第11話 俺の青春は俺が守る
「奴らにつけられていないだろうな?」
「ああ……背後には気をつけた……って何俺に言わせてるんですか、先生」
いかん、つい乗ってしまった。
俺も所詮中2病患者というワケか……。
さて、俺はあいつの妨害を潜り抜けながらようやく職員室に辿り着いたわけだ。
どんな妨害を受けたかって、そりゃもういきなり耳元で精神が壊れそうなぐらい酷い不協和音が響き渡ってきて
「よーくーもーわーたーしーをーおーいーってたなー」
とか棒読みで囁かれたり……ちなみに近くに椿はいなかった。
大方あの大佐とやらが使っていた技術を使ったに違いない。
そりゃもうしつこくしつこく響き続けて、俺は頭の髪を毟り取りながら取り乱して奇声をあげまくってた。
おかげで他の生徒から大注目を浴びて白い目で見られるハメになった。
その奇声が椿にまで届いたのか知らんが、やっとその音が消えたときは心の底からホッとしたぜ。
いや、マジであれは精神が壊れるかと思ったぞ。
ったく、未来は一体どんな間違った進化を遂げちまってるんだ。
大体あいつ、俺に悪戯する為に未来の技術惜しみなく使いやがって、
クロックスの奴らに怒られたりしないのか?
随分適当な上層部だな畜生っ!!
と、俺の怒りは治まる気配がなかったが担任を目の前にして、怒り狂うわけにもいかないので
なんとか精神を落ち着かせて、こうやって無事職員室に辿り着いてるわけだ。
「……で、俺を呼び出した理由って何ですか?」
「ふ、言わなくともわかっているだろう。
こんな不自然な時期に突如転校してきた謎の美少女……
いや、エージェントについてだ」
頼むから真面目な話をするときぐらいは普通に話してくれ。
まぁ確かに5月ぐらいに転校してくるなんて不自然だろうけどさ。
あながちエージェントってのも間違ってねぇけどさ、そんなのはいいんだ。
要は椿に何か吹き込まれたんだろっ!
ったく、あいつは今度はどんな大嘘をつきやがったんだ?
あー聞きたくないが、聞かないと色々支障がでそうだからな……仕方ない、腹を括ろう。
「あー……つ、椿の事ですか」
「うむ、ここではそう名乗っているようだな。 単刀直入に言う、奴は危険だ……気をつけろ」
クソッ、こいつ設定のつもりで言ってるつもりだが
実際に『危険』なのが間違っていないのが何とも言えない。
俺が今あいつに命を狙われてるなんて言ったら、この教師暴走しかねないぞ。
きっと中2病モード全開になって話を広げまくるに違いない。
「……で、椿がどうしたんです?」
「……すまない、やはり彼女が関連している時に不謹慎だったな、慎もう」
流石に察してくれたのか、滅多に見れない『真面目モード』になってくれたようだ。
しかし、入学してたった一ヶ月ぐらいで俺も随分この教師をわかるようになっちまってるな。
何かと世話にはなっちまってるし……この『真面目モード』を見るのも2回目だ。
なんだかんだでやっぱ俺はこの担任好きなんだぜ?
いや、決して変な意味ではないからな、誤解するなよ?
俺は巨乳でスレンダーな金髪美女が大好きだからな。
ちなみに1回目のときは俺が体育の時に体調不良でぶっ倒れた時に見た。
本気で俺の事を心配してくれてたし、最後まで俺の看病をしてくれたんだぜ。
男の担任ってのがちょっと残念だけど。
ぶっ倒れた理由は、何とか隠し通した。
まさかパソコンでエロ動画探し続けてたら、朝になっていて一睡もしない状態で
体育で持久走してたなんていったら全て台無しだろ?
俺はもう二度とあんなヘマをしないと、誓ったんだ。
しかし真面目モードになるってことは……やっぱあの設定のままなのか。
あー畜生、何で俺があんなワケのわからん設定に付き添わなければならんのだ。
学校でぐらい俺とは無関係でいてほしいってのに。
「既に彼女の両親からは話を聞いている。 黒柳は元気そうな子に見えるが……
私としてはとても信じられんよ、両親の話は」
ん、彼女の両親?
あれ、あいつの両親は確か……ん?
ああ、俺の両親の事……にしても、何か変だ。
この違和感は何だ?
「気丈に振舞っている彼女ではあるが、やはり心の内では
学校に対する不安をたくさん秘めているだろう。
昔から友達が少なく気弱な子だと聞いているからな。
幼馴染である遊馬に彼女を支えてやってほしいと
お願いしようと思っていたワケだ」
・・・
ちょっとまて、何かがおかしい。
なんだ、俺の知っている椿とこの担任の椿が何か違っているぞ。
だって複雑な家庭環境に耐え切れず家出をしていた椿は――
ま、まさかあいつまた『別の設定』を用意しやがったのか――
……何であいつはこう勝手な事ばかりするんだろうな畜生っ!!
いや待てよ、あいつは確かに何も用意してないとか言ってたような――
あいつ俺を騙しやがって……
しゃーない、合わせるしかないか……俺がその『設定』を知らないと
色々と不都合が出ちまうかも知れないからな。
「あー大丈夫です、椿は一人でやっていけますしそこまで弱くはありません。
それに俺と一緒のクラスなんで問題ありませんよ」
「うむ、心強い言葉だな。 君は本当、素晴らしい生徒だと思うね」
当たり障りのない一言……まぁ少なくとも、親密な関係であるって事は読み取れるからな。
大方幼馴染か何かだろ、なら話は早い。
しかしこの担任俺を誉めすぎだろ、俺は迷惑しか掛けた記憶がないぞ。
いや、これは椿がまた意味不明な設定を付け加えてる可能性もある。
帰ったら覚えてろよアイツ。
「では、黒柳の事を頼むぞ、遊馬」
「はい、では失礼します」
俺は一礼をしてささっと逃げるようにその場を立ち去る。
スタスタと早歩きで他の教師達とすれ違い、ガラガラとドアを開け静かに閉める。
深くため息をついて、俺はそのまま地べたに座った。
「やっぱ……あいつを野放しにしとくと厄介だな」
俺はまたあいつの無茶苦茶っぷりに頭を悩ませるのであった。
キーンコーンカーンコーン
授業が始まる予鈴が俺の耳に飛び込んでくる。
ああ、もうそんな時間だったのか畜生……遅刻じゃねぇか。
いいや、担任に呼び出されてたって言えば何とかなるだろ。
授業なんだっけな……数学か?
俺は重たい腰を上げて教室に戻っていくのであった。
それから俺は何事もなく放課後を迎えた。
いや、正確には色々あったのだが本能的に俺が何事もなかったかのようにしたいらしい。
奴は俺の平和な学園生活を見事崩壊させている気がする。
まさかクロックスとやらの指令なんじゃないだろうな。
そんなはずもないだろうと、ふと今日1日を振り返ってしまう。
ああ、やっぱり人間の脳はそんな都合よくできてないな。
まず、最初に浮かんだのは俺が教室に帰った直後の事だ。
どうやら奴が数学の教師に指名されて、スタスタと黒板の前へ向かっていく場面に遭遇した。
あいつってバカっぽいけど、実は頭いい気がするんだ。
非常識な存在だけど、未来の常識っぽい事は頭に叩き込まれてるみたいだし。
専門用語もポンポンでてくる辺り、決してバカではないのだろう。
……いやまぁ、ある意味あいつは『バカ』なのは事実なんだが。
しかし、あの数学教師も性格が悪いな。
何も転校生を初日から指さなくてもいいだろうに。
で、数学の問題を奴は解かされるわけだ。
下手すると晒し者にされるが、まぁそんなことしったこっちゃない。
俺はこっそりと数学教師に言い訳をして、軽く怒られながらも何とか見逃してもらえた。
で、その時だ。
俺はクラス中の奴らが目を丸くしてポカーンと口を開けている
なんともまぁ珍妙な光景を目の当たりにした。
何だよ、黒板なんて見ても面白くないだろうに。
そう思って俺も振り返ってみたら、多分俺も同じ顔をした。
奴が頭がいいとか悪いとか、晒し者になるとかそんな話じゃなかったんだ。
俺の想像を遥かに超えた行動をしていたんだ。
目の前にズラズラと板書されていく文字列……。
何だこれ、象形文字か?
あれ、今何の授業だ? 数学だろ?
そう、奴は見た事もない記号の羅列をスラスラスラスラと書き続けていたんだ。
何だこれは、まさか未来の数学なんて言うんじゃないだろうな?
数学なんてこの長い歴史の中、ほとんど形を変えてないと思ってたんだが……。
まぁ、当然ながら数学教師に苦笑いされて席に戻されていく。
んで、よく見たら奴は俺の後ろの席だった。
そういや空席だったの忘れてたぜ。
というか席まで近いとか勘弁してくれよ……。
ちなみに、後からあれの事聞いたら『超時空指数』という
タイムマシンにおける時間軸の計算に使われる数式だったらしい。
そんなもんしるかっ!
てか、過去の世界でやたら未来の技術自慢するなっ!!
マジどうにかしろよ、クロックスの上層部とやら……。
まぁ、こんな数学事件は軽いもんだ。
体育では、あいつ未来的な力を使って世界記録をたたき出したりと
尋常じゃない身体能力を発揮しやがった。
おい、お前は未来人であることを隠そうとしていないのか?
何でこうやって目立つ行動ばかりとるんだ、コラ。
皆からチヤホヤされてるけど、誰も疑問に思わないのかこの非常識っぷりに。
まさかまた未来的な力が働いてるんじゃないだろうな?
畜生、不安になるぜ……。
そして昼休みは、俺の母さんに用意させたのか知らんが超特盛りの白いご飯。
それを美味そうにバクバクと平らげていやがったよ。
俺はあいつと関わらないように、京とさっさと食堂へ逃げたからその後は知らん。
ちなみに京は、食堂で見つけた美しい上腕二頭筋を持つ男子生徒に(ちなみにどう見ても非力なんだが)
鼻息荒くしながら何かを交渉してた。
結局俺は一人で飯を食ったとさ。
そして今に至るのであった。
さて、授業を全部終えた俺は真っ直ぐ家に……は帰らない。
こう見えても俺は部活動をしている。
実はまぁ、成り行きで『文芸部』とやらに入っているんだ。
本をあまり読まない上に、書く事もろくにしない俺が何でこんな部に入ったかって?
そりゃもう、決まってんだろ。
そこに俺の憧れの先輩が入部しているからだ。
不純な理由だと? 何とでも言うがいい。
学園生活において、いかに『青春』が重要だというのを
俺は高校1年でありながらも十分に理解しているつもりだ。
さあ、待ちに待った大報告会だっ!
そうだ、俺はついにあの難問の推理小説を読みきったのだ。
実はあれは先輩が勧めた本で、先輩が勧めたのなら!!っと超がんばって読んでいたのだ。
ちなみに貸してくれるなんて話もでたんだが、とんでもない。
今の俺に先輩の持ち物に触れる権利なんてありゃしないさ、はっはっはっ。
まぁ無駄なプライドってもんもあったんだ。
器が小さいと思われるのも何か嫌だったので、
実費で本を購入すると言ったら、物凄く熱心だとかすっげー誉められた。
これでもう俺のテンションはうなぎ登りっ!!
思わずヒャッハーって叫びながらモヒカンにして肩パット装着して
チャリで街中駆け出したい気分だったね、その時は。
さあ、今日の嫌な事を全部忘れて部室へ向かうとしよう。
俺は自然とスキップでルンルンランラン気分で超ご機嫌になっていた。
相変わらず俺はテンションの差が激しいな。
「あれ、邦彦何処行くの?」
ピタリ、と俺の足が止まる。
……
俺の脳内センサーが何かの危機を察した。
まずい、まずいぞ。
もしもこいつが部室に一緒についてきたら―――
俺 の 青 春 が 台 無 し に な る っ ! !
俺が描いていた先輩との楽しい日々が、一瞬にして台無しにされてしまうではないか。
下手したらこいつ、何かと誤解を招くような事をしかねん。
今までの行動からして、俺に迷惑をかけなかった試しがないっ!
どうする……どう、誤魔化せばいいんだ。
ダメだ……どうやってもあいつにはかて――
と、俺はふとあることを思い出す。
そうだ、俺は
俺は――
思い出せ、あの時の……
あのポテチ戦争を思い出すんだっ!
そうだ、俺は奴にやられっぱなしではない。
今まで奴に振り回されていたが、俺は一度だけ奴を圧倒したときがあるんだ。
思い出せ、その感覚を……
俺の青春を守る為に……
『奴』を、倒すんだっ!!




