弟10話 人は外見で判断すんなよ?
学校へ着いた後、椿の奴はすたこらと俺の元を離れて行った。
どうやら手続きとかがあるらしいから、まずは職員室に向かったらしい。
ふ、俺を引っ張りまわさずに独りで行動するとは中々いい心がけだ。
俺に迷惑をかけてるってことをようやく自覚しているんだろう。
そうだ、学校でぐらいあんな奴の事を忘れさせてくれ。
さあ、朝から疲労感がたっぷりだがこれで心置きなく日常を迎えられるぞー。
俺は何故かスキップをしてしまうほどの超テンションで教室へと向かっていた。
通り過ぎていく女子生徒の目線が何故か痛いが気にしない、それ程俺は今機嫌がいいんだ。
あっという間に俺の教室「1-C」へと辿りついた。
何かテンションがおかしい俺は普通に教室へ入る前に踏み止まる。
ドアの前で数秒ほど考えると、ここは一つ派手な登場の仕方で無駄に注目を浴びてみようと思った。
よし、有言実行だ、早速ドアを開けて
ガラガラガラ
「おいーーーっすっ!! 今日も元気にファイト一発だっ!!」
クラスメイトの何人かが即座に俺に目を向けた。
いいぞ、この注目っぷり。
これが俺が求めていた視線だっ!!
だが、喜びもつかの間。
ほとんどの生徒がすぐに俺から視線を離してしまった。
おいどうした、お前ら。
俺の盛大な挨拶に何一つ応えてくれないのか。
なんて冷たい奴らなんだ……。
だが、たった一人だけそんな哀れな俺を相手にしてくれる奴がいた。
「やあ、邦彦じゃないか」
「ん、その声は……!」
金髪で背が高く青い瞳だけど実は日本人である俺の小学校時代から親友『菅原 京(すがはら きょう)』だ。
こいつは俺とは違ってクールで知的でイケメンだ。
おまけに運動神経抜群といってスーパーエリートなのは間違いない、勿論女子からも人気が高い。
だが、騙されてはいけない。
一見完璧そうに見えるこいつには最大の汚点が存在する事を忘れるな。
「今日も美しいじゃないか、邦彦。 ちょっと鎖骨を触らせてくれないか?」
「朝っぱらからやめろホモ野郎」
「失敬な、僕は美しいものに目がないだけだよ、邦彦くん」
「いや、だからっつって俺の鎖骨にそんな美学を要求すんな。 それにワザと『くん』付けんな」
「いいじゃないか、タダだし」
「その台詞やめろ、色々と危ないだろうがっ!」
「何が危ないんだ? まさか親友の僕からお金を取るとでも?」
「そういうことじゃねぇっ!!」
と、見て分かるとおりこいつ『変態』なんだ。
そうだ、完璧なルックスや知識を持っていても全てこの性格が台無しにしている。
女子のほとんどがこの真実を知らずに夢を見ているようだが、人間は外見だけ良ければいいってもんじゃねぇ。
こいつの変態っぷりはマジでヤバイ。
あいつは自分が『美』と感じるものに関しては、見境なくその変態っぷりを発動させるんだ。
例えば俺の鎖骨。
どういうわけかあいつにとっては俺の鎖骨はかなり美しい形らしく、どんな人気の高い俳優やらアイドルやらモデルやらでも
ここまで完成度の高い美しい鎖骨は存在しないだとか語られた事があった。
やたらと俺の鎖骨をベタベタと触りたがるし、この前試しに気持ち悪いのを我慢させて触らせてみたら
今度は息を荒くして鼻血を出しながら『舐めてもいいか?』とか言われた事もあった。
その時の俺は今までにないぐらい綺麗なコークスクリューをあいつの顔面に決めちまったぐらい寒気がしたね。
あいつは空中で3回転しながらぶっ飛んだ。
だが、吐血しながら微笑んでやがった。
ガタンっとうつ伏せで(ちなみに受身はとってなかった)倒れた時、あいつは顔を上げてこう言った。
「やはり君の鎖骨は……世界一だ」、とな。
危うくもう一発ぶん殴るところだったが、腐っても親友だ。
これ以上手を出すわけにもいかずに、それ以降あいつには絶対鎖骨を触らせない事を決意した。
と、まぁ今は俺の鎖骨を例にして言ったが要はこいつ
(自分の価値観で)美しいモノであれば人であろうが男であろうが女であろうが動物だろうが虫だろうが地球外生命体だろうが
とにかく、『美』を感じたモノに興奮を覚えてしまうような非常に残念な体質(というより性癖か?)を持っちまってるんだ。
だが、変態の点を除けばこいつはいい奴だしなんだかんだで付き合いは長い。
というかそうでなければこんな変態との縁なんてとっくに切ってるわ。
「それはそうと今日の君はやたらとご機嫌じゃないか」
「まぁな、これでも朝は最悪なテンションだったんだがついさっきテンションがあがったところだ」
「例の椿って子が絡んでるのかい?」
……
ちょっと待て、こいつ今何て言った?
「は……お前何を――」
「ついつい美しい髪をしていたからね、僕が声をかけたんだけど――」
「いい、あいつはやめとけ。 俺と違ってコークスクリューでは済まないぞ、下手すると命を落としかねん」
いや、冗談抜きに。
だってあいつ未来人だし、俺を殺しに来た暗殺者ですよ?
「と言う事はやはり、知り合いなのは間違いないようだね」
「だああああっ!!! しまったああああっ!!!」
悲鳴に近い声をあげて、俺は嘆いた。
やられたぜ……
これでは知り合いという事を自ら暴露してしまっているようなものだ。
これだから頭がいい奴と会話をするのは……
というかあいつの行動の早さは何だ。
俺ここに来るまでそんなのんびり来ていた訳ではないぞ?
目を離したら離したで知らない間に未来的な力が働いてそうで怖いなアイツ。
……まぁ、流石にあいつにも上司がいるらしいし好き勝手することはあるまい。
冷静に考えればあいつはダッシュで先行ってたし、俺より早く登校してる京の野郎が遭遇しても別におかしくねーし。
「そうかそうか、君にもついにあのような美しい彼女を……
なぁ、ちょっとだけ髪を触らせてくれるないかと君から頼んでくれないか?」
「彼女じゃねぇよっ! というかさり気に変態っぷり発揮すんなっ!」
俺の鎖骨ならともかく女に対してそれはマジやめろよな……。
下手すると犯罪だぞ、犯罪。
「冗談に決まっているさ、こう見えても僕は紳士さ」
「俺の鎖骨にやたらこだわる奴が言うような台詞かそれは」
「気にしないでくれよ、おっとそろそろホームルームの時間じゃないか」
「あの担任やたらうるせぇからな、さっさと席つくか」
……とにかく、深いツッコミを受けなかったのは有難いが俺の嫌な予感は増すばかりだ。
何を俺は喜んでいたのやら、あいつが校内にいるのは間違いないんだ。
どういう形であれ、俺に関わるに決まってるじゃないか……。
せっかく上がりきったテンションを落としながら俺はトボトボと自分の席へと座り込む。
そのまま突っ伏して眠ってしまおうかと思うほどだったぜ。
「……席つけ、お前達」
おっと、きたぞ。
我がクラスの担任が。
一見近寄り難く、めっちゃくちゃ怖そうな教師ではあるんだが
実はかなりの変人だ。
銀の長髪と高い背丈とメガネといいかなりの知的教師ではあるのだが
やはり人は外見で判断してはいけないってことだ。
「では、出席を取るぞ」
出席簿をとり、目視で席についている生徒を確認していく姿。
ここまではまぁ普通だよな、別に。
ちなみにこの学校は特に点呼とったりしない、いなかったら勝手に欠席なり遅刻なりにされるだけだ。
わかりやすくて実に良い、返事なんてめんどくせーだけだからな。
それに点呼とってるだけで時間もかかるだろうし、俺はこの仕組み採用したこの学校を愛してすらいるぜ。
「む……新井がいないようだが」
「新井は今日休みでーす、理由は聞いてないです」
「な、何だと……まさか奴らにやられたのか……っ!!
クッ……何故私に一言も相談をしてくれなかったのだ、新井は……
よく知らせてくれた、新井の事は私に任せてくれ」
無駄にオーバーな動作をしながら、突然発狂したかのようにあの担任は騒ぎ始めた。
やれやれ、また始まったぞこれは。
あの担任もよく飽きないよなぁ。
「おい伊藤、どうしたそのマスクは」
「え、いやただの風邪ですけど」
「な、何だと……新型ウイルスだとっ!? そ、それは本当か伊藤っ!?」
「い、いえ……ですから、ただの――」
「さ、細菌テロだというのか……クソッ……
何故私のクラスメイトばかりが狙われるというのだ……っ!!
機関の奴らめ……どんな手を使ってでも私の力を欲するかっ!!」
「先生、今朝校内に不審者がいたようなんですけど」
「何だとっ!!! 奴らめ……ついに刺客を送り込んできたというのか――」
絶対わざと反応見て楽しんでる奴がいるだろ、これ。
見て分かるとおりこの担任、重度の中2病患者なんだ。
何かあるとやたら『機関』やら何からよくわからない単語を発しやがる。
おかげでクラスでは変人扱いで、笑いものにされているんだが本人は気づいていない。
全く、とんでもねぇ奴が担任になっちまったよなぁ。
「わかった……全ては私の責任だ、やむをえないが委員会の力を借りるしかあるまい。
私は奴らのやり方は気に食わないが、事態が事態だしな……
全ては私に任せてくれ、私がいる限りこの学園は決して奴らの好きにはさせないからな」
結局綺麗(強引だが)に締めくくる辺り、一応線引きってもんは理解しているようだ。
だがあれでもあの教師は嫌いにはなれねぇし、高校に入学してまだそんなに経ってはいないが
あの教師に世話になる場面はいくつもあった。
俺がうっかり鍵をかけ忘れて自転車を盗まれちまったときがあったんだけど、
そんときにあの担任は力になってくれたからな。
委員会の力を借りるとかいって、本当に犯人を見つけ出したときはビビったけど。
犯人は校内にいる不良で、自転車はその辺に乗り捨てられていたらしい。
手癖が悪い奴らしく、前々から何度も校内で問題を起こしていた生徒らしい。
その担任にも言われたが、そもそも盗まれた原因を作ったのは俺であるのも間違いない。
しっかり自分の持ち物については管理をしろと怒られたさ。
まぁそれ以来俺はしっかり鍵をかけるようになったというちょっといたーい思い出になったわ。
とにかく変人ではあるが、良い教師であるのは間違いない。
「では、次にお前達に良い知らせがある。 実は本日より転校生が私のクラスの一員となると連絡を受けた。
なぁに、『機関』からの刺客ではないことは十分に調査済みさ。
だがもしも少しでも不審な動きがあれば教えてくれ。
私が委員会の力を借りて何とか対処をしようではないかっ!」
結局委員会ばっかに頼ってんじゃねぇかよっ!
あの教師は一体自分をどんな設定にしてやがるんだ。
というかなんだ、転校生?
やめろ、おい。
マジか……マジなのか。
よりによってあいつが俺の……。
「うごおああああああっ!!!」
「ん、どうした遊馬っ!?」
「い、いや何でもない……ですよ」
あぶねぇあぶねぇ、俺とした事がついつい心の叫びを口に出しちまっていたようだ。
あまりに冷静さを欠いて混乱しちまってたようだな。
「まさか……貴様も『能力者』……」
「は? あ、い、いえっ! な、なんですか能力者ってっ!!」
「……遊馬、後で職員室へ来るんだ」
どういうことだ、おい。
何で俺が職員室に呼び出されなきゃいけねぇんだよっ!
てか、普通に呼び出せよっ!!
お前のせいで周りを見ろよ、すっげー変な目で見られてるぞ俺っ!
「まさかあいつも一緒になって演じるとはなぁ」
「物好きだねぇ、そんな趣味があったのかな?」
「あいつそこまでして注目を浴びたいのか」
とか聞きたくない言葉がどんどん耳に入り込んできやがる。
やめてくれ、確かに俺は目立ちたいって願望はあるかもしれねぇが
こんな目立ち方はしたくねぇんだよ。
あー畜生、椿がこっちに来てから俺の身にろくな事がおきてないぞ。
「では、転校生を紹介する。 『黒柳 椿』君だ。 決して徹子ではないぞ」
誰も連想してねぇよっ!
いやまぁするかもしれねぇが、とにかくそれはやめとけって。
というかやっぱりあいつが転校生なのか。
いや、薄々気づいていたがというより出来れば違う奴であってほしいと願う展開だったが
俺の願いも虚しく、願ったところで未来は変わったりしなかった。
あの担任が合図を送った途端、ガラッと控えめな音で奴が入ってきやがった。
いつの間にか学校指定の制服に着替えてやがる。
お前今日は届かないって言ってなかったか?
というかこいつ誰だ、やたらと御淑やかなイメージで静かに歩いているけど。
いやでも外見は間違いなくアイツだし……。
もしかすると、学校内ではまともな学生を演じてくれるんじゃ?
というかそれが出来るなら俺の家でもやりやがれよ……。
「やっほー、『黒柳 椿』だよー、みんなよろしくっ!」
と思ったら、俺が知ってる『奴』でした。
あー、はいはい、そうかそうかそうですか。
期待した俺がバカでしたよ、お前なんかにっ!!
わかった、もう何も言うな。
お前が喋るときっとろくでもないことが起きるに違いない。
そのままさっさと席についてくれ、マジで頼む。
「うお、すっげー可愛いじゃん……」
「マジかよ……天使みたいな子が入ってきたな」
「ねぇねぇあの子凄く可愛くない?」
「ほんとほんと、アイドルみたい」
クラスからは男女共にあいつの外見を評価する声が。
いやだから言ってんだろうが。
外見で判断するなってっ!
お前らもわかってんだろうが、特にあの担任を見ればよっ!!
騙されるんじゃないぞ、あいつはとんでもねぇ女だ。
確かに外見は可愛いかも知れないが、中身は本当とんでもない。
何せ未来人だし俺の命を狙っていてだな……
そんな奴と同居してる俺はもっと意味わからんけど。
「では、ホームルームを終わりにする。 遊馬はこの後私についてくるように」
あー、大方椿に関する事だろうか。
あいつまさか余計な事喋ったんじゃないだろうな。
っつってもあの教師が未来に関わってるはずもないか。
それとも別件か? まさか昨日宿題忘れて廊下に立たされたことか。
あれはしょうがないだろ、俺はその時丁度あの難解小説の攻略に夢中だったからな。
……ま、とにかく来いって言われてんなら行くしかないか。
「くーにひこーっ」
「ゲッ」
バッドタイミングで椿に捕まっちまった。
出来れば全力で無視したいところだが、そうもいかないしな、軽くあしらうか。
クラスの奴ら(特に男子)の視線も痛いしな。
「えへへー、一緒のクラスになったね?」
「……お前絶対わかってただろ、一緒のクラスになるって」
「わかるわけないじゃんっ!」
「あーもういい、とりあえず俺は呼び出し食らったから今から職員室にだ」
「ねぇねぇ、学校案内してよ邦彦ー」
「人の話を聞けっ!!」
「えーいいじゃん、私のほうが大事だよー」
「どう考えてもお前のほうが優先度低いわっ!!」
いかん、また椿のペースに乗せられるとこだった。
こんな事している暇はない、ここは強行突破だ。
まぁただ猛ダッシュで振り切る作戦だけど。
「あ、まってよ邦彦ーっ!」
だが奴の足の速さは今朝見せ付けられたばかりだ。
何せ自転車に追いつく奴だからな、何か未来パワーを感じてしょうがないぐらい異常だった。
勿論このまま走って逃げ切ろうだなんて思っていない、俺は休み時間で溢れかえっている生徒の間をわざと潜り抜ける。
そうだ、適当に人ごみに紛れてフェードアウトしてしまおうっていう作戦だ。
単純だが最も効果的、即ち俺天才すぎるってワケだ。
「くーにーひーこーっ! もう、何処行ったのーっ!?」
ふ、流石に未来パワーでも俺の頭脳プレイには追いつけなかったようだな。
とはいっても油断はできん、何せ相手はプロの殺し屋 (のはず)だ。
ターゲットをみすみす逃すような真似はしないだろう。
ってことで、奴が動き出す前に俺はさっさと職員室に向かうのであった。




