第17話 何でこんな言い方しかしないんだろうな?
いつもより遅い夕飯をぱっぱと平らげた後、俺は自室へと向かう。
母さんにもっとゆっくり食えと怒られたが、ヘイヘイと俺は軽く返事を返すだけだ。
部屋の中心に大の字となって、見慣れた天井を見上げる。
ああ、今日はちょっと疲れたな。
このまま眠ってしまおうかと思ったが、そうもいかない。
「じゃ、準備するから待っててね」
「ああ」
一緒に自室へと戻った椿は、寝床である押入れを開けて何やらゴソゴソと物を探しているようだ。
クネクネと動く腰と尻を見てるワケにもいかんので、ここは紳士的な対応で目をそらす作戦に出た。
あんな奴の迂闊な行動で欲情するのはプライドが許せん。
しかし、何の用なんだろうな……その大佐とやらは。
大体俺に用事があるってんなら、この前みたいにテレパシーっぽいのすりゃいいだろうに。
ま、未来にも未来の事情があるんだろう。
一応俺はクロックスにとってのターゲットだし、最近自覚が薄れ気味だけど。
「終わったよ、はいっ!」
椿は相変わらずの笑顔で、俺に何やらPCのようなものを渡す。
これ、この前椿が使っていた奴か?
未来の最新PC……そう考えると何だか俺はドキドキしてきてしまった。
一体どれほどの超スペックなんだろうな。
形式は変わっていないとはいえ、きっと今の俺のPCがゴミに思えるぐらい素晴らしいんだろう。
だって未来のPCだぜ、そりゃ高性能じゃなきゃおかしいだろっ!
「で、どうすりゃいいんだ?」
「んとね、ここを開いてこうやってーこうテイテイテイーパパパッーえいっ で、終わりだよ」
「さっぱりわからん」
せめてジェスチャーぐらいよこせ、わけのわからん擬音だけでわかる奴が何処にいるんだ。
とにかく使い方は変わっていないだろうと信じて、俺は閉じられていたノートPCを開く。
丁度目に入ったのが、赤いランプが点灯しているいかにも電源っぽいマークのスイッチ。
よし、これだろ電源は――
「ダメダメ、それダメっ!?」
「な、何だよ? 電源じゃないのか?」
「それ、自爆スイッチ」
俺はその言葉を耳にした瞬間、パタンとPCを閉じた。
「今すぐこの物騒な機械捨てて来い」
「えーっ!? どうしてーカッコイイじゃん、自爆スイッチっ!!」
何てもんPCにつけてやがんだ。
これぞ未来が編み出した最強のセキュリティなのか?
間違って押しちまったらどうすんだよ。
俺の部屋どころじゃすまない気がするぞ、こいつのことだし。
未来の爆弾なんて想像しただけで恐ろしいわ。
「未来じゃ普通なのか? 自爆スイッチつけることが」
「ううん、私の趣味だよ」
俺は言葉を失った。
趣味で自爆スイッチなんて代物つけやがって、俺を殺す気だろこいつ。
あ、そういや俺を殺すつもりだったな。
いかん、このままじゃ拉致があかん。
「とにかく電源を教えろ」
「もうついてるから大丈夫だよ、後はこうやってーこうして待機するだけー」
カチャカチャと繊細な指で、椿は未来のPCを操作する。
流石未来人、肉眼で捉えきれないほどの素晴らしいタイピングだ。
あっという間に何かのソフトが立ち上げた椿は、そのまま立ち上がって部屋の外へと向かう。
「そろそろおに……フェイズ大佐が出てくると思うから、後は頑張ってね」
「ん、何処行くんだよ?」
「んー適当に邦彦のお母さんと話してるね。 それじゃ」
そう告げると椿は、バイバイと手を振って部屋を後にした。
ああ、そうか。
今回は椿なしという条件だったな。
んーしかしあんまり緊張しないな、俺。
クロックスの偉い人だから、相当な人物だとは思うけれど。
あんな非現実的な組織だし、別に畏まる必要もないか。
『やあ、お待たせ』
聞き覚えのある声が、PCから発せられた。
ああ、間違いなく本物だな。
あの時俺の頭に声をかけてきた奴だ。
起動されていたツールから、大佐とやらの姿が映し出された。
金髪青眼の長身に真っ白な軍服っぽいのを身に纏っている。
京を大人にするとこうなるんだろうなーって顔つきだ。
あいつもイケメンではあるが、この大佐とやらも負けていない。
年はまだ20代に見えるな、普通偉い奴ってもっと年食ってると思ってたけど。
『初めまして、遊馬 邦彦くん。 私が今回の司令官を務める「フェイズ・アーケネイター」だよ、階級は大佐だ』
「別に初めてでもないだろ、あの時俺は声を聞いてるんだし」
『実際こうやって対面するのは初めてだろう? それに、形式的なものでもあるのさ』
「何でわざわざ姿を見せるんだ? 前は変な技術で俺の頭に声かけてきたってのに」
大佐相手だってのに俺は、ため口で話をどんどん進める。
別に緊張もしてるわけじゃないし、何せ俺はこいつをあんま気に入らん。
この機会にたっぷり文句を言ってやろうと俺は意気込んでいた。
しかし凄いな、これ本当に時代をすっ飛ばして会話しているのか俺?
最近の映像チャットと何も変わらないじゃないか。
『あれは一方的な通信手段でしかないのさ。 私はね、君に物凄く興味を持っているのさ。
だからこうして、わざわざ上層部に許可を貰ってまで君と面談する機会を得たということだ』
「これから殺す相手に興味を持つなんて変わってるんだな、クロックスってのは」
『そんなに警戒しなくてもいい、今回の目的はただの雑談さ』
「ざ、雑談? 何で?」
俺は大佐の意外な言葉に驚きを隠せなかった。
てっきり俺に関わる衝撃的な話がくるもんだとばかり思っていたからだ。
いや、それだけでこの場を設けるとは考えられない。
椿も席を外しているぐらいだしな。
『君を知りたいのさ、我々は……いや、私自身がね』
「俺を知りたいっつっても……散々監視とかしてるんじゃないの?
だってそのための椿なんじゃないのか?」
『我々にも事情があるのだよ、邦彦くん』
あーくそ、こういう言い方が腹立たしい。
これだからクロックスとかわけわからん大佐が嫌なんだ。
思わせぶりな事を口にするだけ口にして、結局頭の中がモヤモヤする。
これじゃ、前の一方的な通信と何も変わらんじゃないか。
「で……俺は何をすればいいんだ、学園生活のことでも話せばいいか?」
『それもいいんだけどね、まずは確認したいことがあるのさ』
「何だよ」
『君は、黒柳 椿のことをどう思っているのかさ』
ブッ
俺は思わず噴出してしまった。
何を言い出すんだこの大佐っ!?
って俺もこういう反応はどうかと思うけど。
「ど、どうっつってもなぁ……あいつを見ているとクロックスの上層部が適当なんだなって印象を受けちゃうぞ。
未来の技術惜しげもなく使いまくるし、それで俺に迷惑ばっかかけまくるし……」
『なるほど……つまり今の君は、彼女を信用しているってことでいいんだね?』
「ん……まぁ、正直今は殺されるって自覚はない。 むしろ、あいつ自身楽しそうだしそんな目的忘れてるようにも見える」
何でそんなことを聞いて来るんだ?
何か腑に落ちないが、俺は大佐の質問に答えていった。
「なるほどね、そうかそうか」
「大佐からも注意したほうが良いんじゃないか? 俺が上司だったら絶対怒るって」
いや、冗談抜きに。
あいつ本当自覚ないことばっかしてるし。
本当クロックス上層部が放置している理由がわからんぐらいだ。
『ハハッ、流石に私が甘やかしすぎてしまったようだな、君の忠告は素直に受けよう』
「……もしかして、大佐があいつの兄貴なのか? 前、あいつ義理の兄がいるとか話してたけど」
俺はふと思い出したかのように大佐に尋ねた。
やたらと椿の様子を伺ってきたり、スルーしてたけど
椿が大佐の名前を呼ぼうとするとき『お兄ちゃん』と言っていた気がする。
知ったところでどうもこうもないんだけどな。
『いかにも、義理ではあるんだけれどね。』
俺は椿の家庭状況について聞こうとしたが、そこでハッとなって口を止める。
そんなことを知ってどうするんだ、別に俺が関わるような問題でもないだろうに。
『……実は、君にお願いがある』
「お願い? 何だよ」
クロックスの大佐が俺にお願い……?
これから殺す奴に何をお願いしようってんだよ。
面倒ごとは絶対断るぞ、いくら金つまれてもだっ!
『彼女はこっちの時代では色々と辛い経験をしていてね、是非君が彼女を支えてやってほしいんだ』
「はぁ? どうして、俺がっ!?」
俺は間髪いれずにそう叫んでた。
こいついきなり何を言い出すんだ。
仮にも俺はあいつに殺されるという運命を背負っているのに。
マジで何がしたいんだよ、クロックス……。
俺はただひたすら頭を悩ませるだけだった。
『すまないな、君が疑問に思うことは最もだ。 今のは忘れておくれ』
「……あんたらの事情は知らないけど、別にあいつのことなら心配はいらないだろ
監視してるあんたらが一番わかってんじゃないの?」
『……ならば言い方を変えよう、これから何があっても……椿と同じように接してくれるか?』
大佐の目は真剣そのものだった。
しかし、その言葉は俺にとって重く圧し掛かる一言だ。
何を言っているんだ……俺は椿に殺されるかもしれないのに。
もし、そのときが来たら、俺は同じように接する自信がもてるわけないだろうが。
だが、俺は一つだけ確認したいことがあった。
大佐の目から薄々と感じられる、この切なる願い。
それは一体、誰の願いなのか、を。
「……一つだけ聞かせてくれよ、それクロックスの意思なのか?」
『正直に言おう、義理の兄としての私の意志だ。
今日はこれを伝える為にこの場を設けた。
監視は誰もつけていないし、この会話は録音の類も一切されていない。
やれやれ、上層部を説得するの楽ではなかったさ』
「な、何でそこまでして?」
『ちょっとだけ口を滑らせてしまうとね、どうも私達が知る君とこの時代の君は、何かが違っているようだ。
おっと、私の言葉に余計な詮索はしないでくれ給えよ、あくまでも口を滑らせたなのだからね』
「……んまぁ、気になるけど今は気にしないでおく」
クロックスの知る俺とこの時代の俺……?
大佐とやらの言葉に俺は頭を悩ませた。
この言葉は、何か重要な意味を持つ気がする。
『急進派の奴らは今すぐにでも君を殺せって言うのもいるんだけどね、私の力で何とか抑え込んでいる。
……私はできれば、君を殺さずに全ての事を終わらせたいと願っている。
彼女に君を殺させるのは、あまりにも重荷になりすぎるだろうしね。』
「ど、どういうことだよ……だって俺を殺すのはクロックスの意思なんじゃないのか?」
今日の大佐は、最初に逢った時と何かが違う。
そう、何だか口が軽い気がする。
わざと俺に何かを伝えようとしているような。
俺に何をさせようっていうんだ?
『さて……そろそろ終わりとしよう、君と話せてよかったよ、遊馬 邦彦くん』
「あ、おい、待てよ」
『……気をつけてくれよ。 君は常に……命を狙われていることを忘れるな』
「おい、だから待てって――」
捨て台詞のように大佐は最後の言葉を放つと、PCの電源は自動的に落とされた。
またしても、次々と意味深な言葉を残し俺を混乱させやがる。
これだから大佐とやらは苦手なんだよっ!
大体勝手に話を進めやがって……どうなってんだよ、今の俺って。
何だか話がかなりややこしい方向に傾いている気がしてきたぞ。
俺、これからどうなっちまうんだろうな……。
色々と不安になりながらも、俺は椿を呼びに階段を降りた。
親父と母さんと3人で幸せそうに会話をしてやがった。
クソッ、こっちはワケのわからん話を聞いた来たばかりだというのに。
こんなの不公平だっ!
「椿ぃ……話は終わったけど俺今日疲れたから寝るわ、じゃ」
「え? あ、うん、おやすみー」
「コラ邦彦っ! 椿くんをいきなり部屋から追い出すなんてどういうつもりだっ!?」
何故か親父に怒られる俺。
おい、まさか変な事言っていないだろうな?
「いいじゃないのお父さん、邦彦だって男の子なんだし」
「うんうん、男の子だからしょうがないしょうがない」
おい母さん、何か勘違いしてないか?
それに椿は絶対わかってないぞ、ああ畜生っ!
全てがめんどくさくなった俺はそのまま駆け足で階段を上りきって布団を出して即横になった。
畜生、今夜は悪夢を見そうだ――




