第12話 やりすぎには気をつけろ
何食わぬ顔で、奴は俺の目の前に現れやがった。
ボケーっとした顔をしやがって、今日はお前の行動に悩まされまくったんだぞ。
やはりここは、未来人とやらに現代人の恐るべき力を見せ付けてやるべきだな。
さあ、俺の青春をかけて勝負だ。
絶対に、負けられない戦いがそこにあるからな。
「椿……そんなに俺が何処へ行くのか気になるのか?」
「え? う、うん、だって君がいないと帰れないし」
「愚かだな、俺がこれから向かう場所……いや、知らないほうが幸せかもしれないな」
「……え、え?」
しめたっ!
奴め、あの時と同じ反応をしてやがるぜ。
よし、ここで流れは俺のものになったはずだ。
まんまとはまりやがって、所詮未来人といえど中身は同じ人間だ。
「クックックッ……椿ぃ、ひょっとしたらお前は地獄への入り口に足を踏み入れようとしているかもしれねぇぞぉ……?
そうだ、俺がこれから行こうとしているところはお前が想像しているような生温い場所じゃねぇ……わかるか?」
「わ、わかんないよ……だから聞いてるんだし」
「……思い出せ、あの黄金の輝きを」
「おうごん? かがやき?」
「そうだ、お前は……あの時と同じ目に逢うかもしれないぞ、その覚悟はできているんだな?」
「ま、まさか君……っ!」
ふ、気づいたようだな。
流石の鈍感な奴でも、あの時の『恐怖』と『絶望感』を忘れる事はできまい。
そうだ、俺のペースになった時点で勝ちは確定なんだ。
あいつは今、俺の言葉に惑わされている。
本当はただ、文芸部の部室に行くだけなんだが……
それでは確実についてきてしまう。
そうなってしまったら最後!
俺の唯一の青春が奴にズタボロにされちまうっ!!
そこで俺は考えた。
あいつは今、ダイエット中だということを思い出す。
そして『お菓子』はダイエットの天敵だと、自ら口に出していた。
だから俺は、思わせぶりな口調で、奴の自爆を誘った。
そしたらまんまと引っかかりやがったぜ。
あいつはあの『黄金の輝き』で、確実に罠にはまっちまったんだ。
そう、奴にとって忌々しい『オレンジ色のパッケージ』が……
脳裏に焼け付いちまったあの光景が浮かんだに違いない。
悪いな、今回は俺の勝ちだ。
「わかったのなら引き返すんだな、そうだな家に帰るんだったら
地図ぐらいは用意してやるか、ちょっとまってろ――」
ピュンッ
何かが俺の右頬を通り過ぎた。
……?
何だ、何が起きた?
タラーと、何かが垂れているような感覚を感じた。
俺はふと、右頬に触れてみる。
べとり、と気色悪い液体の感触がする。
恐る恐る右手を確認してみると
やはり俺の手は、べっとりと生々しい血で染まっていた。
ちょ、ちょっとまて
マジで何が起きた?
俺はふと、椿に目を合わせる。
あいつの様子が尋常じゃなかった。
いつもと違う椿、あいつの目が『マジ』だ。
何処から取り出したのか、片手にはナイフが握られている。
未来にしては原始的な武器だな、いやそんな事はどうでもいい。
誰か説明してくれ、何がどうしてこうなった?
ま、まさか今からあいつ
俺を殺す気……?
「……あ、あのー……椿さん?」
俺は目を泳がせながら、思わず奴を「さん付け」で呼んじまった。
気が動転している、てかマジでやばい。
背筋にゾクゾクと寒気が走った。
俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。
今は殺さない……確かに俺はそう聞いた。
嘘、だったのか……?
冗談だと言ってくれ。
いや、そもそも俺が勘違いをしすぎていたのかもしれん。
俺は元々、奴に殺される予定を知っていたのに
あまりに無警戒すぎたからな。
「……どうして、今の君が知っているの?」
……あ?
何だ、こいつ何言ってんだ?
知っている?
何の事だ?
「……な、ななんだよ、何の話だ?」
「本当のことを言って……っ! じゃないと私――」
それ以上、椿は何も言わなかった。
いや、言葉にしなくてもわかる。
あいつ今、本気で俺を殺そうとしているんだ。
いやいや、冗談じゃねぇぞ。
まだ俺が殺される理由だってわかってねぇんだ。
そう簡単に殺されてたまるか……。
内心ではビクビクしながらも、俺は強気な姿勢を保とうとする。
やせ我慢と思われても何でもいいさ、今は文字通り命がけだ。
少しでも生存率を上げるために、俺は思考をフル回転させた。
「ちょ、ちょっと待て。 お前は重大な勘違いをしているっ!
俺は別にやましい事をするわけじゃないぞっ!」
「だ、だって君が……黄金の輝きとか――」
「あーあれだ、あれ。 お前と初めてあったときのポテチの山のことだっ!」
「ほ、本当に……?」
「本当だっ! 実は俺はこれから憧れの先輩に逢おうと文芸部の部室へ
向かおうとしたんだがお前に邪魔されることを阻止しようと
お前について越させないために思考をフル回転させて
まんまとハメてやろうとしただけだっ! 嘘じゃないぞっ!!」
うわー必死だ、必死。
ついつい本当のことを全部ばらしちまったが、命を失うより100倍マシだ。
やばい、こいつ怖すぎる。
本当に殺し屋なんだな。
マジで怖くて動けなかったぞ……。
今でも声が震えてるし。
「……あ」
俺が必死で説明していると、椿はハッと表情を変化させる。
何だ、今度は何が起きる……?
「……ごめん、私の勘違いだった」
顔を俯かせて、椿はナイフを懐に仕舞う。
……終わったか?
誤解は解けたのか?
あっぶねぇぇぇぇぇっ!!!
マジで死ぬかと思った、よかった話が通じる奴で。
いやいや、迂闊な事を口走るもんじゃないな。
きっとあの単語は、俺の未来に関係するのかも知れんぞ。
しかし、よくわからんな。
やっぱ未来を知らないと色々と不便だぞ畜生がっ!!
でも、マジですっげー安心してる俺。
体中の力がドッと抜けていくような、そんな感覚が巡った。
しかし、他の奴らに見られてないだろうな……。
こんな校内で堂々と……ん。
俺の背後をちらりと見ると、そこには壁に根元までぶっ刺さったナイフがあった。
……
一体どんな風に投げればナイフが根元まで刺さるんだよ。
いや、忘れよう。
俺は、今起こった出来事を全て忘れようと脳内で念仏を唱えていた。
「そうだよね、今の君が知るわけないし……あの、ごめんね。 えっと……今のは忘れて」
「……あーわかってる、未来に絡む事なんだろ。 全く、俺も迂闊に変な事いえねーな」
「わ、わざとじゃないんだよ? ほ、ほら……
うー、確かに任務には入ってるんだけど、今はそうじゃなくてその――」
顔を俯かせまま、必死で椿は言い訳をしている。
いや、俺としては命をとられなかったし頬の傷だけで済んだのなら安いもんだと思ってる。
それにこんな状況にしちまったのは元々俺が原因だ、今回ばかりはこいつを責めれん。
「あ……ほ、他にも色々と迷惑かけちゃってたね……あのテレパシーだって悪気はなかったの。
まさかこの時代の人間にはあんな効果があると思わなくて」
テレパシー……?
ああ、あの不協和音のことか。
てか、何だよ……未来って超能力が実在してんのか?
もしかしてあの大佐って奴が使ってるのと同じ?
でもあれは端末が云々とか言ってたと思うが……。
未来の事なんて知らん、忘れよう。
「怪我してる……ごめんね、二度も傷つけちゃって」
二度……?
ああ、お前から話を聞かされたときの手の傷の事か?
あれは俺の自業自得だろうよ。
今回の件と、大して差はない。
何だよこいつ、今更俺の事を気遣いやがって。
お前らしくないだろ、もっと堂々と無茶苦茶っぷりを見せ付けてりゃいいだろうに。
あー、なんて声かけりゃいいんだろうな。
奴は泣きそうな顔しやがるし、この顔に本当弱いんだよ俺……。
モテないせいだと思いたい。
女縁も今までそんななかったからな。
中学校の頃はスカート捲り常習犯だったけど。
「別に怒ってねーよ。 お前にはお前の都合があるし、俺自身にも原因はある。
お前はなーんも気にしなくていい、だからその顔やめろ」
「……うん、ありがとう」
だあああああああ
思えば何でこいつにこんな優しくしてんだ俺。
仮にも命を狙われたってのによぉ。
でもなんだか鬼になれん、俺は。
どうしてもこいつが悪い奴って思えないんだ。
だって、こんなに普通な女の子してるじゃねぇか。
普段からこんな感じだったら、俺の日常はもっとまとも……いや、どうだろうな。
「ほら、だからな泣くなよ。 仮にも一緒に暮らしてんだ、いつまでもそんな顔されてっと生活に支障が出るだろ。
今は俺を殺すだとかそんなこと忘れるからさ、頼むからいつも通りでいてくれ」
「……変わらないなぁ、邦彦」
「変わらない? 何がだ?」
「ううん、なんでもない。 ありがと、でもこれからはもっと気をつけるね」
こいつの言う事はよくわからん。
まるで俺と逢ったことがあるような言い方をしやがって。
「んじゃ、俺部活いくから」
俺はすたこらと立ち去ろうとしたら、椿がグイッと俺を強引に引き止める。
「私も行っていい?」
切り替えが早いのか、椿はニコニコしていた。
ついでに片手で壁にぶっささってたナイフを回収していた。
こいつこんな細い腕で怪力とか……未来怖すぎるわ。
しかしやっぱ、こうなったか。
薄々感づいてたんだ、どーせついてくるんだろうなって!
「……いいか、絶対変な事すんなよっ! わかったなっ!?」
「変な事なんてしてないよー」
「してんだろうがっ!! 大体なんだ、今日の数学といい体育といいっ!!
少しはここがお前の時代と違う事ぐらい自覚しろっ!!」
「してるもんっ! でも、この時代の平均がわからないから
適当にやってるんだもんっ!!」
「嘘つけ、故意だろ絶対っ!!」
あー、はいはいやっぱりこうなりますよね、わかってましたよっ!
結局奴はついてくるし、俺の青春ももしかすると今日でサラバかもしれん。
俺は全てを諦めて椿を連れて部室へ向かうのだった。




