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未来宣告  作者: 海猫銀介
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第20話 俺のバーニングハート



あの後、俺達は何一つ会話を交わすことはなかった。

とてもじゃないが、買出しに行く気分にはならずに一度学校へ戻り、先輩に一言謝って俺は家に帰った。


なんて言い訳したかは覚えてない。

ただ先輩は何も言わずに

『またね』

と、微笑んでくれたことだけは覚えている。


いつもなら、その笑顔だけで救われた気分になるが、今日は重症だ。

いや、あんな事件が起こっちまったらそりゃ笑えないだろ。

これで先輩に嫌われちまったかな、俺。

……今はどうでもいいや、そんなこと。


飯もろくに食わずに、俺は自室へと戻る。

椿の奴も、あんまり飯が進んでいなかったようだ。

母さんは、どういうわけだか今日は怒らない。

前に一回食べ残したときは、鬼のような形相で怒ったくせに。


俺は部屋の中心で、大の字になった。

しばらく、一人になりたい。

この静かな空間で、何もせずにボーッとしていたい。

そんな願いも空しく、扉が開く音がした。


無言で、誰かが俺の横に座り込んだ。

いや、見なくてもわかる。

母さんや親父だったら何かしら言葉を発するはずだしな。

今の俺は気まずいだとか、そんなこと考えている余裕もない。

ただ、現状に混乱して、あの出来事を脳内で何度も何度も繰り返すだけだ。


「……ねぇ、聞かないの?」


「……」


返事するのが面倒だった。

悪いな、椿。

お前は別に悪くないのはわかってる。

でも、どうしても今はお前の相手してる気分じゃないんだ。


「ごめん」


俺が口に出さなくとも察したのか、椿は一言俺に謝った。

……ああ、くそ。

こういう雰囲気は嫌なはずなのに。

仕方ないんだ、俺の気が向かないんだから。

俺は自分の行動を、無理やり正当化させていた。


ガチャリ


「邦彦」


突如、部屋の中に男の声が響き渡る。

考えるまでもない、親父の声だ。

いつもと違って声色がちょっと低い、怒っているのか?


「話がある、来なさい」


「……」


「邦彦っ!」


俺は親父の言葉を無視しようとした。

だが、親父はそれを許さなかった。

これ以上親父を怒らせても仕方ない。

俺はゆっくりと立ち上がってフラフラと部屋の外へと出る。


「椿くん、悪いが君はここにいてくれ」


「は、はい……」


俯いたまま、椿は俺と目を合わせようとしない。

それは俺も同じだ。

俺は黙って親父に連れられて、リビングへと案内された。

食器は片付けられていて、いつもつけっ放しのテレビも消されている。


母さんの姿はリビングにはなかった。

文字通り、俺は親父と1対1で話すことになる。

親父が椅子へと座ると、俺も黙って親父の正面に座る。


目を、合わせられなかった。

親父が怖いだとかそういう理由じゃない。

話す気分に、なれなかったから。


「……何か、あったのか?」


親父の重く低い言葉が、俺にのしかかる。

ああ、あったさ。

たくさん、あったさ。


でも……何一つ、親父に話せるような内容じゃねぇんだよ。

母さんにも京にも……先輩や担任、ついでにあのクソワニも含めてやろう。

とにかく、こんなぶっ飛んだ話……するわけにもいかないだろうが。


「椿君と、ケンカでもしたのか?」


俺は首を縦にも横にも振らない。

微動だにせずに、俯いたままだった。


「父さんの目を、見てるんだ」


親父は、両手で俺の顔を強引に持ち上げた。

目の前には、親父の真剣な表情が映し出される。

それでも俺は、目を逸らそうとした。

こりゃ、一発殴られるかもな。

まぁいいさ、それで話が終わるなら。

そんなことを考えていると、親父は自然と俺の顔を開放した。


「……父さんに、話せないことがあったのか?」


ビクッ――

俺は少し、動揺してしまった。

いや、親父にあのことがわかるはずないのは確かだ。


やれやれ、どうにも俺は敏感になりすぎているようだな。

内容はバレていないにしろ、これでは親父に俺が隠し事をしていることがバレたも同然。

親父が俺のこの反応を、見逃すはずもないだろう。


「……そうか、ならば無理に聞こうとはせん。

だが、これだけは言わせてくれ。

父さんは、お前達の力になりたいと思っている。

お前達二人の辛い表情は、見ていてとても辛いのだよ」


「何があったかはしらないが、

決して自分達だけの力で解決をしようとするな。

どうしても、どうしても大人の力が必要だと感じたら……

父さんを信用して、全てを話してほしい」


「これは、母さんも同じ想いでいる。

今のお前達は、それほど緊迫した『何か』を抱えているのが、伝わってくるんだ。

どうか……どうか手遅れにならないうちに、大人を信用してくれ」


俺は黙って耳を傾けていた。

違うんだ、親父。

親父や母さんを信用できないとか、そういう話じゃないんだ。


ただ、わからないだけなんだ。

俺は、何をどうすればいいかわからなくて。

それは椿も同じなんだ。

……クソッ、何してんだ俺は。

親を心配させて、どうすんだよ。


もっと、いつも通りに明るく……接するべきだった。

俺なら出来るはずだ、いつも通りに明るいフリぐらい、無理にでもやれたはずだ。

それなのに、俺は……。


……話す、わけにはいかない。

これは、俺達で解決しなければならない問題だから。

最低な、息子かもしれない。


わかってくれ、今の俺が

とんでもなく『非常識』な状態に巻き込まれていること、を。


「……すまん、もういいぞ」


親父は全てをいい終えると、そのまま重い腰を持ち上げて、リビングを立ち去っていく。

俺はただ、誰もいなくなったリビングでぼーっとするだけだった。


事態はもう、俺や椿だけの問題じゃない。

家族にまで、間接的に迷惑をかけちまっている。


……このままここに残ってても仕方ない。

俺はそのままリビングを出て、階段を上る。

フラフラとした足取りで、自室へとドアを開けた。


「あ……おかえ、り」


ちょこん、と部屋の中心で椿が何故か正座をしていた。

目の前には折りたたまれたノートPC。

例の大佐とでも話していたんだろうか。


「あ、あのね、ちょっといいかな」


あまり浮かない顔をしながら、椿は俺に声をかける。


「……今日はもう寝る」


「あ……う、うん」


椿は肩を落とし、うなだれた。

本当に悪い、今日だけは勘弁してくれ。

今の俺は、状況を把握したいだとか

今度どうするだとかそんなことこれっぽっちも考えていない。


ただ、ひたすらさせてくれ。

現実逃避、とやらを。

その後、椿と一言も交わすことなく、俺は布団に包まった。


擬似的な一人空間を作り出し、俺は考え事をする。

っつっても、ただ今日のあの出来事を永遠に頭の中で繰り返すだけ。


怖かった。 死ぬかと思った。


その程度で済めば、どれだけ気が楽だったか。

俺は、『俺』に殺される。

同時に、『俺』から告げられた言葉は

『俺の死』は、クロックスの上層部が望むこと。

クロックスとやらは、椿から聞いた限りでも相当力のある組織だ。

つまり、それは『世界』に死ねと言われているのと同義なのかもしれない。


俺は、絶望しているのか?

それとも、『俺自身』に殺されることにショックを受けているのか?

……こんな事実を、隠していた椿とあの大佐を恨んでいるのか。


どれも、正解なんだろうな。

よく、わかんねぇや。

ああ、これからどうすれば、いいんだろうな。

頭の中で、そんなことをグルグルと巡らせていると、俺の意識は闇へと沈んでいった。










――ふと、俺は目を覚ました。


目の前に広がる光景は、暗闇。

そういや掛け布団に包まったまま寝てたんだっけか。

よく悪い夢見なくてすんだな、俺。


まだ、朝にはなっていない。

深夜に目が覚めてしまったか。

このまま気持ちよく寝れれば、また違ったかも知れねぇのに。


……いや、あんなこと起きた後にむしろよく眠れたほうだ。

余程疲れていたのか、俺は。


とりあえず、体を起こすか。

そう思った矢先、スーッと襖が開く音が耳に入る。

何故か俺は、息を潜めた。


「……眠れてる、のかな?」


聞こえてきた声は、椿の声だ。

こんな深夜に起きていきなりなんだってんだ。


「えへへ、心配になって見に来ちゃったの。 眠れてるんなら、ちょっと安心した」


何だよ、もしかして俺のことが心配だったのか?

こいつから心配されるなんて、俺どんな顔してたんだろうな。

雰囲気的に起きていることがバレるとめんどくさいことになる。


なあに、狸寝入りなら慣れているさ。

俺はこのまま寝たフリを決行した。


「ごめんね、全部私の失敗なの。 本当なら、私が未然に防がなければならなかったのに」


何の反応も示さない俺に、椿は語りかけてくる。

失敗って何の話だよ、俺を殺さなかったことか?

俺は黙って、耳を傾けた。


「この時代に留まる方法もね、他にもいっぱい……いっぱいあった。

でも、私がどうしても君と……邦彦と、逢ってみたかったから」


「やっぱり、私が思った通り優しい人だった。 その事がわかっただけでも、凄く嬉しかったの。

それにね、この時代に来て初めて学校にも通えたし……お友達も出来たし、毎日が凄く楽しいと思ったの」


「私……もう十分、楽しんだよ。 これ以上……邦彦を傷つけない為にも、私……一人で戦うから」


椿の言葉には、重みがあった。

揺らぐことがない、固い決意の詰まった一言。

ようやく、『迷い』を吹っ切れたかのような感覚が伝わってくる。


「辛かった、よね。 怖かった、でしょ……?」


布団越しから、椿は頭をゆっくりと撫でた。

その手からは、温もりが伝わってくる。

椿が今どんな顔で、こうしているのかが鮮明に頭に浮かんできた。

俺の中での椿は、ひどく悲しい顔をしていたけど、笑っていた。


「……大丈夫、アイツの好きにはさせないから。 もう、大丈夫だから……」


撫でるのをぴたりとやめると、ゆっくりと足音が耳に入る。

トットット、と俺を避けて器用に歩いているのが浮かぶ。

そして、足音は止まった。




「今まで、ありがとうね。 バイバイ」




短く、切ない一言。

力なき椿の言葉が、耳に飛び込んでくる。

椿がどんな事情でこの時代に来たのか、何でここまで俺を気遣ってくれているのかはさっぱりわからん。


だけど、椿には椿の使命ってのが確かにある。

その使命がおそらく、『未来の俺』を殺すことなんだろう。

その為にも、俺が知らないところで椿自身は勿論のこと、あの大佐とやらも色々と動いていた。


……一方、恐らく椿がこの時代へ訪れることになった原因を作った俺は


何も、知らなかった。


椿や大佐の理不尽な対応に、一度はキレたこともあった。

日常生活の中で、散々迷惑をかけてきた椿の文句もたくさん言ってやったりもした。

俺はただ、何の自覚もなく、ちょっとだけ変わった日常を過ごしちまっていたんだ。


そうだ、俺は一番

自分自身が許せなかったのかもしれないな。

何も知らなかった、自分自身が。


それは今も同じだ。

『未来の俺』から告げられた『事実』を、受け止めようともせずに。

あいつのことも、全く理解しようとしないまま

知ることを避けて、一人で勝手に閉じ篭っちまった自分が、許せない。




その時、俺の心に火が点いた。




ガバッ、と俺は布団を投げ捨てるかのように、勢い良く立ち上がる。

目の前の、椿と目が合った。

たかが数時間ぶりなのかもしれないが、本当に久しぶりに人と目を合わせたような感覚、だ。

椿は目を丸くして、口をポカンと開けたまま俺のことを見ていた。


「……大佐」


「え?」


「今すぐ、大佐に繋げよ。 まさかあの多忙な大佐がこの時間に暢気に寝てるワケねぇよな?」


「く、邦彦……?」


椿は混乱していた。

突然、怒り狂った俺を前にして、脅えてしまっているようだ。

いや、別に怒り狂っているわけではないんだけど、そう見えていると思う。


だが、これは違う。 単なる怒りじゃないことを、察してくれ。

俺も、お前と同じで『決意』したんだからな。


「俺は、当事者だ。 今更、俺を無関係だと言い張る気か?

全部教えろよ。 未来の俺が及ぼした影響と、お前自身の『真の目的』をよっ!!」


「邦彦……わかった、すぐに準備するっ!」


やれやれ、深夜だってのに何をしてんだか俺は。

幸い明日は土曜日、学校は休みだから気にすることはない。

こうなったら、朝まであの大佐を問い詰めてやるだけだ。


一度点いちまった俺の『炎』、簡単に消せると思うんじゃねぇぞ。

前回の後書きで拍手10回云々と書きましたが、まさか本当にしてくれる方はいるとは思いませんでした。

付き合ってくださってありがとうございます。

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