第16話 俺のスコアは100もいかない
特に事件も起きずに、俺達は無事にゲーセンに辿りついた。
いや、この程度で事件なんてあったら困るんだけどさ。
椿が絡むと何かしら起きる気がするし、ちょっとぐらい心配しちゃうだろ?
あいつは間違いなくトラブルメーカーだと断言できる。
だが、ここからが恐らく本番だろう。
俺はいつも通りに暢気に遊んでたりしてはいけない。
まずは奴の様子を伺う事から始めないとな。
俺は勇気を振り絞って、ゲーセンへと足を踏み入れた。
中に入ると相変わらず、耳が痛くなるほど色んなゲーム音が飛び交っていた。
俺にとっては、割と心地よくは感じるが慣れない奴にとっては騒音以外何でもない。
この中で、ゲーセンとは最も無縁と思われる先輩は、この空間をどう思うかが不安だ。
今更ながらゲーセンっていう選択肢は間違っている気がしてきたぞ。
もっとカラオケとかボーリングとか他にも選択肢はあっただろうに。
「うっわー凄いっ! 本物のレトロゲームだーっ!」
椿は中に入った途端に、満面の笑みでそんなことを口にする。
いつも通りの奴のテンションだが、お前マジで自覚したほうが良い。
自分の口にしている言葉に気づけ、
ここに置いているのは最新ゲームばっかだぞ。
クロックス上層部はマジどうにかしろ。
というか未来でもゲーセンって残ってるんだな。
一体どんな進化を遂げているんだろう……
やっぱりビデオゲームとかは死滅しているのか?
もうリアルで殴りあう時代になっちゃってたりするのか!?
「ねぇ遊馬くん、私ってゲームとかやったことないの。
プリクラぐらいしかやったことないし、私にもできそうなのないかな?」
俺が未来への妄想を膨らませていたときに、先輩が現実へと引き戻した。
というか何だと、俺にお勧めゲームを教えろと申すかっ!
せ、先輩の頼みだ……断るわけにもいかん。
ここは俺の好感度アップの為に、先輩に是非楽しんでもらえるように努力しなければっ!
是非俺と一緒にプリクラを――は、流石に自重しておこう。
『モモコに声かけられただけで鼻の下伸ばしてんじゃねぇよエロヒコ。
どーせお前なんて脱衣マージャンしかやってねーんだろ』
「いきなり脱衣麻雀とか言い出すな、お前こそ真性のエロワニだろ」
『ああん? 相方の前で俺のイメージを崩す真似をすんじゃねぇぞコラ。
俺がアフリカにいた頃なら既に食っちまってるとこだぜ?』
クッ……人形如きが生意気な口を。
こいつには格の違いってもんを見せ付けてやる必要があるな。
……というか中身はあっちなはずなんだけどな、どうもこいつに命があると勘違いしちまう。
何でこんな生意気なことしか喋ってくれないんだ、野月よ。
お前は本心で俺をそんな目で見ているのか?
「ねぇねぇ邦彦っ! あれやりたい、あれっ!!」
ぐいぐいっと強い引力に引かれた俺は、
せっかく先輩の隣を確保していたのにいとも簡単に引き離れてしまう。
代わりに隣にいたのは、無邪気な笑顔を浮かべている椿だった。
どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって。
椿は何やら指をさしているようだ。
そこに目線を合わせると、俺は一瞬言葉を失う。
その先には、ガタイの良さそうな男が的に向かって拳を全力で振るっている光景が目に入った。
ガシャンッ! と的が勢い良く倒れると同時に、軽快な効果音が鳴り響く。
そして、機械には電子機器で3桁の数字が表示される。
男はその数字を見て『よっしゃー!』と、一人で大盛り上がり、ああ楽しそうだな。
……とまぁ、何処からどう見てもアレは『パンチングマシーン』だ。
いやいや、仮にもお前女の子だろ。
いきなりそんなもん見つけて『やりたい♪』じゃねぇよっ!
せめてビンタマシーンにしとこうぜ……ここには置いてねーけどさ。
「まぁ、ゲームセンターには随分と野蛮な機械が置いてあるのね」
「んーまぁそういうのばっかじゃないですよ」
いかん、偏見をもたれてはいけないのでとりあえず俺は否定する。
とりあえずあのゲームはなしだ、椿が未来的な力を使ってワケわからんスコアを出すかもしれん。
「へぇ、面白いものを見つけたね。 どうだい邦彦、久々に力試しでも」
「……お前、あの手のゲームやったことあったっけ? 俺は何回かやってるかもしれんけどさ」
「君がパンチを打ち出している瞬間にちらりとYシャツから見せる鎖骨が素晴らしいのさ」
「お前の前では二度とやらん」
「冗談だよ、邦彦」
「冗談にきこえねぇよっ!」
パンチラならず鎖骨チラって誰得だよ。
京までも興味を示しちまったし、どうやらあのマシーンを無視できなくなったな。
しゃーない、あまり気が進まないがまずはパンチングマシーン……っと。
『おうおうエロヒコ、俺と勝負をしようぜぇ?』
「……ん? 何の冗談だ?」
俺はワニではなく、野月本人に目を合わせて言った。
だが、野月はプイッと目線を逸らす。
こいつ体小さいし腕細いしで、パンチしてもだだっこパンチになりそうな気がするんだが。
『うっせぇっ! 冗談じゃねぇよ、オレはワニだけどパンチぐらいはできるんだぜ?』
「あーそうかそうか、んじゃ椿……お前からやって――」
『エロヒコの癖にオレを見下すなっ! 見てろっ!』
俺はポカーンと口を開けたまま、とっとこパンチングマシーンに向かっていくワニ……もとい、野月の姿を見守る。
一旦人形を外して、カバンから可愛らしいピンク色の財布を取り出す。
そこから100円を1枚入れて、もう一度ワニの人形を嵌めていた。
微笑ましい光景には見えるけど、今の俺はただ混乱するばかりだ。
……どうしてこうなった?
「あの、先輩……野月、どうして止めないんです?」
「いいじゃない、可愛いのだから」
「あ、いやそうじゃなくて……」
先輩なら何か知ってると思ったが、見事にからぶり。
このワニが滅茶苦茶高いスコア叩き出したら俺は漫画みたいな驚き方をしそうだぞ。
野月の様子を見てみると、やっぱりワニで的を殴ろうとしている。
「わー、アルちゃん頑張ってーっ!」
暢気に椿はワニを応援していた。
京は気持ち悪い笑みを浮かべながら、何も言わずに見守ってやがる。
何でこいつ、こんなキモいんだ?
イケメンな癖に、変態行動取り続けるから俺が変な偏見を持っちまっているだけなのか?
『行くぜ……見とけよ、エロヒコ』
不安だ、何か猛烈に不安だ。
これから椿以上にとんでもないことをしでかすんじゃないか、こいつ。
実はワニがいきなり巨大化して、パンチして帰るとか有り得るんじゃないか?
……流石にそれはない。
もしそんなことが起きたら真っ先に椿を疑うけどな。
『行くぜーっ!!』
ワニは小さな両手を大きく広げて、空に向かって吼える。
というか野月が天に向けてワニを突き上げているだけだけど。
野月はワニをはめたままパンチングマシーンへと勢い良くダッシュ。
まさかワニ、本気でワニのまま殴るのか……!?
ワニが頭を突き出すように、的へと突進していく。
その姿はまさにエドモンド*田そのものだっ!
鬼神の如く、ワニの頭が的へと直撃していった。
ボフッ――
間抜けな音が耳に入り込んだ。
勢い良く突っ込んだはずのワニは、的自身にめり込むような姿勢になっていた。
両手をジタバタさせて、必死でもがいている……っておい、芸が細かいな。
的は勿論動いていないし、スコアも表示されていない。
ワニ+野月は無言で何事もなかったかのように、先輩の後ろに隠れるようにフェードアウトしていった。
……なぁ、これは言ってもいいよな?
「お前何がしたかったんだよっ!!」
『ち、違うっ!! 何かの間違いだっ!! お、オレがあんな失態するはずがないだろうっ!!』
何だったんだ一体、ひょっとしてこれはギャグのつもりなのか?
「アッハッハッハッ、流石アルちゃんだね、すっごく面白かったよっ!」
『笑うんじゃないツバキっ! オレは本気だった、マジだったんだっ!!』
俺は笑うどころか言葉を失ったぞ、散々変な想像だけが膨らんでいった結果、こういうオチとか聞いてねーから。
「まぁまぁいいじゃない、遊馬くん。 これはきっと美羽ちゃんのささやかな余興なのよ」
余興……こいつ、常に芸しているみたいなもんなのにな。
こいつも読めないやつだなぁ、先輩除いて変人ばっかじゃないか俺の周りは。
まさか俺も変人なのか、こいつらと同様に。
否、断じて否だっ!
俺は先輩と同じで変人ではなく優等生だ。
「じゃ、次は私ーっ」
「まぁ待て椿、あっちにもっと面白そうなもんがあるんじゃないか?」
「え? 何々?」
こいつは冗談抜きに機械を壊しかねないので、俺はうまく椿を誘導することにする。
「あそこにほらビデオゲームコーナーがあるだろ、お前そういうの好きじゃないか?」
「本当にっ!? レトロな2D格闘ゲームとかあるのっ!?」
「ああ、あるともあるっ! さあ見に行こう、俺と一緒に遊ぼうじゃないかっ!!」
「うん、いこういこうっ!!」
まさか格ゲーに興味を示すとは思わなかったが誘導することに成功した。
単純な性格はこういうときは役立つね。
てか、1回分もったいないな。
俺が試しにパンチでも――
ガコンッ!!
俺が目を話している間に、的がぶっ倒れる音と軽快な機械の音が響き渡る。
うおっ、誰かやったのか。
京か? と思ったけれど、あいつは俺が格ゲーコーナーに行くと気づいてさり気に俺より先行してやがった。
野月は有り得ないな、さっきのやり取りから見てこんな音は出せるわけがない。
ま、誰かがやろうと思ったら100円入っててラッキーってとこだろ。
俺は後ろを振り返った。
スコアは300という数字が軽快な音楽とともに出されていた。
……300?
ちょっと待て、さっきのガタイがいい男でも200もいってなかったはずだけど。
え、誰がパンチしたの?
俺はパンチングマシーンの前に立っている人物を確認する。
見覚えのある長い茶髪の女性が、パンチングマシーンの前に立っていた。
グローブもつけずに両手で口を押さえて、出てきた数字に吃驚しているようだ。
……何か見てはいけないものを見てしまったか、俺は?
ま、まさかなぁ。
先輩がやったわけじゃ、ないよなぁ。
アハハ、そんなばかな。
「あー……うふふ、おかしいわね。
ちょっと試しにやってみただけなのに……この機械壊れてるのかしら?」
・・・
俺は先輩を怒らせるようなことを絶対にしないと、誓った。
その後、俺は椿と最新の格ゲーを見に行った。
奴はどういうワケかゲームを知っていて
『うっわー、このゲーム知ってるーっ! レトロゲーマニアの中で凄い人気のゲームだよっ!!
しかも古いバージョンなんだね、これっ! ふむふむ、やっぱり昔からレバーが使われてるんだー』
とか凄く興味深そうに語っていたけど、やっぱり何とかしてくれこれ。
何度も言うがここは最新のしか置いていないはずだ。
周りの奴らが不思議がってこっち見てたぞ。
しかもこいつ実際にプレイさせてみたら、俺より断然強い。
バージョン違いに慣れずに1ラウンド目は取られてたけど、2ラウンド目から
それはもうプレイヤーが代わったかの如く鬼のような猛攻で相手を圧倒した。
その後色んな奴に勝ちまくってる間に、いつの間にかあいつは対戦者から声をかけられ話に花を咲かせていた。
……あいつ格ゲーマーなのかよ、全く知らなかったぞ。
というか未来にもまだこのゲームあるわけ?
あいつ案外近い未来から来ているのか?
いやでも、あんなぶっ飛んだ技術の進化……短期間じゃ有り得ないと思ったんだけど。
まぁ、流石にゲームなら未来的な力は働かないだろうと俺は椿を放置して京と一緒にガンゲーを楽しんだ。
先輩は野月と一緒に太鼓のゲームで遊んだりと、それぞれ楽しめているようで何よりだ。
気がつけば21時が迫っていたので、俺達はそろそろ帰ることにした。
野月は電車通いらしいので、先輩が自転車で駅まで送っていくそうだ。
俺は椿を乗せて、京と一緒に途中まで帰る事となった。
本当は先輩を家まで送るとかそんなことしたかったけど、流石に椿を乗せて長距離運転はしたくないので俺は断念した。
「悪いね邦彦、今日はわざわざ僕のために」
「気にするなよ、友達だろ?」
「しかし、君が元気そうで安心したよ」
「まぁな、俺はこの通りピンピンしてるしな」
まだ俺の事を気遣ってくれていたのか。
全くお節介な奴だ、そこがいいところでもあるんだけど。
「邦彦は京くんといつもあそこで遊んでたの?」
「昔は僕たち通ってたからね、今では数は減っているけれど」
「私もかーよーいーたーいー」
「毎日はいけないだろうけど、そんなに気に入ったのならまたつれてってやるって」
「本当に? ありがとう、邦彦っ!」
椿はまた後ろ越しから両手で俺のギュッと抱きしめてくる。
またとしても心臓がドクンッてなったぞ。
相変わらず俺はこれに弱い気がする。
今の俺の顔きっと赤いだろうな、暗いから京にはバレないだろうけど。
「しかし君たちって本当仲がいいと思うよ」
「またお前はそういう勘違いされかねんことを」
「えへへーそうだよー、私と邦彦は仲良しなんだからっ!」
椿はちょっと黙ってくれっ!
と、俺は心の中で叫ぶ。
「いや、これは本当真面目な感想さ。 例えるなら美しき兄妹のような」
「お前が美しいって言葉を口にした途端全てが台無しになるぞ」
「え? どうして台無しになるの?」
「気にするな、知らないほうが幸せな事もある」
京が真性の変態であることは椿は知らんからな。
これは黙っておいてあげたほうが二人のためだろう。
「そうだ椿ちゃん、今度君の黒い髪を――」
「京、マジやめろ。 下手するとセクハラだ」
俺が黙っておいてやろうと思ったらこれだよ。
椿は『何々?』ってしつこく聞いてくるが無視だ、無視。
「じゃあ君の鎖骨を――」
「断る」
「残念だなぁ、おっと……分かれ道だね、それじゃまた明日学校で」
夜道を張り続けていると、いつもの見慣れたT字路がライトで照らされていた。
学校の帰り、大体京とはここで別れている。
「ああ、またな」
俺は軽く告げて、自転車を反対方向へと向けた。
その後は椿と何気ない会話を交わしていると、あっという間に家へと辿り着く。
今日は充実した1日だったな、何だかんだで文芸部に入ったのは正解だったな。
……ま、椿が来てから家で退屈することも少なくなってると思う。
滅茶苦茶な行動に出ない限りは、無害だしな……一応。
命を狙われていて無害ってのもおかしな話だけど。
「あ、そうだ邦彦」
「なんだよ」
「今日の夜、おにいちゃ……ううん、フェイズ大佐が邦彦と通信したいって言ってきたよ」
フェイズ大佐……?
一瞬誰だっけなって記憶を辿ると、すぐに頭に浮かんだ。
そうか、あの時俺の頭に直接声をかけてきたやつだ。
あれから一回も話してないわけだけど、一体何だっていうんだ?
「ん? クロックスの偉い人か?」
「うん、でね……その、私は席を外すように言われてるの。 一人で大丈夫?」
「どうしてお前がいちゃいけないんだ?」
「わかんない、おに……フェイズ大佐が邦彦に何の用事があるのかも聞いてないし」
何だそりゃ、気持ち悪いなおい。
まぁ呼び出されたのなら仕方ない。
いきなり説教されるわけじゃあるまいし、もしかすると俺が殺される理由について情報が得られるかもしれん。
それがわかれば俺の死亡回避ってのも実現できるんじゃないか? と、勝手に妄想を膨らませた。
嫌な話じゃなきゃいいんだけどな、と不安に思う俺であった。
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