第13話 誰だって人には言えない趣味はある
俺と椿は部室の前まで到着した。
その間、特に会話はしていない。
事故とはいえ、あんな事が起きちまった以上は仕方ないな。
思い出すだけでもゾッとするわ、こいつマジで怖すぎる。
しかし、これはよくない傾向だ。
変な偏見を持っちまったら、色々と不都合が置きそうだしな。
俺がいくら拒否ってもこいつと同居する以上、なるべく普通に接したい。
……はぁ、我ながら何でここまで気遣ってるのやら。
今は切り替えだ、切り替え。
そうだ、この部室の先には俺の天使様が待っているんだ。
さあ、今日も元気よく挨拶だ、挨拶。
ガラガラ、とドアを俺は開けた。
「お疲れ様です、先輩っ!」
すっげー普通な挨拶。
だが、声を大きくハッキリと部室中に響き渡る素晴らしい声だ。
素晴らしい、これなら先輩も誉めてくれるに違いない。
「あら、遊馬くん。 今日は遅かったわね」
多量の本に囲まれた部室で、それはそれはとても美しい先輩が
窓際で椅子に座りながら本を読んでいた。
窓から差してくる光と、先輩が本を読む姿は
まさに絵になるほどの美しい光景だった。
長身に茶色の長いストレートの髪。
日をあまり浴びていない真っ白な肌。
華奢な体付きではあるが、逆にそういうのが何かいい。
しかも彼女は巨乳だ、素晴らしいっ!
トドメは何といっても細長く美しい脚っ!!
うむうむ、やはり先輩はいつ見ても最高すぎるぞ。
先輩は『神野 桃子』という名で、
クラスメイトからは桃ちゃんって呼ばれてるらしい。
学年は一つ上だがその大人びた雰囲気は
とてもじゃないが一つ年上とは思えないほどの魅力を感じるぞ。
こういうのを美人って言うんだろうな。
「いやぁ、すみません。 ちょっとトラブルに逢ったもんで」
「トラブル? まぁっ! その頬の傷はどうしたの?」
顔を上げた先輩は、俺の顔を見るなり驚いた。
何だ、俺の顔がどうしたんだ?
って一瞬考えたが、そうだった。
あの時そういや頬に傷を負ったんだっけか。
今はガーゼで(椿が手当てをしてくれた)応急処置は済ませてるけど。
俺の体を心配してくれるなんて……やっぱり優しいな、先輩はっ!!
「いやいや、大丈夫ですっ! ちょっとドジっただけですから、ハッハッハッ」
「そ、そう? ならいいのだけれど……それで、その子は新入部員かしら?」
先輩は不思議そうに俺の後ろにいる奴に目を合わせようとする――
おうーーーうっ!!
そうだった、奴がいたんだったな。
一瞬だけ忘れてたぜ、いやできれば忘れたかったが。
さて、何て言い訳するか……勝手についてきたって言うのもあれだし―――
「もしかして、遊馬くんの彼女かしら?」
「違います、断じて違いますっ!」
間髪いれずに俺は否定した。
冗談じゃない、俺は貴方一筋なんだ。
こんなとんでもない奴を彼女にした覚えなんてないぞ、俺は。
まずいぞ、このままでは俺の青春がマジで危うい。
「初めましてっ! 私は『黒柳 椿』だよ、今日転校してきたばっかりなのっ!」
「あら、そうだったの?」
「それで今くにひ――」
俺はとっさに奴の口を塞ぐ。
いかん、下手にこいつの喋らせると厄介だ。
さり気に名前で俺を呼ぼうとしやがったし。
ここは何とか切り抜けるぞ、俺。
「いやぁ、実は俺、こいつに学校案内してやってたんですよ。
丁度文芸部に興味あるらしかったので、俺が行くついでに案内したってとこです。
そのせいで今日はちょっと遅れたんですよー、ハッハッハッー」
「あらあら、初日から転校生の面倒見るなんてやっぱり遊馬くんは優しい人ね。
そちらの黒柳さんにも早速お友達ができたようで何よりね」
うおおおお、先輩にまた誉められちまったぁぁぁっ!!
しかも、先輩のその天使のような微笑が俺のハートを見事に射抜いてるぜ……。
やばい、俺のテンションがおかしい方向にあがっていく気がするぞっ!!
ちなみに椿はじたばたもがいているが、知らん。
先輩も何故か気に留めないみたいだし、問題ないだろう。
と、その時……
『よお、新入部員がお前だけだと思うなよっ!』
……?
は?
突然、俺の視界に奇妙なものが現れた。
緑色の赤いトサカっぽいのがある、何かぬいぐるみ。
それが何か、口をパクパクさせて喋りだしやがった。
お、おいまさか椿?
何したんだおい、言ってみろ。
俺怒らないからさ、な?
『どうした、クニヒコっ!
オレが喋っていることにビックリしてんのか?』
「ダメですよ、美羽ちゃん。 遊馬くんが困ってます」
み、美羽……?
なんだ、そのぬいぐるみの名前か?
え、何で先輩がそんな普通の反応してんだ?
と、俺はぬいぐるみをよく観察してみる。
よくみたらこれ、人形劇に使われたりする手にはめるタイプのぬいぐるみじゃないか。
全く気づかなかったが、明らかに人の手で緑色のマスコットは動かされている。
俺は視線を下に向けると……
そこにはしゃがんだ姿勢で、手を突き上げている緑髪少女の姿目に入った。
……誰だ、こいつ。
こんな奴、今まで部室で見たことないんだが。
『あんまりオレの相方をジロジロ見るんじゃねぇよ、惚れたか?』
「誰が惚れるかっ! というか、先輩っ! 何ですか、このぬいぐるみはっ!?」
思わず俺は先輩に突っ込みを入れてしまった。
いかん、つい勢いで失礼な事をしちまった気がする。
いやいや、でもしょうがないだろこれは。
「遊馬くんと同じ1年生の『野月 美羽』さんよ。
この子凄く可愛いから、親しみを込めて美羽ちゃんって呼んでるわ。
ちなみにそのぬいぐるみは相方の『アルちゃん』っていうの。
口は悪いけど、凄くいい子なのよ」
『おう、紹介ありがとうなモモコっ!』
い、1年か……いやぁ、同じ学園でありながら全く存在を知らんかった。
しかし先輩を呼び捨てとは何て失礼な奴だ、俺が礼儀を教えてやらねば――
ってこれ、腹話術だよな……。
すまん椿、お前を一瞬でも疑った俺を許せ。
は、初めて生の腹話術を見た気がする。
これが文芸部に入った理由か?
「うっわーすっごーいっ!! 人形さんがお話してるーっ!?」
うお、吃驚した。
いつの間にか開放していた椿が、目を輝かせてあの緑色の……
多分トカゲかワニかどっちかだろう。
その人形にやたら興味を示しているようだ。
何だ、腹話術が珍しいのか?
お前の時代なら、こんなもん珍しくもなんともないと思っていたんだが。
廃れちまったりでもしたんだろうか。
しかし……なんだよ、結局この新入部員がいるってことは
俺の青春はどっちにしろ終わっていたって事か。
ま、まぁ廃部寸前だったらしいからな。
あんまりやましい事も考えてる場合でもなかったな。
さて、奴はあの人形に夢中だし放っといてもいいだろう。
先輩はその様子を微笑ましく見守っていた。
「どうしました、先輩?」
「あ、ううん。 あの二人、凄く楽しそうだなぁって思って」
確かにすげー騒いでるな、奴とあの変なワニ。
とりあえず、ワニって決め付けたが。
思えば俺が初めてここに訪れた時の、先輩の表情……かなり切羽詰ってたな。
元々俺と先輩の出会いは実にシンプルであった。
俺は京と廊下をフラフラしていたら、本を運んでいた先輩をぶつかっちまったんだ。
散らばっちまった本を拾い集めるとき、当然俺のせいだったこともあるし俺は手伝った。
本を渡すときに、一度先輩と目が合ったんだ。
まぁ、その時に一目惚れした。
何かこう、気持ち悪いかもしれないが胸がキュンッてする感覚だ。
よくあるベタな展開だが、実際逢ってみると心がすっげー踊る。
その時は目を合わせるのも恥ずかしくなって、
俺は思わず持っていた本に視線を合わせてパラパラと捲った。
「本に興味あるの?」
先輩が最初に放った言葉が、それだった。
俺は一瞬戸惑った。
本なんて全く読んだ事ないし、今手にしている本も何の本か全く知らん。
だが俺は、ここで興味がない何て言えなかった。
この『チャンス』を逃すわけにはいかないと、俺は迷わずに『はいっ!』と返事をした。
それから先輩は本について色々語ってくれたんだ。
自分の好きな作品とか作者とか、いろいろ教えてくれたけど俺はさっぱりだった。
だけど先輩は話を聞いてくれるだけで凄く満足をしていたようだ。
申し訳ないなっという気持ちはあった。
だけど、先輩と仲良くなれるきっかけが本であれば俺は本を好きになろうってその時は思ってたんだ。
そんなこんなで、先輩は俺に部活動しているかどうかを聞いてきた。
まぁ正直、中学校までは卓球部とかでダラダラと活動してたせいもあって、あんまり部活には興味がない。
だから、俺は帰宅部だったから正直に答えたところ
先輩が文芸部に俺を誘ってくれたわけだ。
去年の先輩達が卒業してしまったから、今は先輩一人で活動をしていて廃部寸前らしい。
先輩と二人きりで活動ができるっ!!
っていうやましい思いが大半だったが、俺は喜んで入部届けを提出したとさ。
……まぁ、きっかけはどうであれ、俺はちゃんと文芸部としての活動をしているぞ?
っつってもまだ、本読んでるぐらいだけど。
ちなみに活動内容は、基本的に学校向けの雑誌を書いたり詩を書いたり小説書いたりとか。
勿論、俺はまだ何一つ書いたことないし先輩が一人で全部やっているわけだけど。
先輩も部活には思い入れが強いらしく、俺が入ってくれたときは本気で喜んでくれてたな。
「これで黒柳さんも我が部に入ってくれれば、凄く賑やかになるわね。 よかった……一時はどうなるかと思ったけれど……」
先輩は胸に手を当てて、ホッと息をついた。
その仕草を目の当たりにすると、やましい気持ちで入った俺の胸が痛んでくる。
ごめんなさい、先輩……俺は先輩の事を何も知らずに勝手な妄想ばかりを膨らませちまって……。
そうだ、これを償うためにも俺の偉大な成果をここで発表するんだ。
それが俺にできるせめてもの償い……っ!
「先輩っ! 実は俺、あの推理小説全部読み終わったんですっ!!」
「まぁ、本当に? 嬉しいわ、あの本中々皆読んでくれなくてね……話が通じる相手がいなくて困ってたのよ」
先輩は乙女のように目を輝かせていた。
だが、内心俺は焦った。
しまった……先輩と本について語れるほど
俺はあの本を理解していないぞ。
や、ヤバイ……何かすっげー深い話になって
全然ついていけなかったら先輩悲しむんじゃないか?
むしろ俺が嘘ついたと思って、嫌われる可能性も――
「うごおおおあああぁぁあっ!!!」
「ど、どうしたの遊馬くん?」
「な、ななななんでもないです、せせ先輩っ!」
いかん、また心の叫びが声に出ちまった。
本日二度目だぞ、ったくこれも全部奴の――
って今回ばかりは奴は関係ないな。
いかんいかん、何でも『奴』のせいにする癖がついちまったようだ。
「で、どうだった? 面白かったでしょう?」
う……正直熱を出すほど苦しんだ訳だが、そんなこと言えるはずもない。
ど、どう誤魔化すか……ま、まぁ幸い全く内容をわかっていないってことはないんだ。
い、一番印象に残った部分からまず話してみるか。
「や、やっぱり最後の犯人を追い詰めるシーンが印象的でしたね。
あの手の小説で、あそこまで派手なアクションシーンが見れるとは思えませんでしたし、思わず興奮しましたよ。
やっぱ『白銅 俊一』は最高っすねっ!!」
『白銅 俊一』とは、俺が読んだ推理小説の主人公の名だ。
名探偵の孫らしく、高校生とは思えない天才っぷりで次々と難事件を解決していく物語だ。
途中でライバルの『香取 半蔵』っていう
ライバルキャラが出てきたりと、意外と少年誌的なノリだった。
だけど、中を開いてみればそれはそれはもう本格的なミステリーものだ。
とてもじゃないが、俺の知能では全てを理解できなかったであろう。
「そうでしょー? やっぱり、俊一はすっごく頼もしいのよ。
肉体派の犯人を俊一が頭脳だけで追い詰めて掴めていくところ……
ああんもう、ほれちゃいそう……おまけに半蔵との――ハッ! う、ううん、何でもないのよ?」
……ん?
一瞬、先輩が何からしかぬことを口走ったような。
いや、気のせいだろう。
奴の電波をたっぷり浴びていたからな、そりゃ俺の耳もおかしくなるわ。
「立ち話もなんだし、お茶にしましょ。 もっと遊馬くんと小説のお話したいし」
「ええ、では喜んで」
おおう……凄くうれしい事言ってくれるじゃないか。
いやぁ、よかったよかった。
あの二人が遊んでる間に俺は先輩との距離を縮めておこう。
感謝するぞ、あのワニとやらには。
なんだっけ、名前はアルちゃん?
アルコール中毒か何かか?
とか言うと、怒られかねないな。
先輩がお茶を用意している間に、俺は椅子に腰をかける。
すると近くにノートPCが置かれていた。
まぁ文芸部だからな、PCの一つや二つあってもおかしくはない。
俺は暇潰しにノートPCでもいじくろうと手にした。
ちょうど起動してある、誰か使っていたみたいだな。
多分先輩だろうけど。
インターネット環境は……あるっぽいな、LAN繋がってるし。
んじゃ、ネットサーフィンでも楽しみますか。
俺はPCの操作をしようとマウスを手にする。
しかし勝手に使って怒られないだろうか。
……まぁ、俺は部員だからいいだろ。
別にやましいことするわけでもあるまい。
すると俺は開きっぱなしになっているワードファイルを見つけた。
お、作りかけの校内雑誌か何かだろうか。
ちょっとぐらい見ても罰はあたらんだろう、きっと。
俺はこーっそりとそのワードファイルを開き、中を拝見した。
どうやら中身は小説らしい。
先輩が自作のでも書いていたのか?
どんなものを書いているんだろう、と何故かドキドキしながら俺は文章に目を通す。
……?
な、なんだこれは。
俺は自分の目を疑った。
多分目が点になって、口をポカーンと開けてたかもしれん。
ここに書かれてるのは、確かに小説だ。
ちょっとしたワンシーンを見てみると
何か知らんが、明らかに男同士が絡み合ってるような
そんな内容にしか見えなかった。
いや……
いやいやいやいやいやいや
待て、落ち着け。
俺は何を見ているんだ。
これ誰のPCだ?
先輩の……じゃないよな?
いや、だって
おい……
いや、俺が勘違いしているだけかもしれん。
で、でもこれ……え?
おい、どうすりゃいいんだ俺は。
気がつけば俺は大混乱に陥っていた。
「ゆ、遊馬くんっ!?」
「は、ははははいっ!?」
俺は突然名前を呼ばれて、思わず起立して気をつけの姿勢をとった。
な、何で俺こんなことしてんだ?
先輩は4人分のお茶が用意されたお盆をゆっくりとテーブルに置くと
素早く俺からノートPCを奪い取る。
……
あの、その行動からすると……やっぱり?
「……み、見た? 見たの?」
「な、何を……です?」
俺の目は完全に泳いでいた。
な、何かやばいもんを見ちまった気がするぞ。
「しょ、正直に言わないと……あ、後が怖いわよ?」
先輩の顔は笑っているが、目は全然笑っていない。
俺は寒気を感じたね。
目がマジすぎる。
「ごめんなさい、見ました」
俺は素直に謝ることにした。
いやぁ、怖すぎるな女の人って。
女性恐怖症になりそうだぞ、俺は……。
「……な、内緒ね、絶対誰にも言わないで」
「わ、わかりました」
言いふらすようなことなんてしないしない。
後が怖い……というより、別に人の趣味をとやかく言うつもりもないしな。
でも先輩の違った一面が見れたのは新鮮だ。
今の慌てっぷりも普段の先輩からは決して想像できんかった。
そして何か顔真っ赤にして照れてる顔が、結構くる……。
一瞬マジ顔をしてたけど、冷静になったんだろうな。
『おいおい、俺のモモコに手を出すなよ? お前にはツバキとやらがいるだろうが』
……
いつ割り込んできた、このワニは。
それにさり気に聞き捨てならないことを言いやがって。
クソッ、確かに見た目は可愛いが、中身を知れば
決して彼女とかそんな関係になりたいとは思わんだろうに。
誰か俺の心情を理解してくれる奴がほしいぜ……。
「えへへ、邦彦。 私、アルちゃんと仲良しになったよ」
「アルちゃんてか、中身はそっちだろ」
俺は腹話術をしている(と思われる)本体を指差した。
しかしこいつあんまり表情を変えないな。
おまけにこいつの生の声を一回も聞いたことがない。
あれか、人形がないと喋れないとかそんなこと言い出すんじゃないだろうな?
「皆揃ったみたいだし……遊馬くん、小説の話はまた今度にして
今後の活動内容について話し合いましょうか?」
「んーそうですね、はい」
何で俺に意見を求めるんだろう。
まぁこの二人放置しておくわけにもいかんか。
ちょっと残念な気持ちになりながらも俺は先輩の意見に賛同した。
お、何故か部室入ってからは椿が関わってこなくてすげー平和だったぞ。
俺は僅かな『日常』を取り戻せていて感動に浸っていた。




