第18話 クソ生意気なワニは成敗だ
翌朝、俺と椿は何事もなかったかのように家を出た。
いつもの如く、まだ暢気に飯食ってる椿を置いていこうと一人でチャリを出すと
また未来的な力で俺に追いついて強引に後ろに乗る。
もうすっかり日課になっちまったな、このやり取り。
「お前さ、絶対走ったほうが速いだろ。 わざわざ俺の後ろに乗って俺の貴重な体力を使わせるな」
「だってこっちのほうが楽だし、それにまだ道覚えてないよ?」
「いい加減覚えろ、こんな単純な道ぐらい」
「いいじゃん、いつも一緒だし」
「よくないわ」
相変わらず男なら喜ぶはずの言葉を口にするが、ちっともときめかない。
それにしてもこいつ、昨日の事については何も触れてこないな。
何事もなかったかのように、口元に米粒つけながら笑ってやがるし。
あえて黙っておこう、精々学校で大恥をかくがいい。
中身のない会話をしている間に、あっという間に学校へ辿りつく。
退屈な通学時間に暇潰しの相手が出来たと考えれば、プラスに思えるかもしれん。
「じゃ、先に教室行くねっ」
「あ、ああ」
あいつは1秒でも早く教室にいって友達と逢いたいらしく、いつも俺を置いて猛ダッシュで教室へと向かう。
反対に俺はのんびりと貴重な一人の時間を利用して歩いていくのだ。
『よう、クニヒコじゃねぇか』
「……何だ、お前か」
随分また急な登場だな、おい。
全く気づかなかったが、俺の隣には例のアル中マスコットと野月が睨むように立っていた。
何で俺睨まれてんだ?
『昨日はよくも大恥をかかせてくれたなっ!
俺の実力はあんなもんじゃねぇ、どんな細工をしやがったんだ? アアン?』
「人形如きが人間様に歯向かおうとするなよ」
『何をーっ! エロいだけが脳のお前が生意気な事をっ!』
「確かに俺はエロいが健全なエロさだ、別に異質ではない」
『おい、会い方の前でエロとか連発すんな、悪影響だろうがっ!』
こいつ自分から言っといて何なんだ、クソッ!
付き合いきれんぞ、全く。
「はいはい、俺が悪かったさ。
んじゃ、俺はお前の相手してる暇ないんで」
これ以上は面倒臭くなってきたので、俺は早足で野月を置いて立ち去ろうとした。
『あ、おいコラエロヒコ――』
ビターンッ!
・・・
何の音だ?
俺は後ろを振り向くとすると、ふと顔に布のようなものがぶわっと被さった。
「ブホァッ!? な、なんだ?」
あまりにも突然な出来事で、思わず大げさにリアクションしてしまったが
俺は手に持った布の正体を確認する。
この緑色といい赤いトサカといい……これ、例のアル中ワニじゃねぇか。
あれ、ということは本人は?
視線を下に向けると、
そこにはうつ伏せで思いっきり倒れている野月の姿があった。
思いっきり顔面を地面にぶつけて、両手を上に大きく上げてやがる。
あーあ、派手に転びやがったなこいつ。
こいつは受身もとれないのか、こんな運動音痴なら昨日の出来事も納得がいくぞ。
「おい、大丈夫か」
「……――っ!?」
涙目になりながらも起き上がると、野月は自分の両手を見てハッとする。
自分の手と俺の手にあるアル中ワニを何度も何度も交互に確認する。
おっと、中々面白い状況じゃないか。
ひょっとしたらこいつの生の声聞けるんじゃないか?
「……あ、あ……」
掠れた声で、野月は目を逸らしながら人形を指差す。
顔は真っ赤になっていて、完全に俺と目を合わせようとはしない。
うん、こいつもやっぱ可愛いところあるんだな。
あのクソワニのせいで嫌なイメージしか持ってなかったが。
「何だ、返してほしいのか?」
中々喋りだそうとしない野月に対して、俺はニヤニヤしながらそう言う。
すると表情をパッと明るくさせて、野月はコクコクと大きく頷いた。
あくまでも喋らないつもりだな、ならば――
「ちゃんとその口でお願いするんだな、いつまでもこんな人形に頼ってるんじゃねーぞ」
今まで生意気な口を利かせてきたお返しのつもりでもあった。
俺はちょっと野月に意地悪な事をした。
事情は知らんけど、こいつこれがないと喋れないっぽいし。
こういう奴には、スパルタで行くべきだと思うんだ、うん。
そのほうがこいつのためにもなる、と俺は自分の行動を正当化させる。
すると野月は回りの様子を伺い、オロオロとしていた。
ちょっと可哀想になってきたな、しょうがない返してやるか。
そう思った矢先、野月はため息をついて顔を俯かせていた。
ん、もしかして喋るのか?
俺はそのまま何も喋らずにいると、野月は顔をパッとあげた。
「キミ、返したまえ」
「……は?」
「聞こえなかったか? 私の相方を、返したまえ」
蓋を開けてみると、ビックリ。
そこにはハキハキと命令口調で言葉を発する野月がいたとさ。
おまけにやたらと目を細めて、背が低い癖に俺のことを見下しているかのような目線だ。
声のトーンも低いし、やたらドスをきかせているというかなんというか。
おい、さっきまでの弱気そうに見えた可愛い野月は何処へ消えたんだ?
「何だよ、お前喋れるのかよ」
「当たり前だ、出なければ腹話術なんて出来るわけないだろう」
仰るとおりで……。
しかしこいつの演技プロ並だろ、すっかり騙されてたぞ俺。
いや、勝手に俺が思い込んでいただけだが。
「よくいるんだよね、キミみたいに勝手な事をしてくれる男がさ。
それで、私の本性を見てビビってしまうのさ」
「別に俺はビビッてないぞ」
「嘘をつくな、どーせ小便ぐらいチビっているんだろう」
クソ、こいつの生意気な口調は素だったのか。
ここでなめられるわけにもいかんぞ。
「クッ、お前こそ昨日のパンチングマシーンはなんだったんだよ。
どーせならハイスコア出す練習してからやれってんだ。
小さい癖に無茶しやがってよっ!」
「ム……小さいは余計だ、男にできて私にできないなんて不公平だろう?
試してみたくなる気持ちもわかりたまえ」
そんな理由でパンチングマシーンに挑戦したのかこいつは。
しかも人形で……。
こいつ男にでも恨みがあるのか?
「というわけで、返してもらう」
スッと、野月の小さい手が俺の手から一瞬にしてワニを奪い去った。
あ、しまった。
クソッ、油断してた。
いやだってまさか野月が、こんな性格だったなんて誰が想像……
いや、ワニを見れば想像できたか。
「……何でお前、ワニでしか喋らないんだよ」
『おっと、相方には相方の事情ってもんがあるんだよ。
これ以上触れようとするなら、怪我じゃすまねぇぜ?』
ち、すっかりワニモードにはいりやがったか。
まぁいいや、ちょっと野月の素顔を見れて気分がいいし。
『さてと、そろそろ時間だ。 悪いが遅刻だけはしたくないんでな、エロヒコはそこで寝てろっ!』
野月はタッタッタッと小走りで駆け出していった。
ズテンッ
また派手に転びやがった。
そういや、何もないところで躓いたのかあいつ。
いやぁあいつ中々面白いな、今度またからかってやろう。
今日も俺はハイテンションなまま教室へと向かうのであった。
ああ、やっと退屈な授業が終わった。
放課後になった俺は、いつもの如くフラフラと部室へと向かう。
椿は何故か教室にいなかったので、とりあえず放っておく。
部室へ辿りつくと、先輩がいつもの場所で本を読んでいた。
流石絵になるぜ、写真1枚でも取らせてもらえないだろうか。
是非俺の枕元においておきたい。
「ほう……来たか、遊馬」
と、もう一人先客がいたようだ。
この声どっかで聞いたような……。
「……あれ、何で先生が?」
俺の目の前には、何と俺のクラスの担任がいた。
文芸部に何の用だというんだ?
「実は委員会からの依頼でな、ここ最近テロリストが文芸部を狙っているらしく
その調査の為に私がよこされたわけだよ。
安心してくれたまえ、私が必ずお前達を守ろうではないかぁぁっ!!」
「先輩、どうして先生がいるんです?」
中2病モード全開の先生を無視して、俺は先輩に直接尋ねた。
いや、だって相手するとめんどくさいしな。
「あら、遊馬くん。 ダメじゃない。
菊井先生は文芸部の顧問なのよ?」
「……マジですか?」
知らなかった、俺のクラスの担任なのに。
ちなみに菊井というのは俺の担任の名前だ。
皆中2先生って呼ぶから、中々本名を知る人はいないけど。
「そういうことだ、つまりこの文芸部では私が上司ということなのだよ……つまり、逆らうことは許されん。
では、ユーマよっ! 貴様に任務を受けてもらうっ!! 」
「……な、何でしょうか」
「貴様にはこの世界を掌握する為の最高機密資料を機関の奴らから奪取することを命じるっ!!」
俺はちらりと先輩と目を合わせる。
「えっと、私がミステリーをテーマにした作品を書きたいって先生に言ったら、
部費で資料を買ってもいいってことになったの。
だからね、私が指定する資料を本屋で調達してきてほしいの」
「あーなるほど……」
「うむ、資金を惜しむ必要はない、必要なときに使ってこその軍資金だからな」
んーつまり、俺は先輩の代わりに本屋までお使いにいけって話だな。
全く、先輩がいなかったら今頃更に話が膨らんで、小説の1本でも書けるとこだったぞ。
「遊馬くんも何かほしい資料があったら買ってきていいからね、私ばかりじゃ不満だろうし」
『エロ本だけはやめろよな』
いつの間にかワニが出てきやがるし。
またこいつは先輩の前でそういうことを言う。
クッ、これでは俺のイメージがただのエロい後輩じゃないかっ!
いや、こんな妨害工作に負けてる場合じゃない。
「……わかったぜ、先生。 俺、かならずこの任務をやり遂げてみせるっ! じっちゃんの名にかけてっ!!」
ミステリー繋がりで叫んだみたが、やってしまった後に後悔。
何故か先生は一人で大爆笑してたからいいか。
「はい、じゃあこれがリストね。 なるべく良さそうなものを選んできてね」
先輩は俺の右手を両手でギュツと握って、手書きもメモを渡してくれた。
ピンク色で花柄のメモには可愛らしい文字が書かれている。
くぅ……先輩からこんな真心をこめたメモを貰えるなんて俺幸せすぎるなぁ。
俺はメモに目を通してみた。
・生体解剖
・殺人心理学
・黒魔術
・妖怪大図鑑
・呪われた古代文明
・あの人の胸板
・・・
何か若干よくわからんメモが混ざってないか?
全部合わさると随分カオスなミステリーものになりそうだな、おい。
ま、まぁ先輩の頼みだ……何とかそれっぽい本を探してくるしかないか。
「あれ……そういえば椿の奴見てないですか?」
「あらあら、遊馬くんが知らないのなら私が知るわけないじゃない」
どういう意味だ、先輩。
俺は貴方一筋だぞ?
で、野月ことアル中ワニも知らないような反応をしていた。
何だ、あいつ一人で帰るはずもないと思ったけれど。
まぁ、いいや。
「あいつがきたら俺が買出し行ったこと伝えといてください、無意味に探し回られても困るし」
「はいはい、伝えるわよ」
『なんだ、心配なのかツバキが?』
「んなわけないだろ」
あいつのことだから、俺がいなくなったって騒ぐと
何かとんでもないことしでかす気がするんだよな。
それが心配なだけさ。
「じゃ、行ってきますよ」
俺はそのまま部室を後にして、駐輪場へと向かっていった。




