗談さ。 実はね、昨日神野さんが僕に相談の電話を入れてきたのさ、君の様子がおかしいってね」
「で、電話だぁ? な、なんでお前に?」
おいおい、俺だけ特別に電話されたわけじゃないのかよ。
しかもよりによってお前如きに先を越されるなんて。
許さんぞ、京……。
「君に買出しを頼んだら、何も買ってこないで帰ってきたって聞いてね。
聞けば君は、俯いたままボソボソと用件だけ告げてフラフラと立ち去ったそうじゃないか。
おまけに椿ちゃんもしょんぼりとしていたって聞いてね。
いつもと明らかに異質な雰囲気だったもんだから、物凄く心配になって僕に電話をしたんだそうだよ」
「そ、そうだったのか……」
ごめんなさい、先輩。
俺本当に色んな奴を心配させちまったな。
何度も思うが、どれぐらい死んだ顔をしちまってたんだろう俺。
「僕も君とは長い付き合いだけどね、話を聞くだけでも君の様子が尋常じゃないってのは一発でわかったさ。
買出しに行かせて不機嫌になったんじゃないかとか、何か傷つけるようなことをしてしまったんじゃないかと凄く心配していたよ」
「いやいや、俺が先輩を嫌いになるわけないだろうに」
「それは僕も思ったさ、だから提案したんだよ。 君達を元気付けるために親睦会でも開かないか? ってね。
でもよかったよ、邦彦がすんなりと会場に足を運んでくれてね。 色々手は用意したんだけど、全て無駄になってしまったな」
「あー……何か悪いことしちまったな、気を遣わせといて全部自己解決しちまったし」
京はともかく、先輩とはまだまだ短い付き合いのはずなのにな。
正直、ここまで心配されるとは全く考えていなかった。
たった1日、実際は一晩だけど俺はいろんなことに絶望していた。
混乱もしていただろうし、何をどうすればいいか頭を悩めていたと思う。
そんな俺の変化を、皆ちゃんと感じ取ってくれていたんだな。
意外と俺ってよく見られてるのな。
「そこが邦彦のいいところでもあるさ。 で、何があったんだい? 椿ちゃん絡みのことだと思っているけど、僕は」
「悪いな京、お前にも物凄く話しにくいことなんだ。 ただ一つだけ言わせてくれ、俺はもう大丈夫だ」
あんなとんでも話を信じるとも思えないし、というか話したら余計心配されるだろうしな。
俺は京と目を合わせて、眼力を込めて訴えた。
俺は大丈夫だ、もう心配するな と。
「……わかったよ、邦彦がそこまで言うなら大丈夫なんだろうね」
「ところで俺がもし来なかったら何しようとしてたんだ?」
「んー、まずは僕が君の相談に乗ってあげようとしたさ。 勿論、君が話すまでは帰るつもりはなかったさ」
その言葉で、ふと昔のことを思い出した。
昔、京から借りたゲームソフトを事故で壊しちまったことがあった。
京は親友だったし、親の花瓶を割っちまったことで相談したこともあったぐらいだけど
流石に当の本人にそれを告げるのは怖かったんだ。
そのゲームソフトは、京が父親に誕生日で買ってもらったお気に入りのゲームだったし。
とても本人に伝えにくくて、俺は意図的に京から距離をとったり強く当たったりしちまっていたことがあったんだ。
今思えば、素直にただごめんなさいすればよかっただけなんだけど。
当時の俺は今の関係が崩れてしまうのが怖くて恐れていた。
そんな時、京は俺の家に遊びに来て、最近の俺の態度について聞いてきたんだ。
俺は必死で隠そうと、『なんでもない』の一点張りを決め込んでいた。
だが、京はしつこく食い下がってきてしまいにはケンカにまで発展したんだ。
思い出せば、ケンカといっても俺が一方的に暴力を振るってしまっていただけだった。
京はそれでも俺のことを心配してくれていたんだろう。
何度でも立ち上がり、俺にしつこくしつこく食い下がってきたんだ。
鼻血を流そうが目にアザができようが唇を切ろうが、あいつは決して俺に手を出さなかった。
その時のアイツの一言で、俺は目を覚ました。
『何でも話せよ、僕達親友だろ?』
そこで俺は目を覚ましたね。
下手に意地なんてはるもんじゃないさ。
その後はめでたくワケを話して笑って許されたんだけどな。
良い思い出にはなったと思ってる。
「後は邦彦のテンションを上げさせるためにも先輩の色仕掛けも考えたけど、流石にそれはやめといたよ。」
「……一瞬期待しちまった俺がアホみたいじゃないか」
「椿ちゃんはどうなんだい?」
「あいつも吹っ切れた、もう大丈夫さ」
「そうか、なら今日は君達の復活祝いに変更しないとね」
なんだってこんな人がいい奴が多いんだろうな、俺の周りは。
嬉しくてつい泣いちまいそうなぐらいだ。
……そんな俺が、未来では間違いをおかしそうになったんだよな。
時間を戻すなんて正気の沙汰じゃねぇし、過去の俺を殺そうとするのも明らかに異常だ。
一体、何が俺を変えてしまったんだ?
それを知るのは、『未来の俺』だけ、なんだろうな。
「ほほう、貴方達が桃子様のお友達ですかな、お茶をお入れしましたぞ」
すると、さっき俺達をここまで案内してくれた執事がティーカップを俺達の前においてくれた。
うお、随分と高そうな器だな。
「ええ、はい。 いやぁ、まさかこんな屋敷に住んでるなんて思いませんでしたよ」
「お嬢様は先日あまりお食事がお進みにならなかったもので心配でしたが、今日は元気そうで何よりでしたぞ」
「え? 先輩が?」
俺は目をキョトンとさせた。
まさか食事が喉に通らないほど俺を心配していたとは……
俺の想像を遥かに超えていた。
後で謝らないと……とりあえずごめんなさいか?
「では、ごゆっくりどうぞ」
と告げると、執事は立ち去った。
しかし、あの身のこなしといい決まってるなぁ。
本物の執事なんて存在するのな。
「さて、暇だしトランプでもして遊ぼうか」
「こんなところにきてまでトランプかよ」
まぁ、待ってる間暇だからいいか。
俺がトランプに手を伸ばそうとすると
いきなり視界が緑一色で覆われた。
『7並べすんぞ、テメェにだけは負けねぇからなエロヒコ』
「ふ、トランプなぞこの私の千里眼を駆使すれば……クッ、右目が疼く……っ!?
お前達……俺から離れるんだっ!!」
どさくさに紛れて何か余計なヤツがいるぞ、おい。
いや、まぁクソワニはおいといて……なんで担任まで?
あ、そういや顧問だったな。
やれやれ、今日は退屈しそうにないな。
『未来の俺』のことなんて忘れてぱーっと遊んじゃいますか。
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